BookCites

個人的な映画・本・音楽についての鑑賞記録・感想文です。

「羆嵐」 1977

羆嵐 (新潮文庫)

★★★★☆

 

あらすじ

 1915年に北海道で起きた日本史上最大の熊による獣害「三毛別(さんけべつ)羆事件」 を題材にした小説。

三毛別羆事件 - Wikipedia

 

感想

 開拓民たちが三毛別に移り住むことになった経緯についての軽い紹介が終わった途端に始まるヒグマによる大量殺戮。読んでいるだけで背筋が凍り付く。そもそも本の表紙が怖いし。

 

 何よりも小休止を挟むことなくヒグマが次々と人を襲っていくのが怖い。最初に母子が殺され、人々がその死を悼んで通夜を行っているその場にさえ現れて棺をひっくり返して暴れまわる。抗争中の敵対するヤクザですら焼香にやって来るのに、ヒグマは侘び寂びがなくて全く空気を読まない。当たり前だが。これが大自然の怖さでもある。

 

 

 村民たちが何もできずにただ外で見守る中、家の中からヒグマが人間を咀嚼する音だけが聞こえてくるという描写は想像するだにおぞましい。飛び込めば自分もやられるし、火を放てば中にいるかもしれない生存者を巻き添えにすることになる。どうすることもできず、ただ出てくるのを待つしかない状況。中からは獣の荒々しい息遣いや骨を砕く音が聞こえてくる。

 

 冬眠しないヒグマは腹を空かせて狂暴になるという事だが、なぜ冬眠しないかといえば体が大きくなりすぎて冬眠に手ごろな穴倉が見つからないから。ということは、もれなく冬眠できずに凶暴なヒグマは尋常じゃない大きさという事になる。悪夢のような状況。実際にはそれは間違った説という見解もあるようだが。

 

 ヒグマの恐ろしさを実感してヘトヘトになりながら読み進めるが、大量殺戮は序盤で終了。その後はヒグマの影に怯える人々が描かれていく。自分たちだけでは手に負えないと悟り警察に頼る村民たち。そして、近隣住民からの人員を引き連れてやって来た警察が陣頭指揮を執る。

 

 応援に駆け付けた意気揚々な近隣住民たちが、現場で現実を目の当たりにしてすっかり怯え切ってしまう様子がリアル。きっと現場を知らないからこそ無神経なことが言えて、それが現場の人をイラつかせるという構図は世界中で起きているのだろうなと想像する。特にSNSでいっちょかみっちょかみしたがる人が多い現在は尚更だろう。

 

 しかし、銃はまだしも槍やまさかりで彼らは本当にヒグマを倒せると思っていたのだろうか。飛び道具以外は接近戦をするしかないのだが。ほとんど原始時代と変わらない。大人数でいけば何とかなると思っていた浅はかさを感じる。そして、自分たちはヒグマにとっては単なる餌という存在でしかないと気づき震える。

 

 最後は一人の猟師によるあっけない幕切れ。だけど現実はこんなものなのだろう。人間だってやられっぱなしだったらここまで繁栄していない。つま弾きものだった猟師と村民たちの事件後のやり取りに深みというか厳しさを感じた。

 

 キャラクター付けをする登場人物たちを限定したり、実際の事件を整理、再構成したりして、小説として散漫にならないように工夫している著者の巧さが光る。

 

 三毛別はどこにあるのだろうとグーグルマップで検索してみたら、ストリートビューが怖いことになっていた。こんなのが突然現れたら腰が抜けるのも無理はない。

 

著者

吉村昭

 

羆嵐 (新潮文庫)

羆嵐 (新潮文庫)

 

羆嵐 - Wikipedia

 

 

この作品が登場する作品

bookcites.hatenadiary.com

 

 

bookcites.hatenadiary.com

bookcites.hatenadiary.com