★★★☆☆
あらすじ
幼くして病死した息子との別れを墓場で悲しむリンカーン大統領と、その様子を興味深そうに眺める成仏できない魂たち。ブッカー賞受賞作。
感想
墓場にやって来たリンカーンの息子の霊と、それにざわつく周辺を漂っている霊魂たちの物語だ。すべての死者の霊魂が墓場にとどまっているわけではなく、ほとんどの者たちは次のステージへと進み、未練がある者だけが残っている。彼らはいわゆる成仏できない幽霊たちなわけだが、欧米にもそんな概念があるのだなとちょっと意外な感じがした。
さまよえる霊魂たちは自らの人生を断片的に語る。成仏できないだけあって、彼らは満足な人生を送れなかった。思うような人生を送らせてくれなかった社会に対する不満も、そこには感じられる。偏見や差別のためにありのままの自分で生きられなかった者、愛する者を十分に愛し損ねた者など様々だ。そんな無念を互いに慰め合いながら、彼らは日々を過ごしている。
そんな吹き溜まりような場所に、死んだリンカーンの息子の霊魂がやって来る。まだ幼かった彼は死というものが理解できず、父親の元にまた戻れるものだとばかり思っている。そこへ息子との永遠の別れを惜しむリンカーンが葬儀後の深夜に戻って来たから、霊魂たちは興味津々だ。少年が父親と共にまた元の場所に戻れるのかと、自身の姿を重ねながら期待と共に固唾を飲んで見守っている。
だが当然、死者が生き返ることはない。状況が飲み込めず不思議そうな顔をしていた息子も、ついにはすべてを悟って次のステージへ旅立っていく。そしてこの一部始終を見ていた霊魂たちは、ついに観念せざるを得なくなる。とっくに気付いていたのに気づかない振りをしていた自らの死をとうとう受け入れ、次々と成仏していく。現実を直視して受け入れ、断腸の思いで別れを決意する親子の姿が、往生際の悪い他の霊魂たちの心を動かした。
一方の悲しみに打ちひしがれていたリンカーンは、生きる者としてこの世でやるべきことをしようと固く誓う。南北戦争の激化で迷いが生じていた大統領が、戦争を早く終わらせるためにこれまで以上に激しく敵を攻撃しようと決断する姿は少し怖かったが、立派な偉人としてではなく、一人の苦悩する男として描かれる彼の姿にはリアリティがあった。
そして大統領が、成仏していった霊魂たちの抱えていた無念を最後に取り込む展開は見事だった。様々な人々の社会に対する思いを理解していることは、政治家としての彼を大きくするはずだ。お友達や周りにいる人の気持ちしか分かろうとしない政治家なんかよりも何百倍も信頼できる。死んでいった者たちもきっと浮かばれる。
引用文献を並べたような形式ですべてが書かれている特殊な小説で、時には学術書風に、時には台本ぽく演劇的になったりと興味深かった。墓碑銘を列挙して、それぞれの霊魂を紹介する場面などは面白かった。だが最後までこの特殊な形式に慣れることが出来ず、いまいち物語に入っていけないところはあった。
著者
ジョージ・ソーンダーズ