★★★☆☆
あらすじ
妻を交通事故で亡くした科学者の男は、心の問題を抱える息子を懸命に育てようとする。
感想
地球以外の星に生命が存在する可能性を研究する科学者と、心の問題を抱える息子の物語だ。生命が存在する条件はとても幅広く、それぞれの惑星の多種多様な環境下でも生命が存在し得ることが語られている。主人公は、生きるのに苦労する息子を間違えた星にやって来てしまった異星人とも、内宇宙で生きていける環境を整えようともがく惑星とも例えながら、必死に彼の人生をサポートしようとしている。
それでも主人公は、息子の言動に右往左往して困り果てている。そんな彼を助けたのは、同僚の科学者が研究するコード解読神経フィードバック訓練法(デクネフ)だ。データ化された精神修養に長けた人の心の動きを真似ることで、乱れがちな心を心をコントロールできるようになる。
この訓練が功を奏し、彼の息子は落ち着いた態度を身に付けていく。だが主人公はそれはそれで本当の息子ではなくなってしまったのではないかと不安を覚える。子どものどんな変化にも不安になってしまうのが親心なのだろうが、これはさすがに取り越し苦労だろう。人は皆誰かの影響を受けて変化していくもので、今回はそれが誰かではなく、誰かのデータだっただけだ。数年ぶりに会った知り合いが昔とは全然変わっていたというのはよくある話だ。
だが諸事情により同僚の研究は中止となり、息子の精神状態は元に戻っていってしまう。本文中でも言及されているが、これはまるで「アルジャーノンに花束を」みたいだった。
父親の職業と環境保護活動をしていた母親の影響を受けた息子は、関心を持っていた環境問題に対する世間の態度に心を痛め、調子を崩していく。
大統領選挙が近づいている。今は互角の戦いだ。混沌を引き起こすのが大好きな政権の手下どもがニュースに取り上げられることを当て込んで”人間の尊厳”なるものに訴えかけ、環境保護運動を叩き、科学を馬鹿にし、税金の無駄遣いを削り、卑劣な連中に餌を撒き、商品文化に対する新たな脅威を押し潰そうとしている。
p323
三日前にあった事件でさえとっくに忘れ去られてしまっているような、即物的な反応しかできなくなってしまった現在の社会では、この息子のようにひとつの問題にいつまでも心を痛めているような人間は生きにくいはずだ。そして、飛び込んでくるニュースに一喜一憂しては思いつきの浅いコメントを残し、また次のニュースに飛びついていく世の人々に対する憤りも高まっていく。それに、長期的なサポートを必要とする息子や科学者である主人公らはそんな社会から実害を被ってもいる。
それでも必死に奮闘する少年の健気な姿には切なさを感じ、彼が怒っているだろう大人の一人として申し訳ない気持ちになってしまった。それを必死に支えようとしていた主人公にも、突然の事故で妻を失った悲しみをまだ乗り越えられていないことが随所で窺えて、しんみりとしてしまう。胸が痛くなるラストが待ち受けていた。
科学的な記述が多くて、やや読み進めるのに苦労する小説だった。
著者
リチャード・パワーズ
登場する作品
「娘のための祈り」 ウィリアム・バトラー・イェイツ