★★★★☆
内容
冷戦下のソ連で起きた不気味な未解決事件「ディアトロフ峠事件」の真相を探る。 ノンフィクション。
感想
雪山でトレッキングしていた9人の若者が不可解な死を遂げた事件。彼らの遺体はテントから遠く離れた地で見つかり、しかも皆防寒具を身に着けておらず、ほとんど着の身着のままの姿。何人かは凍死ではなく外傷による死で、しかも一人は舌がなくなっており、さらに何人かは通常の何倍もの放射線を浴びていた。なのに、テント内は整然としており、誰かに襲われたり争ったりした形跡はない。当日は近くで謎の光が目撃されという情報もある。
不可解なことばかりが積み重なって、様々な憶測を呼んでいる事件である。 定期的にネットの一部で話題にあがる事件だが、意外にも世界的に知られるようになったのはここ10年の話のようだ。そのせいか、ウィキペディアもあまり充実していない。この事件を知ったアメリカ人の著者が、ロシアに向かい真相を探る。
本書は、著者がロシアを訪れ、事件の関係者たちに話を聞き、被害者たちの事件が起きるまでの数日間の足跡を実際にたどるパート、残された資料を基に被害者たちが出発してから事件が起きるまでの数日間を描いたパート、事件が発覚して救助隊が現地で彼らの遺体を発見するに至るまでのパート、と3つのパートが交互に描かれていく。
読んでいて何よりも胸に来るのは、数日後に謎の死を遂げるなど思ってもいない、被害者たちを描いたパートだ。道中、仲間たちと陽気に歌を歌ったり真剣に議論を交わしたりと、青春を謳歌する若者の姿が描かれている。そしてその時に撮られた写真もたくさん掲載されていて、彼らのまだあどけなさの残る無邪気な笑顔を見ていると胸が痛くなる。
三つのパターンが終わり、最後に何が起きたか謎となっている最後の空白の数時間を、著者が自らの調査の結論を踏まえて、その様子を再現する、という作品の構成は見事だ。後半は気になって一気に読んでしまった。
ただ、著者の結論にはあまり納得できない。様々な調査をしたのに結局謎のままで、最後の最後にたまたま読んだ論文から答えが出た、というのはあまりにも取って付けた感がある。せめて被害者たちと同じ場所でキャンプしてみたらどうにも落ち着かない気分になったから調査してみたら判明した、とかだったら説得力があったのだが。どうせなら、危険の少ない夏にでも現地を訪れてデータを取って欲しかった。
とはいえ、原因はともかく彼らが死に至った経緯は著者の言う通りかもしれない。不可解なことばかりに思えるが整理してみるとそんなに複雑ではなくて、ただ一点、外に出れば確実に凍死するにもかかわらず、彼らはなぜ着の身着のままで飛び出したのか?という事だけが謎だという事が分かる。
著者の結論だと全員が一斉に飛び出すには、理由が弱い。個人差があるようなので、誰か一人が飛び出したとしても一人くらいは冷静で、ちゃんと防寒具を身に着けて助けに行きそうだ。それからテントの外で何かあった場合も、外の様子を窺うことがあったとしても、一目散にはテントから逃げ出すことはない気がする。
そう考えるとテントの中でヤバいことが起きたというのが、一番しっくりくる。それを見た瞬間、テントを切り裂いてまで逃げないといけないと思うもの、それって何だろう?夜中に布団の中でそんなことを色々考えていたら、背筋が凍ってめちゃくちゃ怖くなってしまった。
著者はありえないと言っていたが、雪崩の可能性もあるのかもしれない。雪崩であれば、テント外の出来事だが巻き込まれないように必死に逃げるだろう。何かの大きな音を、雪崩が起きたと勘違いしたという事ならあり得るかもしれない。それなら著者の説もなくはない。
*今年初めに再調査を行ったロシアの調査委員会は、雪崩が原因と結論付けたようだ。
著者 ドニー・アイカー
死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相
- 作者: ドニー・アイカー,安原和見
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2018/08/25
- メディア: 単行本
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登場する作品
「Victory Over Darkness」 Donnie Eichar
「Dan Eldon Lives Forever」 Donnie Eichar
「メリーさんの羊」 サムイル・マルシャーク
収容所群島 1―1918ー1956文学的考察 (新潮文庫 ソ 2-7)
「死者の山殺人事件」 アナトリー・グシュチン
雪崩リスクマネジメント―プロフェッショナルが伝える雪崩地形での実践的行動判断