★★★★☆
あらすじ
デビュー戦勝利の後、連敗を続けるプロボクサーは、新しいトレーナーを迎えて次の試合に挑む。芥川賞受賞作。
感想
何かを始める時に、自分には才能がないと思いながら始める人はいない。少なくとももしかしたらイケるかもという淡い希望くらいは持っているはずだ。でもいざそれを始めてみて、自分には才能がなかったと気づいた時の寂しさはなかなかのものだろう。それでも続けるのはやはり好きだからという事なのかもしれない。
この小説の主人公も、デビュー戦で勝利したもののその後は連敗続きのプロボクサー。段々とボクサーとしての夢が小さくなっていきながも、それでもボクシングを続けている。彼の場合は、パンチドランカーになるくらい打ちのめされたい、そうすれば踏ん切りがつくだろうと思いながら。
そんなどこか中途半端な気持ちを抱えながら、半ば惰性でボクシングを続けていた主人公の前に新しいトレーナーが現れる。最初は前のトレーナーに見捨てられたと自嘲気味だったが、やがては新トレーナーを信じて真剣に取り組み始める。この主人公が本気になった時のスイッチの切り替わり方がなかなか鮮烈だった。
あらすじだけをみたら痛快スポーツドラマなのだが、その中に若い主人公の不安や苛立ち、焦燥感や諦念、自暴自棄といったドロドロとした感情が渦巻いている。おそらくあえてやっているだろうどこかぎこちない文体も、うまくやれない主人公の不器用さを表しているかのようだ。ボクシング技術に関する描写は正直なところ上手くイメージできなかったが、それでも雰囲気でなんとなく分かる。グルグルと思考を巡らしてからの歯切れの良いエンディングも小気味よかった。まるでラッシュの後にフィニッシュを決めたボクシングのようだ。
著者
町屋良平