★★★★☆
内容
村上春樹がデビュー以来、様々な場所で発表するも単行本に収録されることのなかった文章を集めたもの。
感想
一番最初に収められている「自己とは何か(あるいはおいしい牡蠣フライの食べ方)」にいきなり感心させられた。これは知り合いの思索家が出版した本のために書かれた解説だ。その中で「自分自身について原稿用紙4枚で書け、と言われたらどうすればいいですか?」と読者に質問され、「牡蠣フライについてでも書けばいい」と答えたエピソードが紹介される。
突飛なことを言い出すなと思っていたが、何かについて語ればその人がどういうものの見方をしているのかが分かる。つまりはどんな人なのかが分かるということだ、という説明にはなるほどと頷かされた。その後は本題に戻っていったのだが、最後に著者が書いた牡蠣フライについての文章を載せている。こういうのは言いっ放しで終わることがほとんどなのに、軽々と実際にやってのけてしまう。どんな人なのかが伝わってくるし、しかもちゃんと面白いのだから脱帽だった。
また随所にある、小説家が書くもの、「物語」についての言及は興味深かった。オウム真理教の信者には、子どもの頃から小説に親しんでこなかった人が多かったらしい。物語の世界に入ったり出たりをくり返す経験がほとんどなかったから、オウム真理教がつくったフィクションの世界に簡単にハマってしまい、出てこれなくなったのではないかという推察は面白かった。
しかし彼らはアニメはよく見ていたらしいので、同じ物語なのに何が違うのだろうと考えてしまう。アニメは視覚情報があり、またキャラクターグッズなどもあるから、ずっとその世界に浸っていられるからだろうか。小説だとあまり虚構と現実がごっちゃになるような要素がないかもしれない。読み終えれば物語の世界を出て、嫌でも現実に戻るしかない。
それでもオウム真理教の信者たちは、セミナーに行ったり、ヨガサークルに参加したりと、何らかのアクションを起こさなければ虚構の世界に入っていけなかった。だが今ではネットさえあれば家から一歩も出ることなく、気に入った虚構の世界に入り込んでいくことができる。だから陰謀論や変な思想にハマってしまう人が多いのだろう。彼らはオウム真理教の信者たちと同類だ。しかも数は飛躍的に増えている。
ある意味では、僕らは物語という装置をめぐる長く厳しい闘いを続けているのかもしれない。そう考えることもある。
単行本 p27
そして世の中には、こんなにも心地の良い物語を求める人たちがいるのかと驚かされる。だったら小説を読めばいい。現実にそんな都合のいい物語はそうそうないことくらい、普通に考えれば分かるはずだなのだが。
その他、あまり知識のないジャズの話なども案外と面白く読めて、大体のものは楽しめた。
著者
登場する作品
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(上)(新潮文庫)
ウッドストック~愛と平和と音楽の3日間~【ワイド版】 [DVD]
*「シンドラーズリスト」
「ジャズ・アネクドーツ (新潮文庫)(ジャズ逸話集)」
さよならバードランド―あるジャズ・ミュージシャンの回想 (新潮文庫)
大いなる眠り フィリップ・マーロウ〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
さよなら、愛しい人 フィリップ・マーロウ〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
「翡翠」「犬が好きだった男」 「トライ・ザ・ガール (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-8 チャンドラー短篇全集 2)」所収
「ベイ・シティ・ブルース」「レイディ・イン・ザ・レイク」 「レイディ・イン・ザ・レイク (ハヤカワ・ミステリ文庫 チ 1-9 チャンドラー短篇全集 3)」所収
*「足もとに流れる深い川」所収
*「偉大なるギャツビー」
「TVピープル」 「TVピープル (文春文庫)」所収
「小僧の神様」 「小僧の神様 他十篇 (岩波文庫 緑 46-2)」所収
馬に乗った水夫: ジャック・ロンドン、創作と冒険と革命 (Hayakawa Nonfiction MASTERPIECES)
「最後の扉を閉めろ(最後の扉を閉めよう)」 「夜の樹 (新潮文庫)」所収
「街と、その不確かな壁」(1980)
「鏡の中の夕焼け」 「象工場のハッピーエンド(新潮文庫)」所収
「POST CARD」 安西水丸


