★★★★☆
内容
東京都知事選を中心に、泡沫候補と呼ばれる立候補者たちを取材した記録。
感想
正直、この本を読むまではいわゆる「泡沫候補」と呼ばれる人たちの事を、世のほとんどの人と同じように、当選するはずのない選挙に出るもの好きな人、ぐらいにしか思っていなかった。しかし、もっとも有名な泡沫候補、マック赤坂を追った第一章を読んだだけで、一気に見方が変ってしまった。
そもそもみな同じ条件で立候補しているのに、主要候補と泡沫候補に分類されてしまうのは何故なのか。泡沫候補とされた時点でマスコミに取り上げられることはほぼなくなり、下手すると立候補した事すら知られることなく選挙を終える人もいる。この時点で平等な選挙と言えるのか。
マック赤坂のあの奇行は、俺をメディアは取り上げろという叫びだったのか。確かに生真面目に政策を訴えるだけではきっとメディアは注目しないだろう。注目されるためにこうなっていったマック赤坂の言動や奮闘ぶりを読んでいると胸が熱くなってしまった。
「私が壊したいのは、体制、常識、コメントばかりして行動できない人、そのすべてを壊したい。(中略)俺はNHKという権威に対する過度な信頼感も壊したい。何も考えずに信用してしまう日本人の無意識を壊したい。
それを一旦壊したら、瓦礫の中から何かが生まれる。そこなんですよ、私の原点は」
単行本 p116
そんなマック赤坂が大阪市長選に出た際の話で、ナチュラルに大阪維新の会の維新らしい振る舞いが登場していて面白かった。そういう事やるだろうなと違和感なさすぎて、いやいや駄目だろ、と後から気付く始末。
ちなみにマック赤坂はその後、14回目の選挙出馬で初当選を果たし、現在は港区議会議員になっている。
マック赤坂以外のその他の泡沫候補者たちを取材した様子も描かれている。彼らは彼らで世の中を変えるためにやりたいことがあるから、高い供託金や周囲の説得などの決して簡単ではない難関を突破して立候補しているわけで、彼らの渾身の政策を聞かないのは確かにもったいない。
皆で意見を出し合うのは民主主義の基本なのだから、それすら黙殺してしまうのは選挙区民にとっては不利益になる。当選が無理と判断したら立候補を辞退し、交渉して自分の政策を実行する約束をしてくれた他の候補者の支持を表明する、みたいな仕組みがあればいいのかもしれない。そうすれば約束した候補者は辞退した人の支持者を取り込めるし、よい政策は活かされて反映される。
泡沫候補と主要候補を分けるのは、大きな政党や団体の推薦があるかなどの条件があるという事だが、すでに大きな力を持っている団体の推薦がなければ注目されず、当選しにくいということ自体が、選挙区民にとってある意味では不幸なような気がした。これでは既得権益やコネを持っている団体が得するだけで、しがらみのない新しい力は生まれない。次第に閉塞感に包まれてしまうだろう。世襲議員ばかりの現状はすでにそうなっていると言えるかもしれない。
候補者の様子と共に選挙の実情も分かってくる。選挙になるとあちこちに立てられる立候補者のポスターが並ぶ掲示板は、各候補が自分たちでポスターで貼っているそうだ。だから組織力や金がない候補者は時に何千か所もある掲示板すべてにポスターを貼りきれず、選挙中でも空白のままだったりする。看板を立てるときに全員の分を貼ってあげればいいのにと思うのだが、そうすると弱小候補者を助けることになるから、当選するような力のある政治家は改善しようとしないのだろう。
すべての候補者のポスターが貼られた掲示板などめったにないというそんな状況の中で、ある時あと一枚ですべてが揃うという掲示版が見つかって、一般の有志の人がその候補者とコンタクトを取ってポスターを入手し、掲示板に貼ってコンプリートさせた、という話は感動した。候補者の誰かを応援するというのではなく、民主主義自体を応援しているという感じがして、とても良い話だ。世の中をよくするために、こういう活動の仕方もあるのかと思わさせられた。
改めて選挙や民主主義、政治について考えたくなる面白い本だった。当たり前だと思ってしまっていたことが、当たり前ではなかった。選挙のシステムには色々問題があると思うが、それを変えられるのは当選した人たちだけ。自分たちが次回落選してしまうかもしれない不利な変更はそう簡単にはしないだろう。それでもやらせるには、結局は有権者の強く望む声が必要になってくる。民主主義とはそういう事で、でもそれがなかなか難しい。
著者
畠山理仁
登場する作品
The Hustle ハッスル [7" Analog EP Record]
パワー・トゥ・ザ・ピープル (2010 Digital Remaster)
Are You Lonesome Tonight? (Remastered)