★★★★☆
内容
2010年代後半の各グラミー賞授賞式のトピックを紹介しながら、アメリカ社会の政治と音楽のつながりを読み解いていく。ラジオ番組の内容を再構成したもの。
感想
グラミー賞授賞式の出席者たちの政治的言動や社会的メッセージを通して、アメリカ社会の今を読み解いていく。しかし毎年の授賞式の様子を見ていくだけで、アメリカのの世相が手に取るようにわかるというのはある意味ですごいことだ。日本だと政治や社会問題に関するミュージシャンの意見を聞く事はほとんどないが、アメリカでは日常茶飯事だ。
そもそもミュージシャンは曲に色々なメッセージをこめることが多いわけで、それを色んな表現手段で伝えようとするのは自然な事だ。それに多くの若いファンを持ち、世間の注目を集める立場として、正しい振る舞いをしなければいけないという社会的責任を感じているという事もあるのだろう。それからここ最近は、音楽ジャンルとしてヒップホップの勢いが強いことも関係しているのかもしれない。彼らは俺すごいとかあいつダサいとか、なんでもズバズバと言っていくスタイルだし、時機を見てタイミングよく曲を発表できる瞬発力もある。そんな彼らの反応の良さが、社会運動を加速させるような相乗効果を及ぼしているように思える。
授賞式で取り上げられたトピックは、LGBTの権利や性差別、人種問題、そしてトランプ前大統領の様々な排他的政策に対する抗議など。その多くはいわゆるマイノリティの正当な権利を求める声だ。でもよく考えてみると授賞式の参加者たちは様々なバックボーンを持った人たち。彼らマイノリティーたちの多様性が、世界をリードする音楽を生み出している背景にあるわけで、なかなか皮肉な構図ではある。マジョリティーたちは彼らの音楽を楽しみつつも、自分たちの既得権益を守るために彼らの権利を侵害しているわけだ。
毎年、様々な問題が炙り出されているという事は、それだけアメリカ社会には深刻な問題がたくさんあるという事なのだが、それでもこうやって皆が声を上げ続けることで少しずつではあるが社会は良くなっている。それから、単発で声をあげるのではなく、それを継続する事がとても重要なのだという事を強く感じた。望んでいなかったトランプが大統領に当選した後、ミュージシャンたちは一旦は失意に沈みながらも、やがては仲間を鼓舞し、団結を呼びかける声をあげるようになったというエピソードはとても印象的だった。そして4年後にちゃんと彼らの活動は実を結んだ。
こういう本を読んでいると、それに比べて日本は…とやっぱり言いたくなってしまうが、日本はこのあきらめない粘り強さがないのだろうなと思う。ひとときムードが盛り上がっても、上手くいかないと無力感に打ちひしがれて、こんな失意は二度と味わいたくないからもう関わらない、となってしまう。なんならそんなムードに乗せられた自分を恥じ、まだ続けている人たちを積極的に叩く事で自分を慰めている人もいる。だが、本当はそこからいかに続けていけるかが大事で、相手だってその方が怖いに決まっている。中立のつもりでいても相手を利するだけだ。
声を上げ続け、少しずつだが良くなっていくアメリカ社会に対して、一瞬だけ盛り上がってすぐに忘れてしまい、同じところをグルグルと回り続ける日本社会。なかなか幸せになれないわけだ、と思ってしまった。
著者
高橋芳朗
登場する作品
「13th -憲法修正第13条-」
Lady Sings the Blues (Penguin Modern Classics)
「Homecoming: A Film by Beyonce」 ドキュメンタリー映画
「サムワン・グレート -輝く人に-」
「トール ガール」
アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング (字幕版)
ディクシー・チックス シャラップ・アンド・シング [DVD]