BookCites

個人的な映画・本・音楽についての鑑賞記録・感想文です。

「ほかならぬ人へ」 2009

ほかならぬ人へ (祥伝社文庫)

★★★★☆

 

あらすじ

 親の反対を押し切って結婚するも妻に浮気をされてしまった男。直木賞受賞作。

 

感想

 由緒ある家系の家庭に育つも、家族の中で常に劣等感を抱えながら生きてきた男が主人公だ。はたから見ると恵まれた環境で何を言っているのだと腹立たしさを覚えてしまうが、本人がそう感じてしまうのだから仕方が無い。

 

 彼は家族の中で自分だけ出来がよくないからと落ち込んでいるのだが、おそらく出来が良かったとしても、また別の環境だったとしても、結局は何らかのコンプレックスを抱えてしまう人のように見える。現に名家の出身で、出来が悪くても何も感じず恵まれた環境を存分に謳歌している人は山ほどいる。主人公は他者と自分の違いを冷静に感じ取ってしまう人なのだろう。

 

 

 そんな主人公が、親の反対を押し切って結婚したのに、浮気をされてしまうというのはなかなか気が重くなる展開だ。この人のためなら親兄弟と縁を切っても構わないと思えた相手なのに裏切られてしまった。運命の人ではなかったのだ。

 

 だが考えてみれば、運命の人、ほかならぬ人にそう簡単に出会えるはずがない。ましてや最初に出会った人がその人である可能性などかなり低いだろう。とするとそれを追い求めた人にしか出会えないことになる。案外そういう二人が出会う時は、ともに綺麗な状態ではなく、傷だらけのボロボロであることの方が多いのかもしれない。主人公の妻は結婚した後もあきらめず、それを追い求めた。

 

 そして主人公もまた紆余曲折を経てそんな人に出会うことが出来た。最初の結婚は失敗してしまったかもしれないが、彼もまた本当の幸せを求めて恵まれた実家を出たからこそ巡り合えたと言えるだろう。彼の兄弟たちがどこか不幸な印象を受けるのとは対照的だ。彼らはそこに安住し、その手の届く範囲でしか幸せを追い求めなかったからなのかもしれない。

 

 ラストは、主人公のほかならぬ人だったという「しるし」があったことに気付かされる上手い結末だ。それまで泣かなかった彼が泣いたのも印象的だった。ほかならぬ人ではない人と末永く暮らすのと、どちらが幸せだったのだろうかと考えてしまった。

 

 この本に収められたもう一編の「かけがえのない人」は、似たような物語だったが、こちらは最後に主人公は泣けなかった。彼女はまだ紆余曲折の過程にいるということか。

 

 それからあまり関係ないが、主人公の勤める会社の社長が保身のために社員を裏切って自社を身売りするエピソードがあった。こういう話はそんなに珍しいことではないから、それを会社ではなく国でやった人がいたとしても不思議ではないのかもなと少し納得できたような気がした。それを食い止めようとする人たちを悪者に仕立て上げようとするところも似ていた。

 

著者

白石一文

 

 

 

登場する作品

bookcites.hatenadiary.com

 

 

bookcites.hatenadiary.com

bookcites.hatenadiary.com