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個人的な映画・本・音楽についての鑑賞記録・感想文です。

「花束みたいな恋をした」 2021

花束みたいな恋をした

★★★★☆

 

あらすじ

 サブカルチャーが大好きな大学生の男女が出会い、恋に落ちる。

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感想

 序盤は二人が出会い、恋に落ちる幸福な時間が描かれる。二人の間で漫画やアニメ、小説や音楽などの現代カルチャーの固有名詞が飛び交い、これらが少しでも好きな人なら、こんなの絶対楽しいに決まってるよと思ってしまうような理想的なカップルだ。好きなものを一緒に共有できることは嬉しい。彼らのような人にとって、文化が溢れる東京はきっと楽しい場所のはずだ。

 

 しかし、現代カルチャーの何をピックするかはセンスが問われるところだが、それを無理なくやってのけているように見えてしまうのは感心する。しかもこれを20代ではなく、50代の脚本家・坂元裕二がやっているのがすごい。アニメや音楽の話題がありながらも小説の話が一番多いように感じたが、これはこのジャンルが最も時の試練に耐えやすいジャンルだと判断したからなのか、本という形あるものなので小道具として使いやすかったからなのか。

 

 二人の恋は順調に進展し、大学を卒業した彼らはやがて同棲を始める。だが社会に揉まれる中で、次第にすれ違うようになっていく。二人の仲が冷めていく様子が描き出される後半は、楽しかった前半とは打って変わって辛い時間となった。

 

 まともに就職しようとしていたが自由を大切にしようと切り替えた女と、自由を大切にしようとしていたが就職することに切り替えた男。そもそも二人の社会に対する態度が違っていたことが影響したのかもしれない。女は自分を変えずに折り合いよくやっていく方法を模索し、男はうまく適合するために自分を変えてしまった。

 

 

 男がこれまでの趣味に代わる楽しみを仕事に見出し、打ち込むようになったことは理解できなくはないが、個人的には自分の楽しみを大事にしようとする女にどうしても肩入れしたくなる。自分と同じ種類の人間だと思っていた男が、ビジネス啓発書を自然と手に取り、パスドラしかやらなくなってしまったのを見て、うわぁ…と思ってしまう気持ちはよく分かる。いつの間にか二人で楽しむのではなく、付き合ってもらうものになってしまった。

 

 よく言われることだが、彼らが愛する文化は、花束と同じで生きていく上では無くても困らないものだ。だから時間と心に余裕がある学生とは相性がいいし、そうでない社会人とは相性が悪い。おそらく日本は特に時間と心に余裕が生まれにくい環境になってしまっているのだろう。コロナ禍に苦境を訴えても「だったら死ねばいい」と冷たく返していたように、文化に対する理解も少ない。だから文化を楽しめる環境にしようという動きも生まれないのかもしれない。

 

 そんな社会に完全に適合し、かつて自分がなりたかったものを気付かず全否定するようになってしまった男の姿は悲しいものがあった。そんな姿勢が、彼がなりたかったものを目指す若者たちのチャンスの場を減らすことにもなっている。文化の土壌はますますやせ細っていく。

 

 過去形の映画タイトルが示唆しているように、二人の恋は終わる。惰性で付き合い続けることも出来るかもしれないが、そんな事では駄目だと思い留まらせる別れのシーンは泣けた。そして、その後妙に爽やかになるのもいい。同窓会みたいなもので、未来を考える必要のない過去を振り返るだけの関係となれば、屈託はなくなってしまうのだろう。

 

 うまく伏線を張りながら展開される恋愛映画だ。衣装のTシャツにまで抜かりがないのもいい。男の生き方が変わってしまったことから溝が出来てしまったが、生き方を変えずにダラダラと芽が出ないまま続けたとしても、それはそれで何らかの問題が生じたはずだ。それに若い二人の早い決断だからよかったが、かなりの年月を経てしまってからだと、それはそれでまた違う印象になったはずだ。ありきたりなラブストーリーなのに、なんだか色々考えてしまって胸が痛くなる映画だった。

 

スタッフ/キャスト

監督 土井裕泰

 

脚本 坂元裕二

 

出演 菅田将暉/有村架純/清原果耶/細田佳央太/オダギリジョー/戸田恵子/岩松了/小林薫/韓英恵/瀧内公美/押井守/PORIN

 

音楽 大友良英

 

花束みたいな恋をした - Wikipedia

 

 

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