★★★☆☆
あらすじ
選挙を控えて政治的対立がヒートアップするジャマイカで起きたある歌手の暗殺未遂事件。その周辺にいた人々のその後が描かれていく。
1976年12月にジャマイカで実際に起きたボブ・マーリー暗殺未遂事件を題材にしている。マン・ブッカー賞受賞作。
感想
タイトルとは裏腹に2段組みで700ページ以上ある大長編の小説だ。ジャマイカで起きた歌手(ボブ・マーリー)暗殺未遂事件の周辺にいた地元のファンやギャング、政治家やCIA、ジャーナリストら多数の人物が織りなす群像劇だ。彼らが交互にそれぞれのストーリーを語っていく。
序盤は、日本語に翻訳された彼らの語り口が取っつきにくいものだったので、読み進めるのにかなり苦労した。大長編の話の方向性もまだ見えない段階でこれはつらかった。
ただ、巻末の訳者あとがきで詳しく解説されているが、そもそもジャマイカの言語が純粋な英語ではなく、様々な言語と英語が混じったクレオール語の一種なので致し方がないのだろう。さらには言葉の訛り具合でその人の社会的身分や社会に対する姿勢まで見えてくるようなので、翻訳はかなり大変そうだ。古臭い言葉もその苦労の表れなのだろう。
ボブ・マーリーが、激しく対立するジャマイカの二つの政党の党首をコンサートのステージ上に呼び込み、両者を握手をさせたエピソードは知っていたが、題材となった彼の暗殺未遂事件については全然知らなかった。胸を撃たれたその数日後にコンサートを行なっていたことも知らなかったが、確かに神秘的なものを感じてしまうすごいエピソードだ。だが作中で彼自身の話がされることはほとんどなく、彼は触媒のような存在だ。
代わりに彼を取り巻く状況の中にいた人々の様子が描かれていく。様々な立場にいた彼らの様子を知ることで、当時のジャマイカの国内の様子や対外的な立場が見えてくる。そんな中で、国内の二大政党が地域のギャングを使って勢力争いしている構図は興味深かった。
一応はキューバとも近い社会主義的な政党と、民主主義的な政党とに分かれており、それゆえにアメリカなどから注目もされていたわけだが、ギャングたちはそんな政治的な主張にはほとんど関心を示していない。単なる地域同士の抗争と見なしている。
これでは政治ではなく単なるヤクザの勢力争いと変わらない。だが、案外日本の地域政党もこんな感じなのかもしれないなと思ってしまった。投票する人はその政治的方針などは気にしておらず、おらが村の殿様だ、よそのやつに負けるわけにはいかない、応援しなければ、くらいの感覚でいるのだろう。
物語が中盤を迎える頃になると、段々と物語の構成が見えてきて読み進めるしんどさはなくなり、どんどんと面白くなってくる。時代は76年から歌手の死後も続き、90年代初頭まで進む。登場人物たちの状況は変わり、ギャングの世界も世代交代が進む。ジャマイカが、時代と共に変化していく様子が見えてくる。主な舞台がジャマイカからアメリカに移るのもまた示唆的だ。
読み終えると、ジャマイカという国のリアルな実像とその歴史が浮かびあってくるような、壮大な物語だ。読み終えた時の満足感は大きい。ボブ・マーリーやその当時のカルチャーをよく知っていれば、さらに深く楽しめるはずだ。
著者
マーロン・ジェイムズ
登場する作品
完訳マルコムX自伝 上 (中公文庫 B 1-31 BIBLIO20世紀)
マイアミとシカゴの包囲 (1977年) (ノーマン・メイラー選集)
「ベッドタイム・フォー・ボンゾー(BEDTIME FOR BONZO)」
「中間航路(The Middle Passage (English Edition))」
「ソレダッド兄弟(Soledad Brother: The Prison Letters of George Jackson)」
「ヨーロッパをいかにしてアフリカを低開発化したか?(世界資本主義とアフリカ―ヨーロッパはいかにアフリカを低開発化したか (1978年))」
「ファルコンハーストの女主人(Mistress of Falconhurst)」
「ミスティ・ベートーヴェン」
「吠える」 「【新訳】吠える その他の詩 (SWITCH LIBRARY)」所収
「完全に行方不明になって二度と発見されない方法(How to Disappear Completely and Never Be Found」
「アメリカのアンダーグラウンドで使われている改造武器(Improvised Weapons of the American Underground)」
「ホンモノの自家製サクランボ爆弾(Professional Homemade Cherry Bombs and Other Fireworks by Joseph Abursci(1979-11-01))」
「前妻を永遠に消す方法(How to Lose Your Ex-Wife Financially Forever)」