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「こちらあみ子」 2011

こちらあみ子 (ちくま文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 母親が自宅で運営する書道教室に通う男の子を好きになった女の子。他2編。

 

 

感想

 表題作の「こちらあみ子」は、まずは構成が上手い。現在から小学生に戻ってそこから中学卒業までを描き、一旦小学生以前にさらに遡ってから現在に戻ってくる。小中学生時代の主人公に何となく不可解さを感じていたのだが、さらに過去を遡ったことで知らなかった事実が判明し、少し理解できたような気になる。

 

 ただこれも理解できたような気になるだけで、明確な事はあまり分からないのだが、それが色々と想像力を刺激する。この少し曖昧な感じも悪くない。

 

 

 小中学生時代の主人公。カレーを手で食べるとか、気が向いたら学校へ行き好きな時間に帰ってくるとか、風呂に入らないとか、その言動を知るたびにおいおい大丈夫か?とどんどん不安になってくる。家族も腫れ物に触るようにして、彼女に怒ったりしない。

 

 でもええのう。なんか、自由の象徴じゃのう。ま、いじめの象徴でもあるけどの

p74

 

 ただそのうち主人公の言動に爽快感を感じ出している自分に気づく。もしかしたら囚われずに生きるというのはこういう事なのかもしれないとすら思えてきた。自分が好きなように生きていると周りと軋轢を生むが、彼女は彼女に対するいじめのような反応ですら全く意に介さない。なんでこんなことをするのだろうと、ただぼんやり考えるだけだ。

 

 きっと、それと立ち向かおうとする事ですら、まだ外野に囚われているということなのだろう。相手の自分に対する意志は何であれ徹底的にスルーして、ただ自分の意志だけを大事にして貫き通そうとする。小中と自分に声をかけ続けてくれた男の子に対して、一切情に流されず、一貫してつれない態度を取り続ける姿に少し感動してしまった。相手は気にかけてくれるが、自分は相手に興味がないからそれには1ミリも顧みる気はない、という徹底した態度だ。

 

 もう何が正解なのだか分からなくなるくらい価値観が揺れまくって、ハッピーエンドかどうか判断がつかない終わり方だったが、主人公はこの先も強く生きていくのだろうなと思える結末。そして自分もこんな感じで生きていけたらいいなとポジティブで痛快な気分になった。

 

 残る2編の小説は悪くはないのだが、「こちらあみ子」を読んだ興奮がクールダウンしてしまうような感じでだいぶテンションが下がってしまった。

 

著者

今村夏子 

 

 

 

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