★★★☆☆
あらすじ
原水爆の被害を恐れて家族を引き連れてブラジルへ移民しようとする鉄工所経営の老人と、それを阻止しようとする家族たち。
感想
当時35歳だという三船敏郎が老人役をやっていて、コント感が出ても良さそうなものなのにそうはなっていないのが凄い。頑固で意志が強そうな老人役を見事に演じている。 確かに荒くれ者をまとめて鉄工所を一代で築いて経営し、妾が三人いてもおかしくない老人だ。
しかし三人も妾がいるという設定は、今だと少しギョッとしてしまうが、当時では割とあっさりと受け入れられたという事なのだろうか。100年も経たないうちに常識は変わってしまうということは、常識なんてそんな大層なものではないのかもしれない。ちなみに老人役の三船敏郎より、真っ黒な顔のブラジルへ移民した男の役、東野英治郎のほうがコント感はあった。
米ソで核軍備競争が繰り広げられ、水爆実験などが行われている時代。核の脅威を感じ全財産を使って安全な場所に避難しようとするも、家族からは頭がおかしくなったと思われ準禁治産者申し立てをされてしまった老人。どんなに必死に訴えても、家族は冷笑し資産が目減りしてしまうことだけを心配している。
冷静に考えれば、老人の方が100%正しくて、いつ米ソの核戦争に巻き込まれるかもしれない危険な場所でなぜそんなに安穏として生活できるのか?と問われれば、合理的な回答は出来ないような気がする。ただ常に危機的状況にいるせいでそれに鈍感になって麻痺してしまっているとか、周りの皆が何でもないような顔をして普通に生活しているのだから大丈夫だろうという正常性バイアスに囚われているとか、考えてみれば不合理な理由しか思いつかない。
「現実を正しく認識できる人間の方が心を病みやすい」という研究結果があるらしいが、それを思い起こさせるような内容だ。現実を正しく認識し、合理的な行動をとろうとした老人は、正しく認識しようとしない人たちに冷笑され拒まれ、最終的には本当に狂ってしまった。
東日本大震災の事を思い出す内容だが、直後に見るのと今見るのでもだいぶ印象は違うのだろう。現在ではだいぶ風化してしまい、麻痺してしまっている。原発関連のニュースにも、放射能濃度の話にも今では鈍い反応しかない。原発や放射能はともかく、今後百年のうちに大地震が来るだろうと予測されている場所に呑気に暮らしている我々もこの映画の中で老人の行動を呆れて見ている人々と変わらない。
色々と考えさせられる内容ではあるが、映画としてはちょっと重くテンポが悪い気がした。もしかしたら都合の悪い真実からは目を逸らしたいという見ている側の後ろめたさのせいかもしれないが。
スタッフ/キャスト
監督/脚本
脚本 橋本忍/小國英雄
製作 本木荘二郎
出演
志村喬/千秋実/千石規子/東野英治郎/藤原釜足/渡辺篤/中村伸郎/左卜全/谷晃
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