BookCites

個人的な映画・本・音楽についての鑑賞記録・感想文です。

「こころの処方箋」 1992

こころの処方箋 (新潮文庫)

★★★★☆

 

内容

  心理学者による55編のエッセイ。

 

感想

 最近は命令調の上から目線のタイトルの本が多い。著者が専門家だったり成功者だったりの裏付けから、御託は並べずとりあえず自分の云うことを聞け、という事なのだと思うが、本書は違う。

「1日30分」を続けなさい!Kindle版: 人生勝利の勉強法55

「1日30分」を続けなさい!Kindle版: 人生勝利の勉強法55

 

 

 心理学者のくせして、最初の一編のタイトルが「人の心などわかるはずがない」である。ただ、一刀両断的に「彼の心の問題の原因は母親の過保護にある」みたいなことを言って診断を終えてしまうよりは「分かるはずなどないから決めつけないでもう少し様子を見てみよう」と診断を続ける方が手間がかかるし、大変だ。こちらの方が、断定して切り捨てるよりは誠実さを感じる。

 

 そして本書の中では、著者のそんな誠実さから生じる世の常識とされている事への疑問や考えが語られる。

 

マジメな人は自分の限定した世界のなかでは、絶対にマジメなので、確かにそれ以上のことを考える必要もないし、反省する必要もない。マジメな人の無反省さは、鈍感や傲慢にさえ通じるところがある。自分の限定している世界を開いて他と通じること、自分の思いがけない世界が存在するのを認めること、これが怖くて仕方がないので、笑いのない世界に閉じこもる。笑いというものは、常に「開く」ことに通じるものである。

単行本 p58

 

 一般的にマジメは良い事だとされているが、その弊害もあることが書かれていてなるほどな、と思った。SNSなどでもよく見られることだが、正論を振りかざす人間を見るとげんなりしまうのはここにあるのかもしれない。自身の鈍感や傲慢に無自覚で、一人気持ちよくなっている。

 

 こんな風に固定観念に疑義を挟みながらも、決してその口調が激しくならず、常に思いやりにあふれていて安心感がある。例えば「ものごとは努力によって解決しない」というタイトルの一編。努力すれば解決すると思いこんでいると、努力しているのに解決しなかったら、自分の努力が足りないだとか誰かのせいだとか、余計な苦しみを背負ってしまうことになる。物事はしかるべき時が来れば、自然と解決するものだという結論。

 

 

 こういう考え方だと「だから努力するなんて無駄。意味ない。」と強い言葉を言いたくなるがそうではなく、でもだからと言って、じっとその時を待つことは難しいので、努力でもして待つのがいいんじゃない?という言い方。つまり努力が悪いんじゃなくて、努力すれば解決できる、と思い込んでいるのが良くないという事だ。断定的な答えを求める人は「で、努力はした方がいいの?しない方がいいの?」と聞きたくなるのかもしれないが、個人的にはこういう物言いに著者の誠実さや優しさを感じる。

 

 25年以上も前の本なので、文体に少し古臭さを感じたり、内容にピンとこない所も箇所もあるが、全体としては今でも全然頷ける内容となっている。むしろ、著者の云わんとしたことが、今のほうが匿名のSNSなどで分かりやすく表れているので理解しやすくなっているかもしれない。一編ずつゆっくりと味わいながら読みたい本。

 

著者

河合隼雄

 

こころの処方箋 (新潮文庫)

こころの処方箋 (新潮文庫)

 

 

 

登場する作品

道草

いまなぜ青山二郎なのか (新潮文庫

ビゼー:歌劇「カルメン」

 

 

この作品が登場する作品

bookcites.hatenadiary.com

 

 

bookcites.hatenadiary.com

bookcites.hatenadiary.com