★★★★☆
あらすじ
義理の父親から大金をせしめるため、自動車セールスマンの男は妻の狂言誘拐を企てる。
アカデミー賞主演女優賞、脚本賞。98分。
感想
狂言誘拐を描く。登場人物たちがどこか抜けていて、締まりのない犯行となっており、それがそこはかとない可笑しみを醸し出している。事件の顛末ではなく、その過程で起こる間の抜けた笑いを堪能するコメディだ。
そんな事件の捜査を担当するフランシス・マクドーマンド演じる女性警官が良い。飄々としていて、彼女にもファニーな雰囲気はあるのだが、捜査自体は着実に真相に迫っていく。なかなか有能だ。彼女がこの締まらない展開を程よく引き締めながら引っ張っていく。
資産家の義父から金を奪おうとした主人公の安易な発想から始まり、すぐにキレる小男と無口な大男のかみ合わないコンビによる想定外の出来事へのずさんな対応と、彼らの条件反射的な反応が結果的に事件を滑稽なものにしている。とても人間味溢れるもので、いかにも庶民による犯罪といった趣だ。
人生はもっと豊かなものよ
そんな事件に対して、女性警官が終盤に言っていたセリフが心に残る。起こる出来事に対して短絡的に考えたり、反発したり、無関心でいるのではなく、まずはそれを受け入れる心の余裕を持てよ、と言われているかのようだった。彼女は、聞き込み捜査での関係者の要領を得ない話を忍耐強く聞くし、捜査の合間に夫との食事を楽しんだり、出張先で時間を見つけて旧友とあったりと、どの瞬間も大切にし、しっかりと向き合っている。
それが人生を豊かなものにしていくのだが、彼女がそんな風に見えないように描かれているのがポイントだ。その人の人生が豊かかどうかなんて、他人にはわからないものだ。久しぶりに再会した女性警官の日系の友人が、ウザい奴から気の毒な人、そしてヤバい奴へと次々と印象が変わっていったのは、それを暗に示していた。
犯人たちが想定外の出来事に何度も見舞われたように、警官が捜査とは無関係に妊娠していたように、思った通りにはいかないのが人生だ。それにどう対処するかで、人生の豊かさは変わってくる。そしてその豊かさは本人にしか分からない。それに無自覚なまま人生を終えてしまう人もいる。
意外と含蓄のある人生訓が込められつつ、オフビートなクライム・コメディに仕立てられた巧妙な映画だ。無駄なく無駄な要素が挿入されている。最後の粉砕機のシーンは、どうしようもなく残酷なのに思わず笑ってしまった。
スタッフ/キャスト
監督/脚本/編集* ジョエル・コーエン
*ロデリック・ジェインズ名義
脚本/製作/編集* イーサン・コーエン
*ロデリック・ジェインズ名義
出演 フランシス・マクドーマンド/ウィリアム・H・メイシー/スティーヴ・ブシェミ/ピーター・ストーメア/ジョン・キャロル・リンチ
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