★★★★☆
あらすじ
住み込みで飲食店で働く中年女性は、コロナ禍で職と家を同時に失い、路上生活を送るようになる。91分。
感想
コロナ禍で職を失い、寮も追い出されて路上生活を送るようになった中年女性が主人公だ。仕事を失うだけならまだしも、住むところまで連動してなくなってしまうのはきつい。職がなければ部屋を借りられないし、住所がなければ職を得るのも難しい。住み込みの仕事のデメリットを思い知らされる。
今なら行き場を失ってしまった人は、まずネットカフェに寝床を確保するのだろう。だがコロナ禍では休業してしまい、それができなかったとは盲点だった。当時のネットカフエを根城にしていた人たちはどうしていたのだろうかと今更気になってしまった。
東京や大阪、「ネットカフェ難民」の居場所確保が急務 - BBCニュース
劇中では、コロナ禍になる前から人々がギスギスしていたことを描写している。社員とアルバイト、男と女、日本人と外国人など、立場の違う者同士が互いに牽制し合いながら日々を過ごしている。主人公の働く居酒屋という小さな職場内ですら分断があって協力し合えないのだから、当然、社会全体など一つになれるわけがない。これにコロナ禍の窮状が加わって、それがより露わとなる。
人に助けを求められない主人公は、そのまま路上生活を送るようになってしまう。そんな日常に少しずつはまり込んでいく彼女の姿には、胸が締め付けられるような悲しみがあった。
しかもその過程で、行政の存在感は一切ない。GoToキャンペーンはやるし、オリンピックもやるし、使えないマスクも配るけど、行き場のなくなった主人公には手を差し伸べない。主人公が助けを求めようとしないからというのもあるが、自助だの、自己責任だのと言って、求めづらくしているのは行政だ。これではなんのために高い税金を払っているのかわからない。
現代日本の生きづらさが凝縮されたようなストーリーで、これでラストは冒頭のシーンにつながるのかと思ったら、救いがなさすぎて絶望しそうになった。だが、転落していく主人公にやがて奇妙な明るさが漂い始めるのは、そこに昔ながらの助け合って生きる人々の姿があったからだろう。彼らとの交流を通して、主人公は自分を責めて我慢ばかりするのではなく、素直に感情を表現することも大事だと気づく。
そして迎えた結末が、予想していたような悲惨なものではなく、救いのあるものとなったことに胸をなでおろした。これは、こんな世の中に抗ってきた主人公の日頃の行いが巡り巡って自分に返ってきたということだろう。そこに希望の光がある。少し明るい気分になれた。
ただ、これは悲劇とは紙一重の、薄氷を踏むような辛うじての希望でしかない。これも大事だが、確実な希望を手にするために然るべき相手にちゃんと意思表示をすることも大事であると気づかせてくれる。都庁や国家議事堂を爆破するのはさすがにやりすぎだが。社会の欺瞞に対する怒りや憤りを表現しつつもどこか軽やかさもあり、最後にふっと前向きな気分にさせてくれる映画だ。
スタッフ/キャスト
監督 高橋伴明
脚本 梶原阿貴
出演 板谷由夏/大西礼芳/三浦貴大/松浦祐也/ルビーモレノ/片岡礼子/土居志央梨/あめくみちこ/柄本佑/下元史朗/筒井真理子/根岸季衣
撮影/編集 小川真司