★★★☆☆
内容
1970~80年代に人気雑誌「ウイークエンド・スーパー」「写真時代」などの編集長を務めた著者の自伝。
感想
著者が少年時代を過ごした岡山の山の中の農村の話が面白かった。母親がダイナマイトで心中をした話もそうなのだが、村の人々が気軽に何かというとダイナマイトを使っていたとか、父親がダイナマイトを手に喧嘩に行くと相手は猟銃を持ってきていたとか、なかなかワイルドな話がたくさん出てくる。ここは鉱山だったが、この頃はまだ日本中に炭鉱があっただろうから、こんな荒くれ者たちの危険な日常が各地で見られたという事か。イノシシが獲れたら村人みんなですき焼きパーティーをしていたというエピソードも、牧歌的でほのぼのした。70年ほど前の日本には、まだこんな生活を送る人々がいたのか。
ただそんな田舎にも映画やなんかで都会の情報は入ってくる。それらを見た幼い子供が都会に憧れ、田舎臭い地元を出ていきたいと願うのは必然かもしれない。当時は都会と田舎の落差が今よりももっと大きかったので、その思いはより強かったはずだ。そして著者はまず大阪へ、次に東京都心へと出ていく。そして嫌なことはさっさと見切りをつけて辞め、やりたいことだけをやっているうちに、いつの間にか人気雑誌の編集長となっていた。おそらくその時その時は深く考えていたわけではないのだろうが、こうやって自分の人生を切り開いていく姿勢はとても大事だ。
正直、著者が編集長を務めていた各雑誌の事は全然知らなかったのだが、頻繁に荒木経惟の名前が出てきて、彼とタッグを組んで世間を騒がせていたのだなという事はよく分かった。これらの雑誌はいわゆるエロ雑誌なのだが、それに対する著者の冷静、というよりはどこか冷めた視線が印象的だった。エロ雑誌は、肝心なものを絶対に見せずに匂わせ続ける永遠の予告編なのだ、という解説はなるほどなと頷かされた。一方では面白がりつつ、その一方ではどこか客観的な視点を持っていたことが売れる雑誌を作れた理由なのだろう。
この本には荒木経惟の他にも、この頃のいわゆるサブカルの人たちの名前がたくさん登場して、そういう時代だったのだなとしみじみとしてしまった。とはいえ、名前を聞いたこともなかった人や名前しか知らない人がほとんどなのだが。でもそういう人たちが、著者の魅力もあったのだろうが、こぞってエロ雑誌に関わっていたというのはなんだか猥雑な文化の香りがして面白く、古き良き時代だなと思ってしまう。現代もこの次の世代の人たちに、同じようにいい時代だったなと言ってもらえるのだろうか。
雑誌編集者の仕事の実情なども描かれていて面白くはあったのだが、各所で書いた文章の寄せ集めなのか、エピソードの重複があったり、突然エッセイ的になったり、日記が出てきたりと、どこか雑多な印象を受ける内容の本となっている。
著者
末井昭
登場する作品
「めばえ セーラー服写真集」
「荒木経惟の偽ルポルタージュ」 荒木経惟
「荒木経惟の偽日記」 荒木経惟
魅せられてフリークス―時を撃つ「肉体の貴族」 (1982年)
「歌謡曲見えたっ」 平岡正明
天覧思想大相撲―平岡正明,上杉清文対談集 拡大差○別篇 (1983年)
関連する作品
映画化作品