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個人的な映画・本・音楽についての鑑賞記録・感想文です。

「女優 岡田嘉子」 1993

女優 岡田嘉子

★★★☆☆

 

内容

 戦前の舞台・映画のスターで、ソ連に亡命した女優 岡田嘉子の生涯。

 

感想

 自分が岡田嘉子の存在を知ったのは「男はつらいよ」を見た時だった。そんなに出演時間はなかったのだが、寅さんの人間喜劇には見合わないほどの重みのある存在感で、この人は誰なのだ?と気になった。そして彼女の壮絶な過去を知った。多分あの映画は、それを踏まえた上での演出だったのだろう。

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 彼女とその愛人・杉本良吉がソ連に亡命したのは、二人が共産主義に共鳴したからだと思っていたのだが、彼女自身はそこまで強い思い入れがあったわけではなく、活動家でもあった愛人に付き従っただけのようだ。さらには招集されて戦死するのを恐れていたからというのもあるようで、打算的なところもあったのだなと意外だった。とはいえ、まったく同意できない戦争に巻き込まれて無駄死にするくらいなら、それから逃れるために足掻いた方がましなのは当然だが。

 

 傍から見ると、岡田嘉子はそんな愛人に振り回されてしまった健気な女といった印象を受けるが、実際は亡命をけしかける側だったらしい。失敗すれば日本でどんな目に合うか分からないし、成功したとしてもソ連での生活に何の保証もない。慎重になる男に対して、簡単に気持ちを決めてしまい、待ちきれない様子だった彼女の姿が印象に残る。愛人をその妻から奪って独り占めできるという喜びもあったはずだ。

 

 

 一度決めたら必ずやり通す彼女の気の強さは、それまでの女優生活でも感じられる。駆け出しのころに思いもよらぬ妊娠をしてしまうが、それでも乗り越えてスターになったし、監督と衝突して干されたりしている。安定を捨ててでも、とにかく自分のやりたいことは何としてでもやろうとする人だった。

 

 そんな彼女らが決死の覚悟で行った亡命は、悲劇的な結末を迎える。スパイ容疑で拷問まじりの厳しい尋問を受け、その後は長く収容所で暮らすことになる。二人は亡命後3日で引き離され、その後2度と会うことはなかった。越境に成功し希望に満ち溢れていたのに、いきなり疑いの目で見られ、酷い仕打ちを受けた時の絶望はいかほどのものだったのか。

 

 この亡命直後の彼女の様子が一番知りたかったのだが、そのあたりはあまり詳しく記述されていない。彼女自身が決して語ろうとしなかったのだから仕方がないが、厳しい尋問に耐えかねて嘘の自白をし、それがきっかけで愛人が銃殺刑になり、自身は長期のつらい収容所暮らしになってしまったとか、想像するだに辛い。

 

 しかし、愛人と別れた後、一度だけ再会するチャンスがあったのに、彼女がそれを断った、という話はなかなか衝撃的だった。彼女はなぜ断ったのだろうか。後ろめたさからなのか、すでに覚悟を決めていたからなのか。

 

 失望ばかりが続くソ連での暮らしで、それでも彼女が消息不明とはならず、再び日本人の前に姿を表し、それなりの生活ができるようになったのはすごいことだ。日本でスター女優になれたように、彼女はそういう星の下に生まれてきたのかもしれない。多くの人が彼女を放っておけず、救いの手を差し伸べた。

 

 日本に戻ってしまうと、それまでの人生をすべて否定することになってしまうと考えたからか、ロシアで生涯を終えた岡田嘉子。きっと色々と思うところはあったはずだが、決して表に出すことなく胸に秘め、気位高く生き抜いた彼女の生き様には頭が下がる。でもやっぱり本当は何が起きて、彼女がどう思ったのか、彼女の真実を知りたかったなという思いはある。

 

著者

升本喜年

 

 

 

登場する作品

化け損ねた狸 (1980年)

「スパイ“M”の謀略」 「新装版 昭和史発掘 (3) (文春文庫)」所収

「樺太」 岡田耕作

「広島繁昌記」 昭和33年刊

椿姫 (新潮文庫)

チェーホフ全集〈12〉シベリアの旅 サハリン島 (ちくま文庫)

岡田嘉子―悔いなき命を (人間の記録)

鋼鉄はいかに鍛えられたか〈上〉 (新日本文庫)

美女伝 (集英社文庫)

 

 

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