★★★★☆
あらすじ
大事な契約を前に体調を崩した女は、訪れた病院で疎遠になっていた友人の夫と再開する。
感想
仕事をそつなくこなし、社内の揉め事にも感情的になり過ぎずに大人の対応をし、旧友との会話でも、反芻してその状況や背後にあるものを読み取ろうとする、隙のない女。
そこに、規範や倫理にまるでとらわれない男が登場する。規範や倫理を乗り越えようともがくのではなく、そんなもの存在しないかのように振る舞う。こちらも感情的になるのではなく、論理的で冷静である。その生真面目に突き進んでくる感じが怖くもある。さも不思議そうに当然のことがなんで分からないんだという態度で迫られると、倫理や規範にこだわっている自分こそ、間違っているのかもと思ってしまうのかもしれない。
しかしそこは隙のない女、それに怯んでしまうことも、心が揺れることもなく毅然とした態度を取る。だけど相手の行動ではなく、自分の中で心が決まると今度はためらいもなく女も突き進む。
人生とは何かを分かってしまうと、というよりも人生とは何かを決めてしまうと、進むも止めるもそれだけが判断の材料になる。そうなると何事も簡単に決断できてしまうのかもしれない。そんなシンプルな人生も分かりやすくて悪くないのかもしれないが、どこか余白のある、優柔不断で曖昧な部分を残して、だらだらと悩みながら生きていたくもある。
著者
白石一文
登場する作品
横浜・山手の出来事 (双葉文庫―日本推理作家協会賞受賞作全集)