★★★☆☆
あらすじ
フランスで活動するアフリカ出身の作家の男は、デビュー作で話題をさらうも沈黙を守り、その後は新作も出さずに消えていったミステリアスな同郷の作家に興味を持つ。
ゴンクール賞受賞作。
感想
一冊の本だけを残して消えた、ミステリアスな作家に魅了された男が主人公だ。作家について調べ、関係者に話を聞き、彼について仲間と語り合う。
謎の作家が黒人作家として注目されたこともあり、主人公が、同じ境遇の友人たちと作家としてのアイデンティティについて語り合う場面は興味深い。肌の色は関係なく、ただ自分の書きたいことを書くだけだ、と主張することは、彼らの中では青臭いことだと認識されている。
たとえ彼らが本当にそう思って意識していなかったとしても、世間はそれを意識している。だからそれを踏まえた上で対応しなければ、相手は納得してくれない。自分が全く意識していないことに対して、何らかのポーズを取らないといけないのはしんどいだろうなと同情してしまう。
これはきっと、マイノリティでない人にはなかなか理解されないことなのだろう。たとえば「この作品は、あなたの血液型がA型であることがどんな影響を与えていると思いますか」と常に聞かれるようなものだろうか。
ここで「そんなの気にしてませんよ」という回答は許されない。「細かい描写は、A型の几帳面さが表れているかもしれませんね」などとしょうもない回答をして、相手を納得させる必要がある。こんなのいちいちやってられないだろう。でも彼らはやらないといけない。
様々な関係者の話を聞くことで、次第に謎の作家の姿が浮かび上がってくる。ただ、その関係者から直接話を聞くのではなく、又聞きだったり、そのさらに又聞きだったりするので、時おり誰が誰に話している会話なのか、この時の「あなた」は誰を指しているのかと混乱する時があった。
だがこれは物語が出来上がっていく過程とよく似ている。人から人へと語り継いでいくことで、物語は出来上がっていくものだ。それを示唆してもいるのだろう。
またこの謎の作家は、その存在を知った主人公を含めた作家仲間たちの書く姿勢にも影響を与えている。ある者はアフリカに帰り、ある者は二度と帰らないと誓い、ある者は一度帰るも再びフランスを目指しと、それぞれが適切な故郷との距離を考え、どこで書くかを意識させている。
ぼくらは一晩語り明かしたあと、それぞれの心の砦に戻りたくなって、黙ったまま歩いていた。
p326
ある一人のミステリアスな作家についての物語であり、物語る人々についての物語でもあり、そして、物語についての物語でもある。終わらない大河物語を読んでいるような壮大な気分になる。読み終わってもまだ物語は続く。そんな気がする小説だ。
著者
モアメド・ムブガル・サール
登場する作品
「事物の本性について(物の本質について (岩波文庫 青 605-1))」
「イレーヌのコン」 「イレーヌのコン・夢の波 (1977年)」所収
「帰郷ノート」 「帰郷ノート/植民地主義論 (平凡社ライブラリー せ 2-1)」所収
キルケゴール選集〈第3巻〉哲学的断片 (1954年) (創元文庫)
H05-006 英雄たちと墓 サバト ラテンアメリカの文学7 月報あり