★★★★☆
あらすじ
明治維新から現代にいたる各時代に、東京の地霊が憑依した人物たちの物語。
感想
明治維新から現代にいたるまでの東京・日本の歴史が、時代ごとに6人の人物の目を通して描かれていく。東京の地霊が彼らに順に乗り移っているという設定で、彼らの行動には共通したものがあり、そこから東京の特徴のようなものが浮かび上がってくる仕掛けとなっている。
とりあえず、それぞれの人物の人生を描いた伝記として面白い。幕臣から新政府の官吏となった男や軍人、ヤクザや水商売の女、原発作業員など、それぞれの立場から見たその時代の出来事が語られ、当時の人たちの心情がリアルに感じられる。
どの登場人物も最初はいたって普通に見えるのだが、読み進めるうちにちょいちょいあれ?と思うような、おかしな言動がある。関東大震災で警備中に罪のない人を殺しちゃったかもしれないけど、治安維持のためだから多少のミスは仕方がないとか、戦力的に負けるのは確実だけど、そんなことを言うと上司がご機嫌ななめになっちゃうから勝敗は数じゃない、あんな軟弱な奴らに我が皇国の臣民が負けるわけがない、みたいな気持ちよくなっちゃう作文をして報告書を出しておこうとか。
図らずも宇治田が漏らした本音、即ち「なるようにしかならぬ」とは我が金科玉条、東京と云う都市の根本原理であり、ひいては東京を首都と仰ぐ日本の主導的原理である。東京の地霊たる私はズットこれを信奉して生きてきた。なるようにしかならぬ――これより他に正しく人を導く思想はない。なにしろ世の中はなるようにしかならぬのだから、それもマア当然です
単行本 p348
そのおかしな部分、違和感の正体が、いわゆる東京の特徴ということになる。何事も「なるようにしかならぬ」とまともな計画を立てず、無邪気な楽観主義で場当たり的な対応をくり返し、失敗しても無反省でしょうがなかったで済ませてしまう事。特に戦時中はそれが顕著で、この時の主人公である軍人の男の無責任ぶりは、読んでいて逆に惚れ惚れしてしまうほど。日本と無関係の他国の人間であれば、定期的に繰り返される芸術的な責任逃れの言い草に爆笑すること必至のはずだ。
この小説では2011年の東日本大震災後までが描かれているのだが、もし今のコロナ禍を同じように描いていたら、どんな風になっていたのだろうと想像してしまう。現実はまるでこの小説の続編のように「なるようにしかならぬ」のグダグダぶり。小説の中では東京の特徴として、「成り行きに即した発言」しかしないというのも挙げられていたが、確かに今のグダグダぶりを擁護する人たちがしているのも大体これで、単なる現状追認だ。
本書では、東京の駄目なところが全国に蔓延してしまい、滅亡に向かう日本が最後の浮かれ騒ぎとして廃墟の中で行うのが東京オリンピック、と予言していたが、現実にはもはや日本は浮かれ騒ぎすらもできなくなっちゃったのかと切ない気分。でも世界と比較したら自分たちはまともじゃないのだという事を自覚できたという意味では、コロナ禍は不幸中の幸いだったのかもしれないと思ったりした。今読むには最適な、色々と考えさせられてしまう小説だった。
著者
奥泉光
登場する作品
「インターナショナル」