★★★★☆
あらすじ
画商の男は、食事に誘った女を連れ、以前から招待されていた「台湾民主共和国」準備政府の大統領就任パーティーに顔を出す。
感想
主人公が新政府樹立を目指す台湾の友人の大統領就任をきっかけに、国家と個人の関係について考えるようになる物語だ。二人はたまたま酒場で知り合い意気投合した仲なので、主人公は友人の政治活動を知った後もそれには深く関わらず、普通の友人としての関係を続けている。政治に対して人並みの関心しか持っていない主人公と政治に真剣に向き合っている友人、二人の姿は対照的だ。
存在しない国の大統領というのも興味をそそるが、この他にもかつて右翼の大物の愛人だったという老婆や、無政府主義者で男前のスーパーの店長など、面白いキャラクターが何人も登場する。彼らとの会話を通して主人公は自身の考えを深めていく。政治の話は小難しくなりそうなものだが、昭和史の裏話的なエピソードや恋愛体験から導き出された国家観、国歌にまつわる怪しい話など、思わぬ話が次々と飛び出してくるので苦にはなることはなく、楽しみながら読み進められた。
そんな数々の挿話からは、賄賂や裏取引が当たり前の政治の腐敗ぶりが見えてくるが、今も昔も大して変わらないのだなと残念な気持ちになる。昔の政治家は嘘でも体裁を保とうとしていたが、今は大衆を馬鹿にして開き直るようなったところが違いだろうか。酷くなる一方で自浄作用はないらしい。
主人公は政治に無関心のつもりでいるが、いざ取り組み始めるとちゃんと深みのある考察が出来ている。戦争を体験し、分かりやすく政治に翻弄された世代なので、なんだかんだで色々考えてしまう機会が多かったのかもしれない。そもそもちゃんとした教養がある事も大きいだろう。今ならネトウヨと呼ばれるものになって終わりかもしれない。
そしてただの無鉄砲な性格ゆえだと思い込んでいた自身の風変わりな人生も、意識して振り返ってみると、その岐路には主人公自身の政治的態度の影響が何度もあったことに気付く。
結局、誰も政治とは無関係ではいられないということなのだろう。学校がくだらないのも、信号が全部赤なのも、そして行きつけの店のご飯がマズくなったのも、突き詰めてみればすべて政治の問題だ。政治には関わらないという態度ですらひとつの政治的メッセージになってしまう。主人公と付き合い始めた女はそれに気付いていた。
そうであるなら、無自覚でいるが故に気付かず誰かに政治利用されてしまうよりは、自覚して振る舞った方がましだろう。別に裏声じゃなくてもいいが、ただ皆に従うのではなく、君が代をどんな風に歌おうか、または歌わないでいようかと、それぞれが意識的に考えるようになった時、日本は何かが変わるのかもしれない。
終盤に始まった大統領の不審な行動はまるでミステリーのようで、最後まで引き込まれる展開が続く。話が進むにつれ、主人公がエスカレーター式だったはずの人生を何度も下りてきたことが明らかになるが、冒頭のシーンですでにそれを暗示していたことに気付いて唸ってしまった。読み応えのある物語だ。
著者
丸谷才一
登場する作品
「古今和歌集 (岩波文庫)(古今集)」
「隆達小歌集」