★★★☆☆
あらすじ
桜田門外の変で主君・井伊直弼を守ることが出来ず、切腹も許されなかった男は、明治維新後も仇討の相手を探し歩いていた。
感想
明治になっても主君の仇討相手を探す男が主人公だ。途中で過去の回想が差し込まれながら進行していく。
そんな中で、主人公のターニングポイントとなる桜田門外の変のシーンは見ごたえがあった。しんしんと雪が降る積もる中、大名行列の前に一人の男が立ちはだかる。周囲に緊張が走るが、いくつかのやり取りを交わすことによって平静さを取り戻していく。だが、皆の心が落ち着いて場の空気が一瞬緩んだ隙をつき、突如修羅場が始まる。
主人公は奪われた主君の家宝を取り戻すために現場を離れてしまい、みすみす暗殺を許してしまう。主君を守るために最後まで死に物狂いで戦ったのならまだ納得できるが、気付いた時にはすべてが終わっており、もはやどうすることも出来なかったのは辛い。
藩の体面を守るための仇討が優先され、切腹することを許されなかった主人公は、ここから苦しい日々を過ごすことになる。世間の冷たい視線に耐えながら、どこにいるともわからない下手人を追う毎日だ。それと同時に、何も言わずに付き従う妻やそっと手を差し伸べる友人、そして自分の行いに真摯に向き合いながら生きている仇討相手の様子も描かれていく。
明治になっても主人公の仇討相手探しの日々は続く。もはや藩もなく、武士もいなくなってしまった状況ではほぼ意味がないが、途中でやめてしまっては気持ちの整理がつかないのだろう。どんどんと変わっていく時代に取り残されていく主人公の姿が印象的だ。
だがそんな主人公が、新たな時代に浮かれる人たちに侍の矜持を見せるシーンは胸が熱くなった。今は刀を捨て、様々な職業に就いている元侍たちがそれに次々と呼応する。いくら時代が変わっても、変わらない事、変えてはいけない事がある。
しかし明治の新政府が、藩をやめ、武士をなくしと次々と新たな施策に取り組んでいったのは、改めて冷静に考えるとすごいことだ。ある意味では自分たちの既得権益をどんどんと捨てていたわけで、彼らには彼らの、新たな世界を作り上げるという矜持があったのだろう。日本の未来そっちのけで、自分の既得権益を守ることしか頭になさそうな今の与党の政治家たちとは大違いだ。
仇討相手の居場所を突き止め、対峙するのがクライマックスとなる。積年の念願がついに果たされる盛り上がるはずのシーンだが、そうでもなかった。それまでに描かれてきたエピソードが、雰囲気はあっても心に響くものではなく、その積み重ねに感情が揺さぶられなかったからだろう。形だけがあって、心の機微は見られなかった。
かなりゆったりとしたテンポで描かれるが、悪い意味で重厚さはなく、冗長さだけを感じる映画だ。ラストで妻役の広末涼子が号泣するシーンは、「鉄道員」を彷彿とさせたが、あれよりはマシだった。このタイプの映画は大げさな音楽で泣かせようとしがちだが、それが控えめだったのには好感が持てた。
スタッフ/キャスト
監督 若松節朗
原作 「柘榴坂の仇討」 「新装版 五郎治殿御始末 (中公文庫)」所収
出演
阿部寛/広末涼子/髙嶋政宏/真飛聖/吉田栄作/堂珍嘉邦/近江陽一郎/木﨑ゆりあ/藤竜也/中村吉右衛門
音楽 久石譲