★★★☆☆
あらすじ
「ブラック・フライデー」セール時に凶暴化したショッピング客と店員との攻防を描いた表題作など、12の作品を収めた短編集。
感想
ループものや遺伝子操作により人間が最適化された近未来の世界など、SFぽい内容の短編が多い。以前に観た映画「デッド・シティ2055」の世界を思い起こさせるようなものもあった。どれも単純明快なものではなく、解釈の余地を残して結末を迎えるような、何ともいえない不思議な味わいのある物語ばかりだ。
またアフリカ系アメリカ人である著者のアイデンティティーを感じさせる箇所も多い。最初の短編「フィンケルティーン5(ファイブ)」では、ブラック・ライヴズ・マターを想起させるような、人々が人種問題に敏感になっている状況が描かれる。そこで黒人の主人公が自身の「ブラックネス(黒人らしさ)」を意図的に調節する様子が印象的だった。どんな身振りや服装をすることで世間にどんなイメージを与えるのか、常に意識している。
こういうことはおそらく黒人に限らず、女性や外国人、貧しい者など社会的弱者に追いやられてしまっている人たちは、みなほぼ意識的にやっていることなのかもしれない。問題は男性や自国の人、金持ちなどその時々の社会的強者の立場にいる者たちが、そのことにまったく鈍感で案外と気づいていないことが多いことだろう。彼らがまさかそんなことをしているとは思いもよらない。
これが俺たちの得意技だ。俺も妹も、崩壊しかけている自分たちの生活に、知らんぷりを決め込んでいた。
p194
日本でも弱者の主張に、そんな話は聞いたことがない、大げさだ、と平気で言い放つ人間をよく見かける。知らなかったことは仕方がないが、それを知った時に自分の狭い範囲の肌感覚だけに固執して否定し、他者を思いやることが出来ない人間ばかりだと、社会は幸福にはなれないだろう。
その他では、銃乱射事件の加害者と被害者が死後に会話を交わし、新たな事件を阻止しようとする「ライト・スピッター 光を吐く者」が心に沁みた。
著者
ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー