★★★★☆
あらすじ
ドミニカ系アメリカ人男性の短い人生とその家族の歴史。
感想
漫画やSF、テーブルトークRPGなどが大好きなオタクのドミニカ系アメリカ人男性の生涯が描かれる。小説の中には膨大な数の本や漫画、テレビ番組、映画やゲームなどが登場し、作者の相当なオタクぶりも窺える(日本の作品も「AKIRA」や「復活の日」等いくつか登場している)。当然と言っていいのか主人公はモテず、その苦悩する様子や困った行動などがユーモアのある文章で綴られていく。
そんな主人公の人生と並行して、彼の姉や母親、祖父の人生も断片的に描かれる。ドミニカ出身の主人公たち一族の人生には、祖国のかつての独裁政権時代の影響が今も暗い影を落としていることが示唆されている。彼らドミニカ人はそれを「呪い」と呼んでいて、それだけを聞くとなんて非科学的な、と思ってしまうのだが、彼らが「ある」と信じている時点でそれはもう「ある」のだろう。科学的に神がいる事を証明できるのかは知らないが、それでも宗教が世界に大きな影響を与えているように、彼らの言う「呪い」も同じように彼らの世界に影響を与えている。
家族の歴史の中では主人公の母親と姉の関係がなかなかショッキングだった。常に母親は娘を罵り続け、娘はそれに反発するようになる。なかなか想像できない母娘関係だ。だがそれはかつて母親がその母親と築いた関係が、今の娘との関係に何らかの作用を及ぼしているからだと考えられる。こんな風に、一族に起きた出来事は次の世代、次の世代へと波及していくのだ。だから主人公の人生だけを聞いても、彼のことを本当に理解できたことにはならない。この小説で彼の家族の人生も同時に語られるのはそういうことだろう。
((前略)オスカーは『マジック:ザ・ギャザリング』も試してみた。それなりにカードを組み合わせてみようとしたのだ。でもそれはオスカー向きではなかった。十一歳のガキに全部巻き上げられたが、そのことを何とも思っていない自分に気づいた。自分の世代が終わりかけていることに気づいた最初の兆候だった。最新のオタクものに魅力を感じなくなり、新しいものより古いものがいいと思うようになったのだ。)
p327
主人公が自分の世代の終わりに気づくシーンはとても印象的だった。今まで熱中できていたはずのものにある日、何も感じなくなっている自分に気づく。そんな自分に驚き、少し寂しい気持ちになる。いつの間にか新しいものを追い求めなくなり、やがて人は少しずつ老いていく。
タイトル通り、最後に主人公はその短い人生を終える。何もなかったような彼の人生だが、全く何も無かったわけではないことが分かって少し温かな気持ちになれた。自分を誤魔化さなかった誇り高き人生だったと言える。そしてこの彼の短い人生も、親族たちの記憶に刻まれ、やがて一族の子孫たちに受け継がれて何らかの影響を与えていくことになる。
著者
ジュノ・ディアス
登場する作品
セクサス―薔薇色の十字架刑〈1〉 (ヘンリー・ミラー・コレクション)
「Clay's Ark (The Patternist Series) (English Edition)(クレイの箱舟)」
ウォーターシップ・ダウンのウサギたち〈上〉 (ファンタジー・クラシックス)
「蝶の時代(蝶たちの時代)」
「シッカ・ダ・シルバ(Xica da Silva)」 映画
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