★★★★☆
内容
数々の名作を撮った小津安二郎監督に対する評論。
感想
著者が指摘するように、小津作品は否定的な言辞を用いて賞賛されることが多いというのは確かにそうだ。「無駄がない」「カメラが動かない」「描かれる題材が変わらない」など言われる。だが作品のシンプルさが際立っているので、他の映画では普通に見られるものが小津作品では見られないことに、どうしても注目してしまう。
本書では物語の内容よりも映像に何が映っているかを重視した評論が展開される。小津映画では食べ物を見せないとか階段を見せない、天気は常に晴天で季節感がないなど、言われてみれば確かにそうだなと気づかされる映像上の共通点が挙げられていく。
だが小津作品には「秋刀魚の味」や「早春」等といった食べ物や季節の名がついたタイトルがたくさんあるので不思議な気がする。勿論これらタイトルは季節や食べ物を人生などの比喩として使っているのではあるが。タイトルに関する考察も読んでみたかった。
そして「階段を見せない」などと、なんだかんだで否定的な言辞を使って小津作品を評してしまうのだが、これらの特色が必ずしも絶対ではないというのが実は小津監督の特徴なのかもしれない。探せば食べ物も階段も映るシーンはあるし、晴れではない雨のシーンだってある。
何もかもが小津らしく撮られていると油断しきっている所に、ふと小津らしくない映像が登場することで観客は動揺し心が動く、というのはなんだか納得できる解説だ。小津監督はわざと観客にステレオタイプ的なイメージを植え付けておいて、それを逆手にとることで自由な表現を行なっていたのかもしれない。小津作品では稀な「浮草」での雨のシーンは妙に印象に残っている。
小津作品の素晴らしさは言葉ではうまく説明できないところがあり、自分でもなんでこれでグッとくるのだろう?と不思議になってしまう事があるのだが、それが上手く言語化できるようになった気にさせてくれる本だった。巻末にある小津映画のカメラマン・厚田雄春や女優・井上雪子のインタビューも興味深い。
著者
蓮實重彦
登場する作品
「バワリイ(阿修羅街)」
映画「若い獣」 石原慎太郎
「工場の出口」 ルイ・リュミエール
登場する人物
この作品が登場する作品