★★★☆☆
あらすじ
放蕩の限りを尽くした貴族の男が、そんな生き方に飽きてパリの郊外に引き籠り、好きな書物や絵画など自らの趣味に適ったものに囲まれ暮らし始める。
感想
世の中を少し見ただけで恐れたり傷ついたりして引き籠っている人間に対してなら、あなたが想像するよりも世界は広いのだから、もっと外に出た方がいい、とアドバイスをしたくなるが、この主人公のように、ありとあらゆることをやってしまってもう飽きた、と言っている人間には正直何も言えない。どうか好きなように生きてください、と小声で伝えるのがやっとだろう。
そんな主人公の個人的趣味で出来上がった邸宅で、絵画や書物などに対する彼の見解が延々と一人語りされていく。ラテン文学から現代文学、詩、絵画、音楽、更には香料や花に至るまで、これを描く著者の博識ぶりには圧倒される。それと同時にラテン文学などのほとんど知らない分野の話を延々と聞かされて、心が折れそうにもなった。その分野に詳しい人なら自らの見解と照らし合わせながら読むことが出来るので、きっと刺激的に感じられるのだろうが、そんな教養は持ち合わせていないので苦痛でしかなかった。これは読み手の勉強不足に問題があるだけだが。
ただ、香料の話は知らない分野ながら興味深かった。聞いたこともないような名前の香料を一つずつ噴霧しながら、部屋の中に花を生み出し、野原を作り、女性を登場させ、それらの匂いを一旦送風機で消し去って、今度は工場を表出させるといったような遊びだ。様々な匂いを組み合わせて部屋の中に一つのイメージを浮かび上がらせている。
放蕩を尽くした主人公が惹かれるのは、頽廃を感じるような普通じゃないものが基本だ。それなのにその正反対とも言えるような宗教的なものにも魅かれているのが意外で興味深い。勿論、宗教の欺瞞的な部分にも気づいているのだが、それでも宗教的儀式の魅力に抗えないでいる。
放蕩の中で磨いてきた自らの審美眼に誇りを持ちながらも、何から何までこだわらずにいられない性分にどこかで嫌気がさしているということなのか。そんなこだわりを一切捨てて、自らを投げ出してしまいたいという願望。自らの考えや思いなど一切無視して、わが身を誰かに委ねることは、ある意味では退廃的なことなのかもしれない。
著者
J.K.ユイスマンス
登場する作品
「中期および後期ラテン語辞典」 デュ・カンジュ
「恋人たちの死」 ボオドレエル
「仇敵」 ボオドレエル
「アーサア・ゴオドン・ピムの冒険」 エドガア・ポオ
「エウスキオン」 ペトロニウス
「アルブキア」 ペトロニウス
「オクタウィウス」 ミヌキウス・フェーリクス
キリスト教教父著作集14 テルトゥリアヌス2 護教論(アポロゲティクス)
「忍耐論」 テルトゥリアヌス
「女性の贅沢について」 テルトゥリアヌス
「護教詩」 コンモディアヌス
「祝婚剽窃詩」 アウソニウス
「モラッセ河」 アウソニウス
「マカベア家の人々」 ウィクトリヌス
「魂の戦い(プシコマキア)」 プルデンティウス
「風俗の堕落」 マリウス・ウィクトル
「聖餐歌(エウカリステイコン)」 ぺルラのパウリヌス
「警告の書」 オリエンティウス
「六日物語(ヘクサメロン)」 ドラコンティウス
「王の旗(ウユクシラ・レジス)」 フォルテュナトゥス
「小庭園(ホルトウルス)」 ワラフリット・ストラボー
「緑草譜(ヴイリプス・ヘルバルム」 マケエル・フロリドゥス
「古代性愛学概論」 フォルベルク
「美しき貞潔について」 アウィトゥス
「取返し得ぬもの」 ボオドレエル
「露台」 ボオドレエル
「サロン」 ディドロ
「ある修道女の物語」 オーガスタス・クレイヴン夫人
「エリアーヌ」 オーガスタス・クレイヴン夫人
「フルーランジュ」 オーガスタス・クレイヴン夫人
「日記」 ユウジェニイ・ド・ゲラン
「書簡集」 ユウジェニイ・ド・ゲラン
「国民の統一」 ファルウ伯爵
「カトリック党」 ファルウ伯爵
「パリの匂い」 ヴイヨ
「吝嗇家」 エルネスト・エロオ
「凡庸な男」 エルネスト・エロオ
「社交界の趣味」 エルネスト・エロオ
「不幸の情熱」 エルネスト・エロオ
「神の言葉」 エルネスト・エロオ
「主の日」 エルネスト・エロオ
「幻想と教化の書」 フォリーニョのアンジェラ
「呪縛された女」 バルベエ・ドオルヴィリイ
「老いたる情婦」 バルベエ・ドオルヴィリイ
「巫女之鉄槌」 ヤーコプ・シュプレンガア
ペール・ゴリオ パリ物語 バルザック「人間喜劇」セレクション (第1巻)
「ジェルミニイ・ラセルトゥ」 ゴンクウル
「ラ・フォスタン」 ゴンクウル
「土星人(サチユルニアン)の詩」 ポオル・ヴェルレエヌ
「よく見る夢」 ポオル・ヴェルレエヌ
「よき歌」 ポオル・ヴェルレエヌ
「艶なる宴」 ポオル・ヴェルレエヌ
「言葉なき恋歌」 ポオル・ヴェルレエヌ
「街(ストリート)」 ポオル・ヴェルレエヌ
「黄色い恋」 トリスタン・コルビエール
「眠りの連禱」 トリスタン・コルビエール
「パリ人の詩」 トリスタン・コルビエール
「街と森の歌」 ユゴオ
「天の邪鬼」 ポオ
「クレエル・ルノワアル」 ヴィリエ・ド・リラダン
「イシス」 ヴィリエ・ド・リラダン
「エレン」 ヴィリエ・ド・リラダン
「モルガーヌ」 ヴィリエ・ド・リラダン
「ヴィヤンフィラートルの姉妹」 ヴィリエ・ド・リラダン
「天空広告」 ヴィリエ・ド・リラダン
「栄光製造機」 ヴィリエ・ド・リラダン
「世界一立派な晩餐」 ヴィリエ・ド・リラダン
「恋愛の科学」 シャルル・クロス
「マラルメ詞華集」
「半獣神の午後」 マラルメ
夜のガスパール―レンブラント、カロー風の幻想曲 (岩波文庫)
「民衆の声」 ヴィリエ・ド・リラダン
「硬玉の書」 ジュディット・ゴーティエ
「類推の魔」 マラルメ
「パイプ」 マラルメ
「蒼ざめた貧児」 マラルメ
「中断された風景」 マラルメ
「未来の現象」 マラルメ
「秋の嘆き」 マラルメ
「冬の戦慄」 マラルメ
「聖霊賛歌」
「乙女の歎き」 シューマン
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