★★★★☆
内容
ヒヒを観察するためにアフリカにやって来た神経科学者の回想記。
感想
まずこの2度見せずにいられないタイトルがいい。原題は「A Primate's Memoir(霊長類の回想録 )」なので大体あってるし。え、サル?どういうこと?と思わず手に取りたくなるような大きな釣り針、トリガーが仕掛けられている。
本書では、アフリカに行ってヒヒの集団を観察するアメリカ人神経科学者の体験が綴られる。とりあえずアフリカで動物を観察している人たちというのは動物学者ばかりかと思っていたので、神経科学者のような、そうではない科学者もいる事が意外だった。でもよく考えてみれば、どんな分野でも研究室で管理された動物を観察することはよくあるわけなので、それを管理されていない自然な状態の動物でやりたいとなれば、現地に行くしかないということなのだろう。勿論、本人が望めば、という事だろうが。
著者が長年観察するヒヒ集団の様子を読んでいると、動物にも個性があるという事が良く分かる。賢くボスの座を守るものがいれば、だた闇雲に攻撃を仕掛けるものもいる。立派な体格を持ちながら心優しいものや仲間の嫌がる事しかしない性格の悪いものもいる。個性の多様さは人間と変わらない。個人的には、ボス争いには関心を示さず、ニッチな戦略で充実した生活を送り、長生きもした「イサク」の生き方に惹かれた。でもこんな風にそれぞれが違って多様性があるからこそ集団は存続できているわけで、そう考えると日本社会で見られる皆と同じじゃないとイヤ、という風潮はあまりよくない傾向なのかも知れない。
それからヒヒたちの集団でも、虐げられた弱者がさらに弱者を叩くという八つ当たり行為が普遍的にみられるという事を知って、なんとも言えない気分になった。これは、そういう行為は動物全般で一般的に見られるという事なのか、それともヒヒの進化の具合が人類に近いからなのか、どっちなのだろうか。
本書ではそんなヒヒとの生活だけでなく、アフリカの人々との交流の様子も描かれていて、異文化体験記としても面白い。漠然としたイメージしかなかったマサイ族が、現地ではどういう存在なのかが良く分かり、興味深かった。それにアフリカにおける様々な問題の多くには、未だにヨーロッパ諸国によるかつての植民地支配の痕跡が見て取れるということも。
最終章のヒヒたちの世界におけるパンデミックの様子は読んでいて辛かった。そしてせっせと解剖を続ける著者がまるで殺人鬼のようで空恐ろしくなる。でもここで非道になれないと科学的な調査は出来ない。そんな彼もさすがに自身が長年観察を続けた愛着あるヒヒ集団に対しては戸惑いを見せていて、その気持ちは痛いほどよく分かった。感情移入しすぎたといえるかもしれないが、感情移入しないとアフリカの僻地で長年の観察研究なんてできないだろう。
野生動物を観察しながら暮らすなんてロマンがあるように見えるが、こんな厳しい現実に直面する事もあるのだぞと、最後に突き付けられたような気分。そういう意味では、著者が映画「愛は霧のかなたに」で有名な、マウンテンゴリラと共に暮らした動物学者ダイアン・フォッシーがいた場所を訪れた時のエピソードも示唆的だった。
著者
ロバート・M. サポルスキー
登場する作品
「あなたは悪い男」
「悲しみは旅行鞄につめて」
オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ (2009 Digital Remaster)
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