★★★★☆
あらすじ
取引がこじれ、銃撃戦となって全員死んでしまったらしい現場から大金とドラッグを持ち逃げした男とそれを追う殺し屋、そして二人の行方を探す年老いた保安官。
別邦題に「血と暴力の国」。
感想
違法薬物の取引でトラブルになった現場をたまたま見つけ、そこから男が大金とドラッグを持ち逃げしたことから物語は始まる。この男が大金を発見してテンションを上げるでも、予期せぬ出来事にドキドキするでもなく、常に淡々としているのが印象的だ。なんなら、やれやれ厄介な大金を見つけてしまった、とでもいうような態度に見える。
そして現場から消えた大金とドラッグを回収するために殺し屋が雇われ、それを盗んだ男を追い始める。この殺し屋もまた行く先々で、淡々とした態度で殺しを行なっていく。相手の取引や命乞いに応じることはなく、自分の中にある原理原則に従って行動している。こうなってくるとこの殺し屋は、まるで台風や地震といった自然災害と同じ類いの存在に見えてくる。交渉の余地なく誰だろうと殺していくので無慈悲ではあるが、ある意味では平等で、それなら仕方がないなと逆に殺されてもあきらめがつきそうな気がしないでもない。
逃げる主人公と追う殺し屋の距離が次第に縮まっていき、ついに両者が出会ってクライマックスかと思いきや、その様子はすべてが終わった後の過去形で描かれる。ドラマチックなことは何も起きない怖れていた通りの結末で、すべてはあらかじめ運命づけられていたかのようだった。コイントスの結果さえ、まるでやる前からすでに決まっているような気さえしてくる。登場人物たちが皆淡々としているのも、それを知っているからなのかもしれない。
大金があれば盗んで逃げ、盗まれたなら捕まえて殺す。欲望に憑りつかれ、暴力にも慣れた、まるで自然界の動物のような単純な行動原則に従う人々が増えた現代社会は、そうでなかった時代から生きている老人にとっては違和感しかないのだろう。彼らの行方を追った年老いた保安官はそんな世代を代表している。タイトル通り、老人たちが昔ながらの生活を送っていた国はもはやない。今や世の中はすっかり変わり果ててしまった。
世界は、起きるべきことしか起きない非情で乾いた世界であることがひしひしと伝わってくる物語だ。持ち逃げした男は死に、保安官がまだ生きているのは、感傷的なロマンチシズムで現場に戻ったか、非情な現実に怯えて現場に戻れなかったかの違いなのだろう。奇跡などまず起きない。
著者
コーマック・マッカーシー
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