★★★★☆
内容
イギリスのカトリック系の小学校から白人ばかりの元底辺の中学校に進学した子供と、それを見守る母親が見たイギリス社会。第2回本屋大賞 ノンフィクション本大賞。
感想
アイルランド人の夫と英国で暮らす著者。その息子が通い始めた元底辺校での学校生活の様子を通して、英国社会を考察していく。
まずイギリスでは白人ばかりが通う学校は敬遠されるということに驚いた。貧しく教育熱心でもない白人家庭の子どもが通う学校はレイシズムが酷い。だから移民やその子孫はそこを避け、裕福で教育熱心な家庭の子どもが集まる学校を選ぶようになる。そうすると自然と多様性のある学校は学力の高い良い学校に、白人ばかりの学校は学力の低い悪い学校になっていく。今や白人が避けられる側なのかと感慨深かった。
そんな現実がある社会で、多様性があった良い小学校から白人ばかりの中学に息子を進学させることになった著者。ただこの中学は昔は荒れていたが今は改善が進み、どんどんと良くなっている元底辺校であり、今は違う。とはいえまだその名残があるだろう学校に、白人ではない自分の息子をよく行かせることにしたなと感心してしまった。しかも著者が夫婦で決めたのではなく、息子本人が選択し、それを親が尊重したかたちだ。頭ごなしに反対してもおかしくないのにと感心してしまった。
この家庭は進路だけに限らず、なんでもまず本人の意思を確認している。それは子どもを信頼しているからというよりも、これはあなたの人生だからと突き放している感じがある。でもだからこそ子供は、自分のために最善の選択をしようとちゃんと考えるのだろう。自らの意思で選んだことは、あとで後悔するようなことがあっても誰も責めることが出来ない。
学校生活で様々な問題にぶつかり、また社会の厳しい現実を目の当たりにして帰って来る少年。親としては心配でしょうがないだろうが、案外子供はたくましい。自分なりによく考えて柔軟に対処し、しなやかにそれを乗り切っていく。彼のリアクションは、自分にはできないだろうなと思うようなものばかりでとても興味深かった。偉いねと褒めてあげたいというよりも、すごいですねと敬意を表したい気持ちの方が強い。
そして読んでいて強く感じるのは、社会は多様性の問題ばかりだということだ。イギリスはそれに対処するための方法を教育に組み込んでいるのが素晴らしい。少年がうまく対処しているのもこの教育の恩恵があるからだろう。愛国心がどうとか言う前に、まずは自分の周囲の人たちと上手く暮らしていくことが重要だ。それに、こういうものだと大上段から押し付けるのではなく、ちゃんと自分たちで考えさせる方針なのも良い。
「多様性ってやつは物事をややこしくするし、喧嘩や衝突が絶えないし、そりゃないほうが楽よ」
「楽じゃないものが、どうしていいの?」
「楽ばっかりしていると、無知になるから」
単行本 p59
コロナが一瞬で世界に広まったことからも分かるように、もはや多様性の問題は避けて通れないものだ。だからその現実を受け止めて、どうせ進まなければならない道をどうやって上手く進もうかと前向きに考えて取り組んでいくのはある意味では当然のことだろう。だが、うちは事情が違うからとか、そんなものは求めていないからとか言い訳ばかりを繰り返し、現実から目を背けて見て見ぬふりをし続ける国もある。きっとそんな国はいつまでもガラケーに固執するお年寄りのようなもので、国自体が老人のようなマインドを持ってしまっている国だと言える。きっとそんな国の未来は決して明るくないだろう。
ただイギリスはイギリスで問題はある。どこの国にも悪い面はあるものだ。それを一番強く感じたのは、水泳大会の観客の話だ。階級によって座る場所が決められており、皆がそれを当然のこととして受け入れている。人種や性別による差別には敏感なのに、それには鈍感なのかととても奇妙に感じた。それだけイギリスにおいては階級意識が根強いということなのだろう。でもきっとよそ者から見れば不思議で仕方がないのに、当人たちは当たり前だと思い込んでしまっているようなことは、どこの世界でもあるはずだ。
それから、アジア人として著者が差別的な言動をされたことを、特に驚くような事ではなく、よくあるありふれた事だとでもいうように、毎回サラっと言及しているのも印象的だった。でも悲しいことだが、これもまた世界のどこにでもある話ではある。
多様性に関する話の中で、差別用語にもクールなものとアンクールなものがあるという話は興味深かった。今どきそんな言葉は使わないよ、ということなのだろうが、それに対して周りはどうリアクションをするのかが気になる。それはダサいからこっちのイケてる差別用語を使えよ、というのもおかしいので、皆そっとしておくのだろうか。少し違うが、その言葉を今だに悪い意味で使ってるの?と驚いてしまうことはある。悪意に満ちたドヤ顔で、全然効かないそんな言葉を相手にぶつけている人を見ると、なんだか大昔の人に出会ってしまったような、気の毒な気持ちになってしまう。時代に取り残された古い感覚の人なのだろう。そういえばそんなときも、そっと距離を取るかもしれない。
あまりニュースでは見ることが出来ないイギリス社会の現実を知ることが出来てとても面白かった。そしてこの著者の息子のような子供たちばかりだったら、未来をそんなに悲観することはないのかも、と明るい希望を持つことが出来た。ネットを見ているとそんな気持ちが萎えてしまう事ばかりだが、果たして実際はどんな未来がやって来るのだろうか。
著者
ブレイディみかこ
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