★★★★☆
あらすじ
結婚の約束を反故にして金持ちと結婚した幼馴染に絶望し、前途有望な将来を捨て姿をくらました男。執筆中に作者死亡のため未完。
感想
熱海で貫一がお宮を足蹴にするするシーンが有名な小説。ちなみに著者の尾崎紅葉が女だと思っていたのは内緒の話。さらに未完で終わっていることも知らなかった。
古文のような雅俗折衷といわれる文体で書かれており、最初は少し戸惑うが読み進めているうちに次第に慣れてくる。ただ文章の硬さにムラがあって、難解に感じてすんなり頭に入ってこない部分もあった。それとは別にツイッターかよ、と可笑しくなって集中できない部分もある。
「ちと話したい事があるのだが、や、誠に妙な話で、なう」
尾崎紅葉.金色夜叉(Kindleの位置No.907-908).青空文庫.Kindle版.
有名な熱海の足蹴のシーンはクライマックスかと思っていたら、かなりの序盤に登場するのが意外だった。以降は、そのような別れ方をした二人のその後が描かれていく。序盤に盛り上がるシーンがあったから、多くの人々を惹きつけたという事なのだろう。
あんなにお宮にデレデレとしていた貫一が、序盤の別れの後に再び姿を現したときには寡黙で無感動な男へと変貌していて困惑するが、あんな仕打ちを受ければ当然か。非道な行いで人から後ろ指をさされるような高利貸しになっていた。
一方のお宮。大金持ちと結婚して何不自由ない生活を送るが、次第に一度は捨てた貫一への思いが再び募り始める。貫一の居所を突き止め、手紙を送ったり、面会しようと試みる。
読んでいて思うのはお宮のずるさ。若いころから美人といわれ、自分の美貌をもってすればそれなりの金持ちと結婚できるな、と考えるような打算の持ち主だったので、逆に貧乏学生の貫一と婚約したことの方が意外だった。
そして金持ちと結婚した後にやっぱり貫一と結婚すればよかったと後悔しているが、こういう人はもし貫一と結婚していたら逆の事を考えて後悔しそうだ。いつもここではないどこかを求めているというか、いつもこんなはずじゃなかったと後悔している人。
お宮が接触しようとするも、裏切られた貫一は頑なにそれを拒む。そんな中で、貫一は暴漢に襲われたり放火されたり、別の女に言い寄られたり、お宮は旦那に浮気されたり、病気になったり、また貫一とお宮のような同じ境遇のカップルが登場したりと、次から次へと様々な事が起こる。まるでソープオペラやメロドラマのようなめくるめく展開。面白い。
途中で、これは明らかに夢だな、というあり得ない展開があり、なのに全然夢から覚めず荒唐無稽な場面が長々と続いて、え、もしかしてこれ夢じゃないの?と不安になりはじめた頃に、やっぱり夢でした、と明かされて、なんだか弄ばれた気分。色々と楽しませてくれる。
最後はお宮の届かぬ思いが空しく宙に舞うような切ない結末。かと思っていたら未完なのでこれはまだ途中で、本当はもっと話は続く予定だった。お宮が金持ちと結婚したのはただ金に目が眩んだわけではなく、言うに言えない理由があったという仄めかしがあちこちに散見されるので、この後はその誤解が解けて二人はめでたく結ばれたのだろうと予想する。きっと、お宮がズルい人というのも誤解なのだろう。おそらく種本となった「女より弱きもの」を読めばわかるのだろうが、読みたいようなそのままにしておきたいような複雑な気分。
著者
尾崎紅葉
登場する作品
「赤い切掛け島田の中は」
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門下生による続編
映画化作品(1937年)
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