★★★★☆
内容
建物に加えられた変更により塞がれた門や窓、上った先に何もない階段など、実用的な用途がなくなったにもかかわらず、なぜか保存されている無用の長物を「超芸術トマソン」と命名し、報告された全国のトマソンを紹介する。
感想
皆が毎日目にしていたのに、何も感じずスルーしていたような場所に、違和感を感じてそこに注目する。そしてそれを面白がって、しかし真面目に論じることで、同調するものが集まってムーブメントになっていくというのが興味深い。
著者の前にこれを発見した人はたくさんいたと思うが、昔はそんな事を発表できる場は限られていて、発言できる人も限られていた。そして、そんな場で発言する人の多くは取り澄ましていて、こういったことを言う人はいなかったのだろう。
これに反応して各地のトマソンを報告する人たちも、楽しげなのがいい。基本的には真面目なのだが、どこかふざけてるような、面白がっているような所があり、それに著者もちゃんと応えている。この遊びのような雰囲気が、新たな展開を生むのに必要な事なのかもしれない。
たくさん紹介されるトマソンの中で一番印象的だったのは、解体された銭湯に残された煙突の話。報告者が煙突のてっぺんで自撮りした写真の話に、心と足が震えた。もう読んでいるだけで怖かった。そして、よく見たらその写真が本の表紙になっていて、それに気付いてからというもの、本を手にするたびに若干足がすくむような思い。しかし、ボロい煙突に登ってその上で写真を撮ろうという発想がよく出来たなと感心してしまう。凄いインパクトだった。
時おり海外のトマソンも紹介されるのだが、イマイチ面白く感じなかったのは何故だろう。大雑把すぎるというか、豪快過ぎるというか。まさに無用の長物、と打ち捨ててしまっているからだろうか。その点日本だと、とはいってもなんか気になるからちょっと養生しておくか、といういじらしさが出てしまうのかもしれない。でもそこに侘び寂びがある。
各地から寄せられる報告書の中には、トマソンを擁する他人の家の住所が堂々と載っていて、おおらかな時代だなと思ってしまった。プライバシーはどうなっているのだと気にしてしまうが、こちらもあまり拡散することもない雑誌や本に記載されるぐらいでは大して問題はなかったのか。
ただ、トマソンが盛り上がり、テレビで取り上げられたりすると、人が押し寄せたりして問題が生じる事もあったようだ。後半に著者自身が住所は伏せる必要があるかもしれないと述べている。
しかし、地元の人にとっては何でもない光景が、よそから来た人に面白がられ、持て囃される事によって、地元の人たちの意識が変わるというのは面白い。現実は何も変わっていないのに、人々の意識だけが変る。「日本すごい」も同じような現象か。
この他にも、最初の頃の興奮が次第に薄れていっていることに言及し、その分析をしていたりして、著者の深い考察にハッとさせられる場面が随所にある。面白がりながらも、その裏では深い考察をして冷静な部分も持ち合わせている。こんな姿勢で日々を過ごせば、何気ない日常がどんどん違ったようなものに見えてくるはずだ。見習いたい。
著者
赤瀬川原平
登場する作品
「内部抗争」「肌ざわり (河出文庫)」所収
東京ミキサー計画:ハイレッド・センター直接行動の記録 (ちくま文庫)
「WALLS」
「自宅の蠢き」「父が消えた (河出文庫)」所収