★★★★☆
あらすじ
同人誌に書いた小説が純文学雑誌に転載されたことがきっかけで、小説家として歩み出した男。
急逝のため未完となった西村賢太の遺作。
感想
中卒でもてない男が主人公だ。どこまで事実に忠実かはともかく、私小説なので著者自身のことだと考えていいだろう。商業誌に文章が乗り始めた頃の、芥川賞を取って世間の話題になる直前の時期のことが描かれる。
主人公は、小説を書くことは師と仰ぐ藤澤清造の没後弟子と名乗る資格を得るための活動の一環だと割り切っている。てっきりシンプルに小説家になりたかったのだと思っていたので、これは意外だった。彼はそのために師匠が発表した文章を集めたり、命日の法要には新聞社を呼んだりもしている。実はけっこう計画的だ。
それぐらい師匠のために尽力し、顔に泥を塗るようなことがあれば死のうと覚悟しているくらいなのに、いざ女が絡むとあっさりとそれが揺らいでしまうのが可笑しい。
「―まあ、あれだよな。何もそこまで清造を真似る必要と云うのも、ねえわな」
呟いて、それを結論とした貫太は、更にもう一言、
(師匠は、師匠。ぼくはぼく)
と、今度は胸の内で呟き、もう川本那緖子の残像を、己が脳中から消し去ることにする。
p355
主人公は知り合った二人の女性の間で揺れるのだが、その揺れ方が最低だ。風俗で知り合った女性を天使のようだと浮かれていたのに、地方紙の女性記者に一目ぼれした途端、あんな者は誰にも体を売る売笑婦だから、と悪態をつき始める。そして女性記者に相手にされていないことが分かると、今度はこの記者を悪口雑言で罵倒し始める。
彼の言動は、ひとりよがりで身勝手で、打算的でとにかく酷い。まったくもって最低最悪なのだが、理解できないわけではないのが困るところだ。彼の本音をさらけ出す言葉は、本心をひた隠しにして、「そんなこと考えたこともないです」と、取り澄ました顔をしている人たちを嘲笑っているようでもある。
だが主人公が、一方の女性をキープしつつ本命を狙う、みたいなことをしないのは潔くて男らしい。彼は出かける時の服装を決めていたりするので、完璧主義者なのだろう。自分に厳しいから他人にも厳しい。だから意に沿わぬ反応をする人間に対して癇癪を起こしてしまうのかもしれない。
その他、著者の小説を書く手法が分かる記述があったりするのも興味深い。単純にそのまま経験談を書いているわけではなく、面白おかしくなるように話を盛ったり、どのような効果が生まれるのかを考慮したりしながら書いていることが分かる。
主人公が自分に言及する時、「根が中卒で馬鹿な貫太は…」みたいに毎度枕詞のようにいろんな自己分析の言葉を付け加えてくるのは可笑しかったが、これもまた、他人だけでなく自分も落とすことでバランスを取ろうとしていたのだろう。
中卒で金もなく、風俗通いのモテない中年男が小説家デビューを果たすサクセスストーリー、と言えるが、なんか応援したくないような、認めたくないような気持ちになるのが面白い。だがあまりの主人公のゲスぶりに続きが気になり、ついつい読んでしまう。しかも、これはほぼ実話みたいなものだからすごい。この後の芥川賞に選ばれ、本格的に作家活動、そしてタレント活動を始めた頃の話も読みたかったが、著者の死により、それがもうできないのが悲しい。
《西村賢太一周忌》「この、蟹味噌に意地汚い小男が!」芥川賞の「風俗」発言をはるかに上回る、小説家・西村賢太の「暴言」「無頼」伝説 | 文春オンライン
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