★★★★☆
あらすじ
結核の療養のために施設に入った青年が、療養所内の様子を友人宛の手紙に綴る。
感想
不思議なマッサージや体操を行い、読書は禁止など、独自のルールに基づいて運営が行われる人里離れた場所にある療養所。なかなか奇妙だが、独自の理論に基づいて治療が行われる施設というのは今もあるから、珍しくはないのか。病人の弱みに付け込む宗教味が強い印象もなくはないが、医師による独自の理論に基づいた善意の療養施設のようである。
そんな施設で過ごす主人公の青年。この主人公自体は裕福な家庭の出らしいが、同じ入院患者は左官屋だったり、郵便局長だったり、謎のおじさんだったりと様々だ。主人公よりも年上ばかりで、そんな彼らを見ながら知らなかったであろう大人の意外な一面を垣間見たりする。
そして療養所で働く若い看護婦たちの存在がある。年頃の青年にとっては気にならないはずがない。ミステリアスな大人の女性と子供っぽい若い女性、二人の間で勝手に心が揺れたりする気持ちはすごくよくわかる。そして、彼女らの不思議なリアクションに戸惑い、腹を立てたりキュンとなったり。
終戦直後に出版された本というせいもあるのか、主人公や文通相手の友人の間に敗戦後の新しい時代を生きようとする爽やかな決意がみなぎっているのが印象的だ。
十年一日の如き、不変の政治思想などは迷夢に過ぎないという意味だ。
太宰 治. パンドラの匣 (Kindle の位置No.1467). . Kindle 版.
敗戦の傷を引きずって打ちひしがれて過ごすのではなく、敢えてそれらを飲み込んだ上で軽やかに生きようとしている。負けたとはいえ、終戦直後はこういう気分もあったのかと意外な気がした。
ただ、青年にありがちな少し無理した部分もあった。意図的に軽やかであろうとしたのに、看護婦にいわば失恋し、軽やかでいられない自分を発見したりする。あまり接点のなかったであろう多くの大人や女性と接して観察し、考えることで主人公は成長していく。
手紙形式ということもあるが、太宰治の文章の読みやすさに感心してしまう。文章が読みやすいからといって内容も単純というわけでなく、主人公の心の動きが繊細に描かれている。途中で文通相手の友人が療養所にやってくる展開もよく練られている。爽やかな読後感を得られる小説だ。
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