★★★★☆
あらすじ
ペルーの首都リマの士官学校で寄宿舎生活を送る人種・出身・階層の違う様々な少年たち。別邦題は「街と犬たち」。
感想
最初は物語の構造がよく分からなかったが、何人かの生徒の現在と過去が交互に描かれていく群像劇であることが分かってくる。過去は一人称、現在は三人称だったりするので、それを把握するまでにずいぶんと苦労してしまった。それぞれに共通して登場する人物たちも、誰が語るかによって本名だったり、あだ名だったりと呼び方が違う。
そんな中である生徒のあだ名が「奴隷」なのはびっくりする。ペルーでは割と普通につけられがちなあだ名なのだろうか。本人も普通に受け入れてしまっているようだったが、これだけでも弱肉強食的な力が支配する世界の匂いを感じる。
士官学校に集まった生徒たちは人種も出身も階層も様々だ。学校の中が色んな人が集まる一つの都市のようなものだと言える。だが外の世界と違うのはその力関係だ。外では我が物顔で振る舞っている裕福な白人と隅に追いやられているそれ以外の貧しい人たちとの立場が逆転している。軍隊にやって来るメインの層は貧しい者たちだ。その彼らが主導権を握るのは当然のことかもしれない。
これに思春期ならではの少年たちの持て余したエネルギーが加わって、上官たちの目の届きにくい寄宿舎の中は、まるで野生の世界の様相を呈している。いじめに盗みに賭け事に、やり場のない性欲がいろんな形で現れてと、やりたい放題になって暴走気味だ。そんなカオスな世界で生き残るために、それぞれがそれぞれの方法で必死に適応しようとしている。
学校と外の世界、現在と過去で彼らの姿がまるで違ったりするのはそのためだろう。学校の中では学校に適した仮面をつけて、そこでの正しい振る舞いをしようとしている。それが出来なかったのが「奴隷」とあだ名された少年だろう。学校に相応しい仮面を作ることが出来ず、ありのままの自分でいたことで悲劇に見舞われてしまった。そしてこれら一連の事件によって、彼らは大人たちの汚れた世界を知ることにもなった。こうやって少年たちは大人になっていく。
外の世界では決して交わることのなかった少年たちが集ったことで起きる物語だ。環境が変われば人間も変わる。誰なのか分からなかった心優しいおとなしい子供が、実は今はクラスを力で牛耳る男だったのには驚かされた。
それから外では交わらなかった彼らだが、それぞれのエピソードに共通する一人の女性が登場しており、ある意味では彼女を通してニアミスをしているのも面白い。ストーリーテリングの上手さを感じる。
ペルーの首都リマの街や通りの名前がたくさん登場する小説だ。そこがどんな場所でどんな人種や階層の人たちと関わりが深い場所なのかがちゃんとイメージできたら、もっと深く理解できたのだろう。
色んなバックグラウンドを持った少年たちが、都市のあちらこちらで様々な思いを抱えながら彷徨っている姿が浮かんでくる物語だ。まさに「都会と犬ども」というタイトルに相応しい。
著者
マリオ・バルガス・リョサ
関連する作品
映画化作品
「La ciudad y los perros(The City and the Dogs)」 フランシスコ・J・ロンバルディ監督