★★★☆☆
あらすじ
マルクスと共に「共産党宣言」を著したエンゲルスの運命を変え、共産主義の誕生を阻止しようとするCIAを描いた表題作他、全6篇のSF短編集。
感想
全6編の中で一番面白かったのは、表題作の「嘘と正典」だ。歴史改変ものだが、最初に少し前振りがあった後は、しばらくソ連駐在のCIAエージェントが協力者と接触を試みる様子がスリリングに描かれる。普通にスパイものとして読むことが出来て楽しかった。
それからエンゲルスが資本家としての能力が高く、金を稼いではマルクスに送金していたというエピソードも興味深かった。人はやりたいことの能力が高いとは限らないのと同時に、忌み嫌っていることで高い能力を発揮してしまうこともある。何とも皮肉な話だ。そのついでに語られるマルクスの屑エピソードも良かった。
やがて偶然タイムマシーン的なものが発明され、マルクスとエンゲルの出会いを阻止しようとする動きが生まれる。さあこれからどんどんと面白くなっていきそうだと期待が高まったのだが、そこからは案外とあっさりした展開で終わってしまった
余白が多い描き方なので、共産主義が生まれなかった世界はどうなったのか等、読み終えた後に色々と考えたくなる。確かに深い余韻には浸れるのだが、もうちょっと突っ込んで書いて欲しかったなと思ってしまう物足りなさがあった。他の短編も大体同じような読後感だ。
著者
小川哲
登場する作品