★★★★☆
あらすじ
自分を裏切り若い女と婚約した男に復讐するため、その婚約者を手籠めにするよう遊び人で友人の男爵に依頼した侯爵夫人。書簡体小説。フランス文学。
感想
手紙だけで進行する書簡体小説だ。手紙の文章が妙に回りくどく、気を抜くと何を言っているのかよく分からなくなったりするのだが、このあたりはフランスらしさなのかもしれない。直接的な物言いは避けるべきという手紙のマナーみたいなものもありそうだ。そしてそんな中で、皆がかなり明け透けな内容や心のうちまでもを明かしたりしている。意外にも大胆だ。でも今ならチャットアプリや電話などで同じことをしている人も多いだろうし、自分のことを誰かに話したい、語りたいという欲求は普遍的なものなのだろう。しかし、毎日のようにこんな手紙を何通も書いて過ごしているなんて、当時の貴族は相当暇だったのだなと羨ましくもある。
いわば手もなくこちらの物になるような、ひと言のうれしがらせで気もそぞろになるような、おそらくは恋よりも好奇心ですぐに動かされるような、ほんの小娘ではありませんか。
p21
そしてそんな手紙のやり取りの中で繰り広げられているのは、策士の侯爵夫人と人でなしの遊び人の男爵が共謀した悪だくみだ。これもまた暇のなせる業といったところだが、無垢な少女や純粋な青年、貞淑な人妻といった何の罪もない善良なる人たちの人生を目茶苦茶にしようとしているわけなのでかなり悪質だ。その対象となってしまった人たちのことを考えると相当気の毒だが、だからといって引いてしまうわけではなく、二人がどんな悪徳ぶりを見せるのかと気になって、次々とページをめくってしまう。
しかし、二人が言葉巧みに相手をたぶらかす様子を読んでいると、この時代にこれを書いた著者の心理分析力に感心してしまう。どう言ったら相手はどう動くかといった人心掌握の術をよく分かっている。脅しと懐柔を使い分け、一見理路整然とした話で追い詰め、相手の心を操る様子はまるでマインドコントロールを行なっているかのようだ。きっとやられた方は今ならモラハラだパワハラだと言いたくなるだろう。
手紙形式だけでやっているからこその無理を感じる部分もないわけではなかったが、決して結束は固くない二人が主導権をかけて牽制し合いながら共謀する様子は、緊張感もあって面白かった。ただ最後は手紙という証拠をお互いに持っているのだから、そりゃそうなるよねという、知略に富んだ二人にしてはあっさりとした結末だったが。最終的にちゃんと悪人が裁かれる展開には納得なのだが、心のどこかでそれを少し残念に思ってしまっている自分がいる。
著者
ピエール・ショデルロ・ド・ラクロ
登場する作品
「長椅子物語」
「エロイーズ(アベラールとエロイーズ―愛と修道の手紙 (岩波文庫 赤 119-1))」
「意地悪男」 グルッセ
「ナニーヌ」 ヴォルテール
「キリスト教随想録 第2巻」
「クラリス」
「恋の狂乱」 レニャール
「上手の手からも水は洩る」 スデーヌ
「カレー攻囲」 ド・ベロア
「アルキビヤデスの道話」 マルモンテル
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