★★★★☆
あらすじ
若い頃から酒を飲み続け、ついに限界を迎えて入院することになった男。
感想
今後飲めなくなるからと、入院前にワンカップ酒を二つ、立て続けに飲み干してしまうようなアル中の男が主人公だ。何となく依存症になる人間はだらしがなく、意志が弱いイメージがあったが、この主人公は違う。どうしたらアル中になるのか文献を読み漁って豊富な知識を持っているし、自身が今どういう状態なのかも十分に熟知している。
だがそれらをアル中にならないために活かすのではなく、それでもいいやと、悪化していく体を他人事のように見つめながらアル中になっていく。こういう人は、何も考えずにアル中になってしまった人とは違い、空恐ろしさのようなものがある。
でもよく考えてみれば、どう生きようがそれは個人の自由だ。誰もが節制して健康を保ち、長生きしなけらばならない決まりなどない。体に悪かろうが旨いものをたらふく食べ、その結果ぶくぶく太って早死にしても構わないと言う人がいてもいいし、いつ死んでもおかしくないような危険を冒してスリルを楽しむ人がいてもいいはずだ。きっと本当に死んでしまっても、彼らには文句などないだろう。周囲の人間が迷惑するのは間違いがないが。
主人公の入院生活や、それに至るまでの経緯などが中心に描かれていくが、印象的なのは主人公の冷徹な視線だ。同部屋の患者たちやその家族との関係を冷静に観察・分析しているし、医者と人生観や病気について議論できるほどの持論も持ち合わせている。変化していく自身の健康状態や検査の様子を興味津々で客観的に見つめ、面白がってさえいる。
断言した事柄が真実であろうが誤りであろうが、不二雄にはどうでもいいことなのだ。その場の気配がくっきりとしたものになって、相手と自分の力関係が明らかになればそれでいいのである。ときとして彼は、その癖のために、自分や人をとんでもない危険の方へ導いていくことがある。
p78
そんな中で印象的だったのは、友人に対するこの評価だ。これはSNSで持て囃されるためのテクニックでもあるなと思ったりした。ある層に人気のあるSNSアカウントは、たいていなぜか上から目線で、命令口調や断定口調を多用している。
終盤に、主人公が考えを改めるきっかけになったある報告書が登場する。ある一家のアル中が、他の家族にどのような影響を与えたのかが綴られたものだが、なかなか興味深かった。自分の家族でやったらどうなるのだろう?とか色々考えてしまった。でもきっとこれをやったらどんな家族でも、メンバーの誰もがノーマルだと判断されることはなく、何らかの精神的な問題を抱えていることにされてしまうような気がする。
実は読んでいる途中で、あれ、もしかしたらこの本読んだことがあるかも?と疑念が沸き、それが段々と確信に変わっていったのだが、それでも全然普通に楽しめた。酒を飲めるようになってから再読すると、また感じ方が違ってくるものだ。
著者
中島らも
登場する作品