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「永田鉄山と昭和陸軍」 2019

永田鉄山と昭和陸軍 (祥伝社新書)

★★★★☆

 

あらすじ

 昭和陸軍の逸材と言われながら「相沢事件」で斬殺された永田鉄山。なぜ彼が暗殺されたのか、そしてもし彼が殺されなければその後の戦争はどうなっていたのかを検証する。

永田鉄山 - Wikipedia

 

感想

 永田鉄山という人物のことは最近知った。陸軍省の建物の中で同じ軍人に白昼堂々と惨殺されるなんてどういうことだ?と気になり、この本を手に取った。読んでみて一番印象的だったのは、やはり惨殺された「相沢事件」の事で、その犯人のヤバさだ。犯人と永田は事件の前に一度会っているのだが、そのときの話もすごい。犯人は休暇を取って広島県福山市から上京し、面識もアポもないのに階級が上の永田の元に単身乗り込んで、いきなり「あなたは軍務局長として適職じゃないから自決した方がいい」と突然言い放ったそうで、端的に言って頭がおかしい。

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 文脈的に「自決しろ」は「自殺しろ」ではなく「自分で決めて辞めろ」ということのようだが、そうだとしてもおかしいことには変わりない。今でもたまにSNSでこういう無礼な事を言い放っている人は見かけるが、家で寝転がってスマホをポチポチしながらではなく、わざわざ本人に会いに行って面と向かって言い放っているわけだから無駄に行動力がある。しかも、事件後は取り調べが終わったら仕事に戻る気満々で、全く罪を犯した自覚はなかったというからすごい。

相沢事件 - Wikipedia

 

 ただ大きな視点で見れば、その前には五・一五事件があり、その後は二・二六事件があったわけで、なにもヤバかったのは犯人だけではなく、この時代は皆がどうかしていたということなのだろう。しかし組織の末端の人間が上層部の人間を殺そうとするなんて、当時の日本人には「組織」というものが理解できていなかったのかと疑ってしまうが、江戸時代にだって幕府や藩には組織があったはずだ。でも軍人の多くは農民出身者が多かっただろうから、農民社会には厳格な組織というものがなかったということなのかもしれない。

 

 

 そして事件の背景には皇道派と統制派の対立があったと言われている。「皇道派」とは、世の中が上手くいっていないのは天皇と庶民の間にいる政治家や資本家たちが悪い事をして邪魔をしているからで、彼らを排除しなければならないと考える集団の事を言うらしいのだが、正直意味不明だ。天皇がその集団を直接指揮しているというのなら理解できるのだが、天皇はこう思っているはずだと勝手に思い込んで行動するだけなので、実質やりたい放題やっているだけになる。天皇に「あいつらの方が余程自分を都合がいいように使っている」と愚痴られていて面白い。不敬だ。

 

  彼らのやっていることはもはや宗教だが、それでもその対象が「現人神」で、こんな風に本人の本当の気持ちが聞ける可能性があるだけまだましかもしれない。靖国神社に祀られている戦死者たちはものを言うことが出来ないので、誰かの都合が良いようにいくらでも利用されてしまう可能性がある。

 

 荒木の大らかで精神論を信奉する態度は、青年将校に好感を持って受け入れられた。ここから、永田らのように合理的方法で陸軍の地歩を固める統制派との違いが目立つようになるのである。

p140

 

  一方の「統制派」とは組織のガバナンスを重んじる派閥のことで、そんな当たり前のことをする人たちのことを敵視する人たちがいる時点で、もはやまともな組織とは言えないだろう。さらには精神論を信奉する風潮もあったというから、そんな宗教と精神論が中核をなす組織が戦争に勝てるはずがないだろう、と呆れてしまう。しかしこの時代の大日本帝国に憧れのようなものを抱いている現代のごく一部の日本人は、どこにそんな魅力を感じているのだろう。とても不思議だ。でも世界にはナチスにシンパシーを感じている人もいるわけで、単純に戦争ごっこはカッコいい、楽しそう、ということなのかもしれない。

 

 後半は、永田が殺されなかったらその後の日本はどうなっていたのか、ということが検証・考察される。階級が下の面識もない無礼な男が突然現れても、ちゃんと丁寧に応対するほど器の大きな人間で、しかも優秀だった永田が生きていたら、確かにその後は何かが変わっていただろうと思わせるが、でもやはりそれは微々たる変化に過ぎなかったのだろうなと読みながら思った。二・二六事件は起きなかったかもしれないが、別の似たような事件が起きたような気がする。日米開戦に反対していた山本五十六もそれを止めることが出来なかったわけで、非業の死を遂げた男に夢を見たくなる気持ちは分かるが、たった一人で世の中の流れを変えるなんて、そうそう出来ることではないだろう。

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著者

岩井秀一郎

 

 

 

登場する作品

秘録永田鉄山 (1972年)

軍国太平記 (中公文庫)

葛山鴻爪 (1963年)

相沢中佐事件の真相 (1971年)

最終戦争論

「鴨緑江」 神田正種

日本改造法案大綱 (中公文庫)

 

 

登場する人物

永田鉄山

 

 

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