★★★★☆
内容
暴力団の大きな資金源となっている密猟の実態を探るノンフィクション。
感想
まず暴力団の市場への食い込みっぷりに驚かされる。高級食材のアワビは約半分が密漁モノとは。勿論それだけの量であれば闇で裁くことなど出来るわけがなく、堂々と表の流通ルートに乗っているというのもすごい。つまり関係者全員が見て見ぬふりしているだけで、実際のところは皆が共犯者ということだ。
確かにドラッグとは違い、売れば業者も消費者も大喜びで誰も損はしない。しかも誰かの畑から盗むわけではなく、海にいる海産物を取るわけなので罪悪感もあまりなく、しかも捕まっても刑は軽くリスクも少ない。となればやるしかないということなのだろう。まぁ実際は真面目な漁師たちが損をしているわけだが。
しかし不法なやり方で、楽をして金を稼いでいそうなヤクザたちが、海に出て潜ってと、額に汗して真面目に働いているのは意外だった。事故で命を失う危険すらあるというのに。ただそれに見合うだけの大きな儲けは得ている。また実際には潜らずに、密漁者からショバ代やあがりを得る方法もある。
かつてヤクザが牛耳っていた街の話も興味深い。明日死ぬかもしれないと金遣いの荒い漁師たちから博奕で金を巻き上げ、その金で政治家や警察に金を配って権力を握っていく。
いびつな道徳が定着したのは、戦中、博徒の美学である滅私奉公に目を付けた政府が、国家ぐるみでヤクザ演劇、映画を奨励していたからかもしれない。捨て石となる国民を洗脳するため、ヤクザの常識を国家が推奨していたので、博奕で身上を潰した者は自業自得とされ、違法な貸し付けは一切問題にされず、歪んだ市民道徳が生まれた可能性は否定できない。
p147
ここでも自己責任の論理が幅を利かせているが、違法な博奕と貸し付けを行うヤクザは責められず、被害者が責められる社会。政治家がヤクザを守り、育てている。路頭に迷ったり奴隷状態になった庶民を尻目に、彼らから奪ったお金を受け取り笑う政治家や官僚。今ではないことになっているが、実際のところはこの頃と大して変わらない政治家とヤクザのつながりがあるのだろうなと思わずにはいられない。
アワビ、ナマコ、ウナギなどの密猟の実態が描かれているが、中でも面白かったのが北方領土周辺での密猟の話。元島民からしたら地元で、しかも政府は日本の領土だと言っている。そこで漁をして何が悪いという論理。ソ連の監視の目をかいくぐって密猟を行う姿は勇ましい。
そしてもう一つがレポ船というシステム。こちらはソ連の監視を気にする必要がなく、保護を受けて自由に漁をすることができる。その代わりにソ連に日本の情報を渡す。簡単に言えばスパイ行為の代償として、北方領土での漁が許されるということだ。儲かるので自ら志願する人もいたらしいが、常に監視され、急に見捨てられることもあったりして大変ではあったようだ。こんなことが行われていたとは知らなかった。
読んでいると日本の漁業の将来がだんだんと不安になってくる。漁場で根こそぎ乱獲する密漁者、その密漁品が簡単に表の流通システムに乗ってしまうシステム、彼らにやりたい放題されっぱなしの行政、心配しかない。ただそれもすべて買う人がいるから起きているわけで、そう考えると色々と悩ましい。資源が枯渇するか、皆の意識が変わるか、どちらが先かによって将来の日本は違う姿になっているはずだ。
著者
鈴木智彦
登場する作品
アワビって巻貝!?-磯の王者を大解剖 (もっと知りたい! 海の生きものシリーズ)
「乾なまこの価格形成の仕組みと貿易問題」 熊谷伝
ナマコ漁業とその管理-資源・生産・市場 (水産総合研究センター叢書)
「密漁の夜」 友部正人
飯岡助五郎―真説・『天保水滸伝』 (1978年) (ふるさと文庫〈千葉〉)
「暴力の港」 火野葦平
「ロシアを望む岬」 沢木耕太郎
「河の女」