★★★☆☆
あらすじ
パリで暮らすアメリカ人の男は、仲間と共にスペインの祭りを訪れ、牛追いと闘牛を見物する。
感想
最初はユダヤ人の元ボクサーの男が主人公で、その友人が第三者の視線で語っていく話なのかと思っていた。序盤のしばらくはそんな雰囲気だったが、やがては語り手自身が主人公となって物語が進行するようになる。なんだか不思議な始まり方だった。
両想いの女性がいるにもかかわらず、戦争で負った傷が理由で一緒になることができない主人公。普段は平気なフリをしているが、一人の夜には自身の境遇に泣くこともある。だが、相手の女性もなかなかタチが悪い。本当は彼が好きだと言いながら、自由奔放に男を取っ替え引っ替えして過ごしている。逆に言えばある意味正直で、誠実な女性ということも出来るかもしれない。
どうせ結ばれないのだからきっぱりと別れればいいのに、ずるずると仲間の一人として何かと顔を合わせ続ける二人。ただ最初の頃のように、主人公がどうにもならない自身の想いに苛立ったり、涙を見せる事はなくなった。その代わりにクローズアップされてくるのは、同じく彼女に恋をしたユダヤ人の友人の女々しさだ。
彼は元大学ボクシングのチャンピオンで、充分に男らしい性質があるはずなのに、今は恋人の尻に敷かれている。そして新しく惚れた女性には迷惑がられているにもかかわらず、いじらしく付きまとう男だ。主人公にとってはもどかしい存在だったはずだ。だが、まるで自分を見ているかのような苛立たしさや、プライドもなく思いのままに行動してしまう純粋さに対する羨望もあったかもしれない。
主人公はスペインの闘牛と牛追いの狂乱の祭りの中で、彼を見ることで自身を客観視し、ある意味で悟ることができたのかもしれない。そして何があろうと日はまた昇り、続いていく日々の中で、自身で対処しなくてはいけない事、しなくてもいい事がはっきりした。彼女に対してもどのように接していくべきか、心の整理がついたのだろう。ラスト、彼女はきっとまたどこかに行ってしまうが、それでも束の間の幸せに素直に浸る彼に、じんわりと心が温かくなった。
著者
アーネスト・ヘミングウェイ
登場する作品
パープル・ランド―美わしきかな草原 (1971年) (英米名作ライブラリー)
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映画化作品(1957年)
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