★★★★☆
あらすじ
幼い子供を残したまま夫が自殺したことを受け止めきれずにいる女は、やがて再婚し、北陸で新しい生活を始める。
感想
陰鬱なトーンの映像に荒涼とした北陸の風景、それに静かな音楽と、暗く物静かな雰囲気に包まれた映画だ。まるで主人公が夫の自死を受け止められず、ずっと喪に服しているかのようだ。彼女が着ている衣装も常に喪服みたいに黒い。演じる江角マキコが姿勢もスタイルも良くて、いかにも慎ましく喪に服している女、といった佇まいで良かった。
愛する人の突然の死があろうとも、それでも人生は続く。主人公は数年後に再婚し、関西から北陸に引っ越して新しい人生を踏み出す。再婚相手やその家族、近所の人たちも皆いい人たちばかりで、彼女自身も新生活を前向きに歩んでいる。だがそれでも心のどこかで常に死んだ夫のことを考えてしまっており、それは消えることなくわだかまっている。
生気もなく人の気配もしない映像は、まるで彼女が死者の世界に心が行ってしまっていることを示しているのかもしれない。何度も登場するトンネルや階段は、あの世とこの世をつなぐ通路だ。彼女は夫の姿を求めてそこを行ったり来たりしている。主人公が丹念に階段を磨くシーンは、まるで夫が戻って来ることを信じているかのようだった。
次第に主人公は思い詰めていくが、再婚相手は薄々それに気付いている。終盤、それまで多くを語らなかった彼が、ついに限界を迎えてその想いを吐露する主人公にある話をするのだが、それがとても心に響いた。スッとそれまでのわだかまりが浄化していくような、説得力のある話だった。確かに、誰にだってそんな瞬間がふと訪れることがあるような気がする。
心が晴れたかのように、それまでとはうってかわって明るい衣装を着て階段を下りてくるラストの主人公の姿は、とても印象的だ。死の匂いが感じられた映像も、心持ち明るくなった。
主人公だけでなく、同じく前妻と死別した再婚相手、さらには実母や義理の父親も、きっと同じような経験をしているのだろうなと想像させるような深みのある映画だった。長く生きていれば誰だってそんな思いの一つや二つ、抱えることになる。
スタッフ/キャスト
監督
脚本 荻田芳久
原作 幻の光(新潮文庫)
出演 江角マキコ/内藤剛志/木内みどり/赤井英和/市田ひろみ/大杉漣/吉野紗香/寺田農
撮影 中堀正夫