★★★☆☆
内容
全米各地のリバタリアン(自由至上主義者)が片田舎の町に一斉に移住し、彼らの理想の街を作ろうとした顛末。原題は「A Libertarian Walks Into a Bear. The Utopian Plot to Liberate an American Town (And Some Bears)」。
感想
リバタリアンの話のつもりで読み始めたのに、クマの話ばかりが出てくるので戸惑ってしまった。ただ英語の原題を見ると妥当な内容だと言える。舞台となったニューハンプシャー州、グラフトンはクマの生息地である森の中にあり、リバタリアンがクマに対してどのような態度を取ったのか、またそれらによって熊害はどのように推移したのかなど、クマを通して町の変化を示そうとしている。
「リバタリアン」という言葉はなんとなく知っていたが、本書の中で紹介される彼らの主張を知ることで、より具体性をもって理解できるようになった。自由を何よりも尊重し、政府や法の介入を極力拒もうとする人たちだ。政府による税金の徴収を嫌悪しているので血税を投入する事業には何であろうとことごとく反対し、公的機関に頼ることもしない。とにかく徹底している。
日本ではこういう主義の人をほとんど見かけないし、「リバタリアン」という言葉すら耳にすることは稀だが、政府が増税しても怒らず物分かりが良く、社会的弱者に税金を使うことには敏感で拒絶反応を示すが、税金をどぶに捨てるような政府の壮大な無駄遣いにはなぜか鈍感で寛容な国民性だから当たり前か。そもそも政府を逆らってはいけないお殿様か何かと思っている節すらある。開拓者精神を持つアメリカとは国民性が全然違う。そもそもこの舞台となった町も、もともと独立独歩の気風があった街だというのだから、土台からして日本とは違っている。
紹介される数々のエピソードの中には、「税金を投入するのは嫌だけど、資金は必要だから皆から少しずつお金を集めよう」なんてものもあり、それって税金の始まりみたいな話じゃん、と笑ってしまうようなものも多かった。ただ皆真剣にそれをやっているので手放しで笑うわけにもいかず、全体を通して熱気のない低温のコメディを見ているかのようなやるせなさがあった。そして段々と彼らとは話が通じないような気がしてきて、空恐ろしくなってくる。
ただ、自分が第三者の立場にいられるのなら、こうやってあるアイデアを実際にやって見たらどうなるのかを社会実験してくれるのはありがたいことだ。共産主義社会もゼロコロナも実際にやってみた地域があり、その結果を知っているから評価しやすくなっている部分はある。とはいえ、やらなくても分かることはあるので、とにかく何でもやってみようとか言っちゃう人はシンプルに頭が悪いと思うが。
それからある集団が集結して自治体の主導権を握ろうとする試みは、人口が減少して過疎化が進む日本では今後、頻繁に見られるようになるのかもしれない。実際、定員に満たない地方議会を狙って議席を取っていこうとする政党もいるし、統一教会は国だけでなく地方自治体にも相当食い込んでいることが明らかになっている。ところで、この本の中でも統一教会の話が出てくるのには驚いてしまった。
(前略)欠席することによって暗黙の支持、少なくとも中立性を示したグラフトン住民は、何百人もいる。
p61
正当な手続きに則って行われるのなら仕方がない部分もあるが、黙っていれば支持している、少なくとも反対ではないと思われるということだけは肝に銘じておきたい。何も言わなければ存在すら無視されるだろう。
リバタリアンとひと口に言っても、考え方は皆少しずつ違う。それをどのように調整するのかが課題だろうなと思わせるような結末が待ちうけていた。なんせ自由至上主義者たちなのだから、話し合うことすら簡単ではなさそうだ。
だがそんなことよりもやっぱり、クマのことの方が気になってしまう本だった。この地域の人々のクマとの付き合い方がおっかなくて仕方がなかった。なんだか彼らがメルヘンな世界観でクマを見ているように感じてしまう。日本の三毛別羆事件のような惨劇が起きるのではないかと、そればかりが気がかりだった。
著者
マシュー・ホンゴルツ・ヘトリング
登場する作品
はじめてのシエラの夏 (アメリカン・ネーチャー・ライブラリー)
「お人好しの農夫と不器用な熊(The Confiding Peasant and the Maladroit Bear)」 ガイ・ウェットモア・カリル
「熊狩り(The Bear Hunt)」 エイブラハム・リンカーン
「トム・ティドラーの地面(Tom Tiddler's Ground (English Edition))」
「イングランド史(The History of England) 第一巻」 トーマス・マコーリー
「熊とともに過ごして(In the Company of Bears: What Black Bears Have Taught Me about Intelligence and Intuition (English Edition))」
「悪魔の山の伝説(The Legend of Monte Del Diablo)」 ブレット・ハート
「熊の休戦(The Truce of the Bears)」 ラドヤード・キプリング
「熊の巡業(The Travelling Bear)」 エイミー・ローウェル
「全進歩のためのマドフォッグ協会第二回会議詳細報告書(Full Report of the Second Meeting of the Mudfog Association for the Advancement of Everything)」
「スモーキー・ザ・ベア・スードラ(Smokey the Bear Sudra)」 ゲーリー・スナイダー
「ある鐘の歴史(A Bell's Biography (English Edition))」
「バーナビー・ラッジ」 「集英社ギャラリー 世界の文学 (3) イギリス2 嵐が丘/バーナビー・ラッジ/ダーバヴィル家のテス」収録
ユリシーズ 文庫版 全4巻完結セット (集英社文庫ヘリテージ)
「ベケット(Becket)」
「マカベウスのユダ(Henry Wadsworth Longfellow - Judas Maccabaeus: A Five Act Verse Tragedy)」
「メリーマウントの五月柱(The May-Pole of Merry Mount)」
「アメリカ合衆国略史(A BRIEF HISTORY OF THE UNITED STATES (ANNOTATED))」
シェイクスピア全集 ヘンリー六世 第三部 (白水Uブックス)
「数々の遠出(Henry David Thoreau - Excursions: "as If You Could Kill Time Without Injuring Eternity.")」