★★★★☆
内容
西洋で古くから学ばれていたレトリックのテクニックを紹介する。原題は「Thank You for Arguing」。
感想
文章術の本かと思って手に取ってみたのだが、「レトリック」とはもともと弁論・演説の技術を指していたようだ。
レトリックとは、聞き手に影響を与え、友好的な関係を築きながら雄弁に語り、ウィットの効いた答えを返したり、反駁の余地のない論理を展開したりする技術である。レトリックは、人を説得するうえで役に立つ。
p20
この本でも話す技術が中心となって紹介されている。しかし西洋では弁論の技術が古くから学問としてあったのかと感心してしまう。それだけ人々に訴えかける機会が多く、皆の前で多くの事柄が決まっていたということなのだろう。密室大好きな日本人とは大違いだ。大勢の前で話をするのは戦場くらいだったかもしれない。
レトリックはあくまでも人を説得するための技術なので、必ずしも論理的に正しい必要はないと割り切っているのが面白い。人柄や感情も利用する。これが学問としては廃れていった理由なのかもしれないが、人間は必ずしも合理的ではないということが科学的に証明されつつあるので、トンデモな学問だったとは言えないだろう。今は科学的な裏付けと共にレトリックが見直されているといったところだろうか。
ちょっとした打ち合わせや交渉事、普段の会話の中でも使えそうなテクニックが紹介されているので、大勢の前で話す機会があまりない人でも役に立ちそうだ。少しだが文章術に関する記述もある。著者の定義によれば反則だらけということになるが、SNS上の議論でも使えるのかもしれない。
レトリックの反則となるのは、「間違った時制で話すこと」、「選択の話ではなく価値観をめぐって議論すること」、「相手を攻撃するために議論すること」、「侮辱することで相手を議論から遠ざけてしまうこと」。これらは突き詰めれば、「同族意識を煽るような話し方をして、審議(選択)の議論を妨げること」でもある。
p273
著者のレトリックが上手いからなのか分かりやすくて、すらすら読める。ただ本が分厚く、内容が多岐にわたるので、紹介されたテクニックを簡単には覚えきれなさそうなのが難点だ。巻末に要約があるので、読了後は辞書的に使い、少しずつ覚えていくのが良さそうだ。身につきやすいように実践編もある。
自身の説得の技術を上げるだけでなく、相手がどんなレトリックを駆使しているのか、見破れるようになりそうなのもいい。怪しい人たちの怪しい言説で溢れる今の世の中では必須の能力かもしれない。誰がカルトの代理人なのかを見抜かないといけないしんどい時代だ。
著者
ジェイ・ハインリックス
登場する作品
汝再び故郷に帰れず (1968年) (ニュー・アメリカン・ノヴェルズ)
ボヘミアの醜聞 他 (英潮社新社・ロングマングレイデッドリーダーズ)
恋の骨折り損 シェイクスピア全集 16 (ちくま文庫 し 10-16)