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個人的な映画・本・音楽についての鑑賞記録・感想文です。

「風の中の牝雞」 1948

風の中の牝雞

★★★★☆

 

あらすじ

 終戦後の日本。戦地に行った夫の帰りを待つ女は、急病になった幼い息子の治療費に困り、一度だけ身を売ってしまう。

youtu.be

 

 タイトルの読みは「かぜのなかのめんどり」。

 

感想

 主人公は夫の帰りを持つ一児の母だ。そんな主人公が、金策のために着物を売りに行くところから映画は始まる。そこで交わされる女同士の会話には、暗い未来の予感が漂っていて、最初から重い気分になってしまった。彼女は不測の事態が起きればすぐに立ち行かなくなる綱渡りの日々を送っている。

 

 悪い予感は、息子の急病によって現実のものとなる。身を売ってなんとか急場をしのいだ主人公だったが、ようやく帰ってきた夫にそのことを打ち明け、怒りを買ってしまった。

 

 

 ここまでの展開はかなり速い。金に困った次の瞬間には身を売りに行っているし、夫が帰って来たその夜にはあっさりとそのことを白状してしまっている。せめて夫には隠しておけばいいのにと思ってしまったが、本人の中ですでに何度もシミュレーションをしていたのだろう。こうなった時には身を売る、それを隠しながら夫と暮らすことは出来ないから聞かれたら正直に答える、ともう覚悟を決めていたような気がする。

 

 そんな妻からのつらい告白を聞いた途端に、夫が激怒したのには驚かされた。妻がそんなことをするなんて許せない、と条件反射的に思ってしまう気持ちは分からなくはないが、どう考えても仕方ないことだったと分かることだ。だがその後も夫の怒りが収まる気配はなく、その態度には反感を覚えてしまった。男だって戦地で妻に言えないようなことをしてきたかもしれないだろうと。

 

 だがその後、妻が身を売った場所を確認しに行った夫が、そこで出会った同じような境遇の商売女に親身に接する様子を見て、第三者的な視点では彼も理解しているのだなと安心した。他人ごとだと冷静に考えられても、自分の事となると感情が暴走してしまうことはままある。頭では分かっていてもどうしても許せない。

 

 夫の感情が爆発する階段のシーンは強烈だ。小津映画には珍しく、激しいアクションに背筋が凍りついた。しかも動かなくなった主人公に対し、心配はしても近くに駆け寄ることはなく、階段の上からただ見下ろすだけだったのは不可解だった。この一連のシーンにはずっと不自然なぎこちなさがある。ここまでやるべきなのか?という監督の迷いが表れているのかもしれない。

 

 夫の尋常ではない怒りに戸惑いっぱなししだったが、改めて考えてみると、彼の怒りは妻に対するものではなく、もっと大きなものに向けられているのだろう。妻がそんなことをしなければいけない状況、夫が妻の苦境を知ることも出来ず、助けることも出来ない状況に追いやったものに対する腹立ちが見て取れる。タイトルで言えば牝鶏にではなく、その風を起こしたものに、風の中に放置したものに対する怒りだ。

 

 序盤の主人公が友人の女性とかつての夢を語ったシーンでも、戦争さえなければそんな夢が叶っていたはずなのに、と暗に批判しているように感じられた。ラストシーンでの激しいメッセージは、夫婦のことだけではなく、敗戦後のこの国に対する誓いのようにも聞こえる。戦争に導いたものに対する怒りと、二度と同じ過ちはさせないぞという強い思いが伝わってきた。

 

 公開された当時は、この映画に自身を重ねて胸を痛めたり、それどころか現在進行中でその最中にいた人たちもたくさんいたはずだ。そんな空気を敏感に察していたからなのか、小津作品には珍しく、熱い思いがほとばしる映画となっている。

 

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本

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出演 田中絹代/佐野周二/村田知英子/坂本武/三井弘次/谷よしの/青木放屁

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撮影 厚田雄春

 

風の中の牝雞

風の中の牝雞 - Wikipedia

 

 

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「神は見返りを求める」 2022

神は見返りを求める

★★★☆☆

 

あらすじ

 誰にでも親切でやさしい男は、飲み会で知りあった無名の女Youtuberの手伝いをするようになる。

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感想

 誰にでも親切でやさしい男が主人公だ。知り合った無名の女YouTuberを手伝うようになり、良好な関係が生まれる。だが、人気YouTuberと知り合い、調子が出て来た女に冷たくあしらわれるようになった主人公は、その他の問題も重なって、ついにキレてしまう。

 

 親切にしていたのに酷い仕打ちをされて腹が立つのは理解できるが、皆に呆れて神だと言われるくらい「いい人」だった主人公が、普通の人みたいにそんなことでキレてしまうことに戸惑ってしまった。その後も恩着せがましいことをクドクドと言い、じゃあどうして欲しいのだと相手に訊ねられると、どうしていいのか分からないような曖昧な要求しかしない。

 

 主人公のやっていることが「いい人」のやることだとは到底思えず、その違和感がずっと消えなかった。本当にいい人だったら追い込まれても豹変などせず、ただ静かに去るだけだろう。つまり主人公は「いい人」を演じていただけなのかとその事実に怖くなった。だとしたら見返りを求めたとしても不思議ではないが、だったら最初からなぜ求めなかったのだ?となるので、主人公のキャラがやっぱりよく分からない。ブレブレだ。

 

 主人公を怒らせたYouTuberの女も、有力者と知り合って主人公が疎ましくなったのは分かるが、だからといって豹変することはないだろう。普通に申し訳なさそうな顔をしながら心苦しそうに切り出せば良かっただけのことだ。金回りが良くなったのなら金も払えばよかった。彼女の突然のブチギレ具合もよく分からなかった。

 

 

 その後は女を誹謗中傷するYouTuberとなった主人公と、女との泥沼の戦いが繰り広げられる。女が属するようになった人気YouTuberグループの虚無ぶりも描かれて、この界隈の狂気が伝わってくる。結局、どれだけ世間の注目を集められるのかが勝負の世界なので、極端な方向に向かって行くのだろう。案外、ギャグ漫画家の世界と似ているのかもしれない。一方で、だからといって安易に馬鹿にするものではないとのメッセージも発していて、バランスを取っている。

 

 彼らが、言い争いをしながらも、刺されても、スマホでの撮影をやめようとしないところが印象的で、異常さを良く表していた。スマホも武器の一種みたいなものかもしれない。撮影することで自分を客観視できる側面はあるだろう。しかし、この映画を100年後の人々は理解できるのだろうか。もし理解出来るのだったらなんか嫌だ。人類はもっと進歩して、失笑するくらいであってほしい。

 

 喧嘩の結末は予定調和的で、ラストシーンは狙い過ぎの感があった。可笑しみはあるが笑う気分にはなれない、狂っていくYouTuberの物語だ。

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本 𠮷田恵輔

 

出演 ムロツヨシ/岸井ゆきの/若葉竜也/吉村界人/淡梨/栁俊太郎/田村健太郎

 

神は見返りを求める - Wikipedia

 

 

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「沈黙のパレード」 2022

沈黙のパレード

★☆☆☆☆

 

あらすじ

 歌手志望の若い女を殺害した容疑で逮捕されるも、完全黙秘を貫き釈放された男が、何者かによって殺される。

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 シリーズ第三作目。

 

感想

 失踪していた歌手志望の女性の遺体が見つかるも、容疑者が完全黙秘を通し、処分保留で釈放されてしまったことから物語が動き出す。当然、この容疑者の犯行を裏付けるための捜査が始まるのものかと思っていたのに、その後はなぜか主人公が祭り見物をする様子が延々と描かれる。本題とは全く関係のないこの時間は何?となってしまった。

 

 一応はその後の展開に関係してくる場面ではあったのだが、その時点ではこの祭りを見たくなるような動機がこちらには全くない。まさか主人公の知り合いたちの祭りの出し物は何だろう?と興味を持つとでも思ったのだろうか。海賊だったかー、てなるわけがない。

 

 この祭りの間に容疑者が何者かに殺され、主人公による捜査が始まる。だが早々に主人公が殺人のトリックを暴いてしまう。動機は人を殺したのに捕まりもしない男に対する恨みや怒りだろうし、犯人も殺された女性の遺族や関係者たちの誰かだろうと察しが付く。それなのに事件の細かい点を調べるための捜査が長々と続き、ここでも再び、すでに大まかなことは判明して満足してしまっているのにこの時間は何?となってしまった。

 

 ここで観客の興味をひきつけるものがあるとしたら犯人は誰かということになるのだろうが、被害者遺族と仲間たちの動機は「俺たちの期待の星だった彼女を殺すなんて許せない!」で皆一緒なので、正直なところ、その中の誰が犯人だろうと結局同じことのように思えてしまい、まったく興味が湧かない。

 

 

 そして「オリエント急行殺人事件」的展開の雰囲気もぷんぷんとしていたが、あれは全く関係のないように思える人たちが実はつながっていたと分かるから面白いわけで、この映画のように最初からつながりが分かってしまっていたら何も面白くない。だから全員が犯人だったところで、それもあり得るなと思うだけで、今さら何の興味もない。

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 振り返ってみると映画の冒頭で、被害者の女性と町の人々との関係が全部分かってしまうように描いていたのは失敗だった。なんの関係もないような町の人々が、実はつながりがあったと徐々に分かってくるような展開になっていれば、もうちょっと関心を持って見られたはずだ。

 

 これは何の時間?となってしまうような全く興味の持てない展開がだらだらと続く。だから思っていた通りの結末に落ち着きかけたところで、予想外の展開が始まったのはせめてもの救いだった。だが色々と無理があり過ぎて、救いだと思ってしまった迂闊さに後悔する羽目になる。

 

 歌手をあきらめることを思いとどまらせようとした奥さんが嫉妬していると思い込むのは道理に合わないし、そんな指摘をされて殴り掛かるのは意味不明だし、それを見かけた第三者の男が遺体を持ち帰るに至ってはイカれ過ぎてて理解不能だ。しかもこの男が最終的には殺人を行なったのに、警察に捕まっても強気でいられた理由が分からない。奥さんを庇った男も別に真実を警察に話す必要はなくて、後からこっそり奥さんだけに教えてあげれば済む話だった。

 

 興味の持てないストーリーを延々と見させられた挙句、最後に理不尽な話で畳みかけられ、心が折れてしまう映画だ。ミステリーと見せかけてその要素はほぼ無く、ただのヒューマンドラマなのもたちが悪い。松本清張作品ぽい雰囲気を出しつつ、深みも面白みもゼロだ。ミステリーでは犯人の動機が重要だというが、その前に観客の動機も少しは気にして欲しかった。

 

スタッフ/キャスト

監督 西谷弘

 

原作    沈黙のパレード (文春文庫 ひ 13-13)


出演/音楽 福山雅治

 

出演

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北村一輝/飯尾和樹/戸田菜穂/田口浩正/酒向芳/岡山天音/川床明日香/出口夏希/村上淳/吉田羊/檀れい/椎名桔平/モロ師岡/津田寛治

 

音楽 菅野祐悟

 

沈黙のパレード - Wikipedia

 

 

関連する作品

前作 シリーズ第2作

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「秋津温泉」 1962

秋津温泉

★★★☆☆

 

あらすじ

 戦争中に死に場所を求め山奥の秋津温泉にやってきた青年は、旅館の娘である若い女に献身的に介抱される。

 

 舞台は岡山県の奥津温泉がモデル。

 

感想

 山奥の温泉で出会った男女が、逢瀬を重ねる物語だ。女は温泉旅館の娘、男は都会の文学青年で何年かに一度、ふらっとやって来る。

 

 この関係は、男からすれば会いたい時に会いに行ける気楽で楽しいものだろうが、女からすればいつ来るか分からない男を待ち続けるしんどいものだ。そんな関係に甘んじてしまう女のいじましさや物悲しさが描かれているが、それよりも男の身勝手さが気になってしまってあまり集中できないところがあった。男はその間に他の女と結婚し、子どもも生まれている。

 

 

 最初はケタケタとよく笑う明るい性格だった女が、年月を経るごとに表情が乏しくなっていくのが印象的だ。これは無邪気な少女から大人の女へと変貌したことを表わしてもいるが、その時間を未来のない関係に費やしてしまった取り返しのつかなさが伝わってくる。見ている方も、最初の頃は若い二人だからと軽い感じで見ていられたが、年月を重ねるにつれて時間の重みをズシリと感じるようになってくる。17年は長い。

 

 各シーンが冗長で、音楽も雄弁すぎてやや食傷気味になってしまうが、山奥の温泉で繰り広げられる情感あふれる映像世界は美しい。自ら衣装も担当した主演の岡田茉莉子の、バッチリと決めた着物姿の佇まいもグッとくる。河原に寝っ転がって煙草を吹かすシーンなど、印象に残るシーンも多く、彼女の魅力を堪能するための映画と言えるだろう。

 

 ちなみに岡田茉莉子はこの映画が100本目の出演だ。それを記念して自ら企画した映画のため、相当気合が入っていることが窺える。しかしデビューからわずか10年ほどで100本出演達成とは驚かされる。確かに当時はたくさん映画が作られていたので、今のドラマ一話分くらいの感覚で作られていたのかもしれない。10年でドラマ100話分くらいなら、今の人気ある役者も達成しているだろう。

 

 幼い少女の純粋な気持ちのまま、男を愛し続けた女の悲しい物語だ。彼女が大人の判断で、彼との関係を数年できっぱりと終わらせてしまうか、あるいは、別の男と結婚して自分の人生を築きながら割り切って男と密会を重ねるかしていれば、こんな悲哀は生まれなかっただろう。そのどちらも出来なかった彼女の生き様が憐憫の情を誘う。

 

 一緒に死んでほしいと頼み、血を流し、大声で名前を呼ばれるクライマックスのシーンは、出会った頃の二人の姿と立場を変えて対をなしている。それに女が真摯に応えて関係が始まり、逆の立場になった男がはぐらかそうとしたために関係は終わってしまった。男の狡さもあるが、彼が言い訳するように、時を重ねて色々なものを背負ってきてしまったことは大きいだろう。時間は重い。

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本 吉田喜重

 

原作 秋津温泉

 

出演 岡田茉莉子/長門裕之/山村聡/宇野重吉/東野英治郎/芳村真理/清川虹子/殿山泰司/神山繁/小池朝雄/名古屋章/西村晃/穂積隆信/谷よしの

 

音楽 林光

 

撮影 成島東一郎

 

秋津温泉

秋津温泉

  • 岡田茉莉子
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秋津温泉 - Wikipedia

 

 

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「JUNK HEAD」 2021

JUNK HEAD(字幕版)

★★★★☆

 

あらすじ

 遺伝子操作で長寿を手に入れるも生殖能力を失ってしまい、滅亡の危機を迎えた人類は、地下に住む人工生命体の調査のためにある男を送り込む。

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 ストップモーション・アニメーション映画。

 

感想

 人類が失った生殖能力再生のカギを求め、かつて創造するも敵対してしまった地下開発用の人工生命体「マリガン」を調査するために地下深くに送り込まれた男が主人公だ。

 

 ただ、主人公はロボットぽく、頭部だけになっても生きているので、人間は体を捨てて「自我」のみで生きるようになったのか、また、彼が出会った生物のどれが「マリガン」なのかなど、設定がいまいちよく分からない部分があった。

 

 だが、登場する生きものたちや背景となる舞台の作り込みが見事で、それを堪能するだけで十分に楽しめてしまう。ストップモーション・アニメの動きも良く出来ている。これら全部を監督はほぼ一人で製作したのかと、素直に感心してしまった。いい意味で狂気を感じる。しかもこの膨大な手間と時間がかかる方式のものを、最初から三部作として構想していたらしいというのも、いい意味でどうかしていて好きだ。 

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 主人公の目的は地下世界を調査する事だが、地下にたどり着いた時点で事故で記憶を失ってしまったために、そのような動きは全くない。代わりに描かれるのは、地下世界で出会った様々な「マリガン」たちと主人公が交流する様子だ。頼まれごとをしてお使いに行ったり、謎の生物と戦ったり、除け者にされている幼いマリガンを助けたりと、いくつものエピソードがユーモラスに描かれていく。

 

 

 バラエティに富んだエピソードたちで、笑えたり泣けたりと様々な感情を引き起こす。エピソードごとに分割して、15分くらいのミニドラマシリーズにしても良さそうだ。

 

 どこかとぼけた雰囲気が漂う映画だが、戦いのシーンでは赤い血が流れて鮮烈なイメージとなるのが印象的だった。物語が引き締まるいいアクセントになっている。クライマックスの巨大生物との対決も、この鮮烈な赤と、見ごたえのあるアクションで盛り上がった。

 

 終盤に主人公はようやく記憶を取り戻し、本来の目的のために動き出すところでエンディングを迎える。三部作の一作目でもあり、まだ何も始まっていないと言える段階ではあるが、それでも魅力的な世界観のおかげで、全然満足できてしまう。ついつい見入ってしまうような味わい深さのある映画だ。

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本/出演(声)/音楽/撮影/編集 堀貴秀

 

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関連する作品

次作 2025年公開予定

「JUNK WORLD」

 

 

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「竜とそばかすの姫」 2021

竜とそばかすの姫

★★☆☆☆

 

あらすじ

 母を失ったトラウマで目立たずに生きてきた女子高生は、ネットの世界で人気歌手となる。

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感想

 ネットの世界で有名歌手となった田舎の目立たない女子高生が主人公だ。彼女がネットで暴れる「竜」と呼ばれる人物に興味を持ち、正体を探り始めたことによって物語は動き出す。

 

 だがその前に、地味で引っ込み思案の主人公が、ネットの有名人になってしまったことに対する描写がもっと欲しかった。一応は慌てて戸惑う反応はあったが、それを受け入れて積極的に歌手として頑張っていこうと決意したのか、怖気づいてビビっているのか、そのあたりの彼女の心境については触れていない。だから当然のように大規模なコンサートを開催する流れには違和感を覚えてしまった。

 

 

 主人公はそのコンサートを台無しにした「竜」の正体を探り始める。だがその理由がよく分からなかった。心に闇を抱えていそうだから、ということなのだろうが、たった一度見かけただけの人物に、そこまで深く関心を持つだろうか?と疑問しかない。せめて、もしかして知り合い?とか、助けを求められたとか、もっと積極的に調べたくなるようなきっかけが欲しかった。

 

 これも困っている人を助けずにはいられない母親の血を引いているから、ということなのだろうが、あまりにも動機が薄くて弱すぎる。その程度の関心で動くのであれば、とっくに他の人がやっているはずだ。おかげで竜の正体に迫るその後の展開は、主人公と違って全く興味が湧かず、ただ冷めた心で眺めるしかなかった。

 

 それから50億人が集うというこのネットサービスで、人々は何をやっているのだろう。主人公は歌手をしているから分かるとして、他の人は?となってしまう。おそらくは今ある人気のSNSサービスを総合したような感じで、趣味の交流だったり、あらゆるレベルのバトルだったり、憂さ晴らしなどが行なわれているのだろう。だが映像的には、その他大勢の人々はただ空間を漂っているだけなのでイメージしづらい。主人公がいきなり有名人になったおかげで、一般的な使い方をする描写がなかったことも大きいだろう。

 

 そして妙に露悪的な描写が多いのも気になった。確かにネットには人間の嫌な部分が渦巻いてはいるが、あまりにも今さら感のある紋切り型の描写で、色んな意味で疲れた。それがもはや当然の世の中を生きているわけだから、もうちょっとスマートにさらっと描いて欲しかった。

 

 最終的には竜の正体が判明し、その闇も明らかになる。だが社会の暗部を描くにしても、もうちょっと他のものが良かったような気がする。そこにたどり着くのかと凡庸さを感じてしまった。主人公も成長できて良かったみたいになっているが、別に竜のおかげではないよなと思ってしまい、どうにもしっくりこない物語だ。ただ、映像や音楽は悪くない。

 

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本/原作 細田守

 

出演(声) 中村佳穂/成田凌/染谷将太/玉城ティナ/幾田りら/森川智之/津田健次郎/小山茉美/宮本充/牛山茂/多田野曜平/宮野真守/森山良子/清水ミチコ/坂本冬美/岩崎良美/中尾幸世/石黒賢/佐藤健

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音楽 岩崎太整/Ludvig Forssell/坂東祐大

 

竜とそばかすの姫 - Wikipedia

 

 

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「あばよダチ公」 1974

あばよダチ公

★★★☆☆

 

あらすじ

 刑務所帰りの若い男は、仲間と共にダム建設予定地に乗り込み、立ち退き料をせしめようと画策する。

 

感想

 刑務所帰りの主人公が、仲間と共に無軌道な日々を過ごす様子が描かれる。若いから金がないのは仕方がないが、将来に対する夢や希望まで無ければこうなってしまうのも無理はないことなのかもしれない。とにかく今さえよければ良いと自暴自棄に暮らしている。

 

 そんな日々の中で、主人公たちはキャバレーでボッタクリに遭うのだが、この一連のシーンは面白かった。納得できないと暴れ、警察が介入して穏便に済ませようとしているのになぜかそれにも異議を唱え、一向に事態を収拾させようとしない。

 

 

 この果てしないやり取りには時空が歪んでいくような感覚があり、段々と何をやろうとしていたのか、訳が分からなくなってくる。しまいには相手が勘弁してくれとさじを投げてしまうほどで、スティーブ・ジョブスの現実歪曲フィールか!とツッコミを入れたくなった。そんな空間を作り出せてしまう主演の松田優作にも凄みを感じた。

「たるんだ職場」の変え方は、ジョブズの「現実歪曲フィールド」が教えてくれる | チームが自然に生まれ変わる | ダイヤモンド・オンライン

 

 やがて主人公らは、仲間の一人の親戚からダム建設による立ち退きの話を聞き、その補償金をいただくことを思いつく。まず当事者となるためにその親戚の若い女と結婚することにするのだが、その後二人が熱心に夜の新婚生活に取り組んでいるのが可笑しかった。そもそも仲間の中でなぜ主人公が女と結婚することになったのかもよく分からないのだが、そこは偽装結婚的に形だけで全然構わなかったはずだ。

 

 おかげで主人公の仲間らは、二人のそばで悶々とすることになってしまう。そんな彼らの苦悩する姿が中心となり、抵抗運動や相手と交渉する様子などはほとんど描かれない。闘いの物語ではなく、鄙びた山村でひと夏を過ごす若者たちの青春物語となっている。

 

 だが彼らのそんな日々も、金と権力を持った汚い大人たちの策略によって終わりの時を迎える。一度は素直に屈してしまった彼らが、思い直して一矢報いようと立ち上がるクライマックスは胸が熱くなった。金も権力もない若者にもやれることはある。

 

 とはいえ最後は結局無残に散るしかないのかと思わせておいて、ハッピーエンドで終わるラストも良かった。束の間の安堵を得たに過ぎないのかもしれないが、それでも心が少し軽くなった。

 

スタッフ/キャスト

監督 澤田幸弘

 

出演 松田優作/加藤小夜子/佐藤蛾次郎/河原崎建三/大門正明/郷鍈治/初井言榮/悠木千帆(樹木希林)/山西道広

 

音楽 コスモスファクトリー

 

あばよダチ公

あばよダチ公 - Wikipedia

 

 

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「危いことなら銭になる」 1962

危いことなら銭になる

★★★☆☆

 

あらすじ

 裏組織による紙幣偽造計画の情報を掴み、一儲けを狙ってそれぞれ接触を図る三人の男たち。タイトルの読みは「危(やば)いことなら銭(ぜに)になる」。

 

感想

 贋札づくりに関わろうとする三人の男たちの物語だ。ことの発端はある組織が紙幣印刷用の紙を強奪した事件なのだが、三人がそれを横取りしてやろうと企むのではなく、いっちょ噛みして金を稼ごうとしているだけなのがセコくて良い。抜け駆けして組織に接触を図り、紹介料だの、マージンだのを要求しようとする三人の争いがコミカルに描かれていく。

 

 宍戸錠、長門裕之、草薙幸二郎演じる三人の男たちはそれぞれキャラが立っていて、それを生かした活躍を見せている。この三人に加わる紅一点の浅丘ルリ子演じる女も物語のいいアクセントだ。彼女は武道の達人の設定なので、女性の弱点になりがちな腕力や性的な部分が問題とならず、男たちと対等にやり合っているのがいい。

 

 

 最終的に4人は組織から命を狙われるようになってしまう。だが組織からすれば、綿密な計画を立ててそれに沿って実行しているのに、周辺をウロチョロして口出しまでしてくる4人が目障りなのは当たり前の話だ。ここから4人が共闘して組織と戦うことになる。

 

 序盤の4人の出し抜き合戦はあまりメリハリがなく、いまいちキレがなかったのだが、皆が手を組んだ終盤からはグッと面白くなった。閉じ込められた部屋からの脱出、エレベーター内での攻防戦、そして最後の銃撃戦と、緊張感があって見応えがあった。銃撃戦後のアメリカン・ニューシネマのような余韻も味わい深い。それよりも前に作られている映画だが。

 

 冒頭の紙幣が舞うタイトルバックも印象的で、フランス映画「地下室のメロディ(1963)を思い起こさせたが、これもそれよりも前の映画だった。娯楽映画ではあるが当時の世界の映画シーンとのつながりを感じる作品となっている。

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スタッフ/キャスト

監督 中平康

 

脚本 池田一朗(隆慶一郎)/山崎忠昭

 

原作 紙の罠 (ちくま文庫)


出演 宍戸錠/長門裕之/浅丘ルリ子/郷鍈治/左卜全/草薙幸二郎/野呂圭介/中尾彬

 

撮影    姫田真佐久

 

危いことなら銭になる - Wikipedia

 

 

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「HOUSE ハウス」 1977 

HOUSE (ハウス)

★★★★☆

 

あらすじ

 演劇部の女子高生は、夏休みに他の女子部員と共に久しく会っていなかった叔母の家で合宿を行なうことにしたが、そこで奇妙な出来事が次々と起こる。

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感想

 七人の女子高生が、合宿先の家で次々と奇妙な出来事に遭遇する物語だ。まず主人公の「オシャレ」を筆頭に、スウィート、メロディーなどメンバーのニックネームがすごい。最初は会話の中に唐突に出てくる奇妙なワードにいったい何のことなのだ?と戸惑ってしまった。だがそれぞれの個性や特徴を理解しやすくするための演出上の工夫なのだろう。確かにニックネームだけでどんな人物なのかがすぐにわかる。

 

 冒頭から次々とシーンが切り替わり、目まぐるしく進行していく映画だ。落ち着きがないとも言えるが、各シーンにこだわりの感じられる映像演出が施されていて、単純に眺めているだけでも楽しい。しかもそれがシャープでバキバキに尖った映像というよりも、遊び心が溢れた力の抜けた感じの映像なので疲れることもない。

 

 

 あるミュージシャンがこの作品を、ドラッグでハイになりながら見たい映画だと評したらしいが、なかなか的を得ている.。目くるめく映像体験が味わえるトリップ映画だ。

80のバラッド

80のバラッド

  • アーティスト:泉谷しげる
  • (株)ワーナーミュージック・ジャパン
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 内容は、いわゆるJホラー的な、背筋がうすら寒くなるようなものかと想像していたのだが、そんな調子の映像なので常にどこかに可笑しみが感じられ、ホラー・コメディーとでも言うべき雰囲気を醸し出している。老婆の口からのぞいた目玉が動くシーンや、ちぎれた指だけでピアノを弾くシーンなどは、怖くもあって面白くもあり、絶妙のさじ加減だった。

 

 古い屋敷で若い女が次々と犠牲になっていく様子は、古い家制度に囚われていく女たちのメタファーだと言えるだろう。この屋敷にやって来た女たちがまず行ったのが家の掃除だったのは象徴的だった。こうやって女は家に縛り付けられてしまうが、帰りを待つ男は待てど暮らせどいつまで経ってもやって来ない。

 

 そんな女たちを、七人の少女たちが魅力的な個性を振りまきながら演じているのも見どころとなっている。ただ何人かが見せるヌードシーンには忌避感を覚えてしまった。だがこれは性的な意味というよりは、子供らしさや純粋さを表わそうとしているのだろう。少女が大人になっていく過程にある彼女たちの年代に特有の、曖昧で不確かゆえの儚さがある。

 

スタッフ/キャスト

監督/製作/出演*

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脚本/出演* 桂千穂

 

原案/出演* 大林千茱萸

 

出演 池上季実子/大場久美子/松原愛/神保美喜/佐藤美恵子/宮古昌代/田中エリ子/尾崎紀世彦/笹沢左保/小林亜星/石上三登志/鰐淵晴子/南田洋子/広瀬正一/檀ふみ**/ゴダイゴ**

**

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音楽/出演 小林亜星/ミッキー吉野**

 

*ノンクレジット **友情出演

 

HOUSE (ハウス)

HOUSE (ハウス)

  • 池上季実子
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ハウス (映画) - Wikipedia

 

 

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「ルパン三世 THE FIRST」 2019

ルパン三世 THE FIRST

★★★☆☆

 

あらすじ

 考古学者の若い女性と協力し、ナチスの残党も狙っている超古代文明の兵器を謎解きしながら探すルパン三世。

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 劇場版第7作。シリーズ初のフル3DCGアニメーション作品。

 

感想

 ルパン初の3DCGアニメで作られた作品だ。当然見慣れたアニメと見比べてしまうわけだが、キャラの造形や動きに取り立てて見るべきところはなく、3DCGにした意味が見い出せなかった。とりあえず立体にして動かしてみました、というだけの印象だ。

 

 特にルパンらの動きに躍動感が感じられないのが残念だ。型に合わせて動いているだけのようなぎこちなさがある。それから峰不二子の造形が全然魅力的でないのも悲しい。これらはアニメでは出来ていたことだけに余計気になってしまう。フル3DCGで作るだけでもすごいことなのかもしれないが、今どきそれだけで良しとするわけにはいかないだろう。

 

 

 ルパンが考古学者の若い女性と協力し、謎解きしながら超古代文明の兵器を探すストーリーだ。考古学者の女性が複雑なバックグラウンドを持っており、目的が競合するナチスの残党との争いに良いアクセントを加えていた。ただもうちょっと残党側の描写を掘り下げて欲しかった。育ての親の研究者が体を張って彼女を守る終盤のシーンは、前振りなしの突然のベタな展開に鼻白んでしまう部分があった。

 

 局面が二転三転し、何度も窮地に陥りながらも全くめげず、飄々と挽回するルパン一行らのいつもの様子や、謎解きの様子はそれなりに楽しめる。ただ、いつも通りに普通のアニメでやっていたら、ちゃんと力を入れるべきところに力を入れられて、もっと面白く仕上がっていたのだろうなと思ってしまう作品ではある。

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本 山崎貴

 

原作 ルパン三世 : 1 (アクションコミックス)

 

出演(声) 栗田貫一/小林清志/浪川大輔/沢城みゆき/山寺宏一/広瀬すず/吉田鋼太郎

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音楽 大野雄二

 

ルパン三世 THE FIRST

ルパン三世 THE FIRST

  • ルパン三世/栗田貫一
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ルパン三世 THE FIRST - Wikipedia

 

 

関連する作品

前作 劇場版第6作

 

 

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「あ、春」 1998

あの頃映画 「あ、春」 [DVD]

★★★★☆

 

あらすじ

 妻と子供に囲まれ、順調な家庭生活を送る男の元に、5歳の時に死んだと聞かされていた父親が突然現れ、家に住みつきはじめる。

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 キネマ旬報ベスト・ワン作品。

 

感想

 順風満帆な人生を歩んでいた男の前に死んだはずの父親が現れる物語だ。いきなりのことでどうしていいか分からず、ひとまず家に招き入れたが、そのまま居着かれてしまう。この父親は山師的な男で、だから母親も愛想をつかしたわけだが、それだけにどこか近づきがたい貫禄もあり、気ままに過ごす目障りな彼に良家の妻や義母は面と向かって何も言えない。

  

 だがそんな妻や義母が、鬼に扮した父親とキャッキャッと楽しそうに節分の豆まきを楽しんでいたのは印象的だった。また家の修繕や庭の手入れをしてくれる父親に感心してもいる。彼は厄介な存在ではあるが、居たら居たでそれなりにありがたいこともある存在なのだろう。結局、人間誰しも良いところはあって、存在価値のない者などいないのだ。なんとなく元気が出てくる。

 

 

 そんな父親と主人公の家族との間で巻き起こるエピソードが、節分、ひな祭りなど季節感ある風景の中で描かれていく。中でも心に響いたのは、父親が一時期家を追い出され、ホームレスになっていた時の出来事だ。サラリーマンに絡まれていた父親を主人公が助けるシーンがあるのだが、この時主人公が、昨今よく耳にするようになった弱者たたきのようなサラリーマンの言い分に対して正論で反論する。真っ当な意見を久しぶりに聞いたような気がして、昔はこれが常識だったんだけどなと遠い目をしてしまった。

 

 主人公と父親の親子関係がメインではあるが、その周囲の女たちの姿が強く印象付けられる映画でもある。情緒不安定な妻や凛とした義母、そして肝の据わった実母、皆が厄介な父親を前に微妙な変化を見せるのが面白い。父親役の山崎努も女たちを演じる女優陣も皆良くて、存在感の光る演技を見せている。

 

 ひとりの男の出現が、皆に何らかの影響を与え、そして変化を呼んでる。人間賛歌を感じる物語だ。ラストの船上で皆が見せる清々しい表情がいつまでも心に残る。

 

スタッフ/キャスト

監督 相米慎二

 

脚本 中島丈博

 

出演

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斉藤由貴/富司純子/山崎努/藤村志保/余貴美子/村田雄浩/*笑福亭鶴瓶/塚本晋也/河合美智子/寺田農/木下ほうか

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*友情出演

 

音楽 大友良英

 

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「ほつれる」 2023

ほつれる

★★★★☆

 

あらすじ

 夫と家庭内別居状態の女は、知り合った男と密会を重ねるようになる。

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感想

 夫との関係が冷え切り、知り合った男と密会を重ねる女が主人公だ。ある密会の直後に男が事故で死んでしまったことにより、主人公の日常が少しずつ変化していく。

 

 主人公夫婦は別室で眠り、よそよそしい会話を必要最小限で交わすような、傍から見れば完全に破綻した関係だ。それなのに夫は新しく家を買おうとしていて、え、まだ関係を続けるつもりなの?と驚いてしまった。だが、彼にはこれを冷え切った関係を打破するきっかけにしたい思いがあったのだろう。

 

 

 夫は現在の関係と向き合い、改善しようと考えているのだが、主人公はそれを避けようとしている。夫が大事な話をしたいと言っているのに、ちゃんと座って相対するのではなく、なぜか立ち話になってしまうのが象徴的だった。

 

 主人公は夫との関係だけでなく、万事がこの調子でまともに向き合ってこなかったのだろう。誰かと対面で話すシーンがほとんど無い。事故に遭った男のために救急車を呼ぶことすらもせず、そのまま流してしまった。その都度、問題を受け止めて真摯に対処してこなかった結果が、ズルズルと続く夫婦関係に表れている。

 

 だが男の死をきっかけに、彼女のその姿勢が少しずつ変わっていく。心を痛めた彼女がそれに向き合おうとしたことがきっかけだが、その結果、周囲の人たちに半ば強制的に向き合わざるを得ない状況にされてしまったことも大きい。

 

 そして主人公は現実を直視し、夫との別れを決断する。最後に夫婦二人とも、それでも別れたくないと言っていたのが印象的だが、それもまた本当の気持ちなのだろう。どう考えても別れるべきだが、別れたくない気持ちもある。

 

 だがそれは別れるべきではない理由があるからではなく、別れる決心を先送りにしたいがためだけのものなのかもしれない。これは恋愛に限らず、人生の局面で起こりがちな感情だ。この気持ちを知らずに来れた人は幸せだ。

 

 こんがらがっていた問題がほどけてスッキリしたとも、低調ながらも続いていた夫婦生活にほころびが生じてしまったともいえる結末だ。そのどちらとも取れる映画のタイトルが秀逸だ。

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本 加藤拓也

 

出演 門脇麦/田村健太郎/染谷将太/黒木華/古舘寛治/安藤聖

 

ほつれる

ほつれる

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「新宿アウトロー ぶっ飛ばせ」 1970

新宿アウトロー ぶっ飛ばせ

★★★☆☆

 

あらすじ

 ドラッグを横取りされてその行方を追っている男に、協力を依頼された出所したての男。

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感想

 出所したばかりの主人公が、ドラッグを横取りされた男の手助けをする物語だ。序盤の主人公はわけもわからずその男に付き従うだけで、暇を持て余した何も考えていない男に見える。ただいざとなれば相手の指を躊躇なく折ってしまうような、男が引くほどのヤバい奴であることも垣間見せてはいる。

 

 基本的にはドラッグを奪われた張本人である原田芳雄演じるアウトローの男がメインとなって犯人を捜す展開だ。関係者から荒っぽい手口で情報を引き出しながら順調に真相に近づいていく。

 

 

 だが彼にドラッグを売るも代金を受け取れていないバイカー集団が、何かと邪魔をする。代金を回収できないと困るのは理解できるのだが、こういう場合は相手の事情になんて耳を貸さず、有無を言わさず追い込みをかけて強引に回収するのが彼らの世界の常識だろう。それなのに本当にお金を返してくれるかな?などと心配し、常に監視して付きまとう様子は必死に犯人を捜す主人公らの邪魔でしかなく、鬱陶しくてしょうがなかった。

 

 主人公らに直接言われてしまっているが、子どもじゃないんだからちょっとは考えろよと言いたくなる。そもそも主人公側も、代金を渡すまでの担保として店の権利書を渡すぐらいの用意はあった。

 

 だからそんな彼らがバイクに乗っている時に、主人公らにジープで轢かれてしまうシーンはちょっとしたカタルシスがあった。しかも2回。しかし車と接触してバイクが転倒するシーンはよくあるが、真後ろから豪快に轢かれるシーンは珍しいかもしれない。この映画ではそれ以外にも高いところから放り投げられたり、ジープに踏みつぶされたりと、バイクがぞんざいな扱いを受けている。昭和はワイルドだ。

 

 バイカー軍団がいなければもっと早くに実現していたはずだが、と嫌味を言いたくなるが、終盤についにドラッグを横取りした暴力団との抗争が始まる。それまでどこかボンヤリしているように見えた主人公の顔に緊張感がみなぎるようになり、主役感が出てきた。クライマックスはなかなかの見応えだ。

 

 この戦いを盛り上げるのは、悪役の成田三樹夫の存在感だ。その前の拉致されたシーンで動じることなく余裕綽々で、バイカー軍団を子ども扱いする姿には痺れたが、その彼との対決が最後に待ち受けているのだと思うと緊張感が凄かった。そして期待通りの戦いが繰り広げられる。

 

 最後は、そこで終わっちゃう?みたいなところでエンディングを迎える。この後どうなるのだ?と心配してしまったが、どこかルパン三世的なアニメぽい終わり方だ。

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 梶芽衣子演じるヒロインがあっさりとやられてしまったり、偶然町で敵の一味と出会ってしまったりと雑な展開が目立つが、それなりに楽しめる娯楽作だった。

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本 藤田敏八

 

出演 渡哲也

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梶芽衣子/成田三樹夫/沖雅也/深江章喜/中島葵

 

音楽 玉木宏樹

 

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「散弾銃の男」 1961

散弾銃の男

★★★☆☆

 

あらすじ

 婚約者を殺した犯人を捜す猟師の男は、無法者が集まる山の中の町にたどり着く。

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 タイトルの読みは「散弾銃(ショットガン)の男」。

 

感想

 山の中の無法者が集まる製材会社がある町が舞台だ。荒くれ者たちに銃を持ったヤクザ、それに治安を守る保安官もいて、彼らの集う酒場もある。製材会社の社長が牛耳るそんな町に散弾銃を持った主人公がやって来るプロットは、西部劇の設定をうまく取り入れている。

 

 主人公はこの町に婚約者を殺した犯人がいるとにらみ、新しい保安官に立候補するなどして真相を探ろうとする。そして新参者の彼に反発を覚える男たちとの戦いが始まるのだが、正直なところ、主演の二谷英明があまりカッコいいとは思えず、そんなに気分が盛り上がらなかった。彼はどこかもっさりとしている。

 

 

 やがて主人公は、町を牛耳る男の陰謀に巻き込まれていく。彼と戦いを繰り広げていた者たちも同様だが、彼らが簡単にやられてしまうことなく、しぶとく男に対抗するのが良かった。誰も雑魚キャラでなく、皆タフな男たちだ。唯一、弱いくせに何度も出しゃばり、しかもやっぱり役に立たない元保安官だけは面倒くさかった。だが、彼も他人任せにせず自分の手で妻の仇を取ろうとしているわけで、その執念と心意気は立派だと褒めるべきかもしれない。

 

 男たちが必死な戦いを繰り広げている中で、ひとりだけ劇画風でシリアスな演技をしていたヒロイン役の芦川いづみが浮いていて面白かった。だが彼女の出ているシーンはどれも力の入った印象的な映像になっていたので、もしかしたら本当はこっちをメインで撮りたかったのかもしれない。

 

 最初はなんてことのない西部劇風アクションだったが、クライマックスになると見ごたえのある映像が増え、グッと引き締まったものになった。脇役たちが魅力的な映画だ。

 

スタッフ/キャスト

監督 鈴木清順

 

脚本 松浦健郎/石井喜一

 

出演 二谷英明/芦川いづみ/小高雄二/南田洋子/高原駿雄/郷鍈治/江幡高志/浜村純/野呂圭介

 

散弾銃の男

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「茜色に焼かれる」 2021

茜色に焼かれる

★★★☆☆

 

あらすじ

 夫が事故死して中学生の息子と二人で暮らす女は、コロナ禍により生活が悪化し、花屋と風俗店で仕事を始める。

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感想

 コロナ禍を生きるシングルマザーが主人公だ。夫を事故死させた加害者側には冷たい態度を取られ、コロナ禍で働きだした花屋では得意先の娘をバイトで入れるために追い出されそうになり、風俗店では客から暴言を吐かれ、と酷い仕打ちばかりを受けている。

 

 最近の社会の冷たさがよく表れているが、皆が一様に、会社のためだから、ルールだから、金を払っているのだから、と何かを言い訳にしているのが印象的だ。人間らしいやり取りを拒否しているようにも見え、もはや他人を思いやれないほど人々は苦しい状況の中にいるということなのかもしれない。

 

 

 そして中学生ですら、税金で家賃が安くなっている公営団地に住んでいるのはズルいからと、同級生をいじめている。誰もが苦しい世の中で、誰かが得をしていないか、自分だけが損をしていないか、と疑心暗鬼になっている。子供たちにまでそんな感覚が浸透して敏感になってしまっている。息苦しい世の中だ。

 

 そんな追い詰められた状況の中でも自暴自棄になることなく、言うべきことは言いつつ、流すところは流して周囲と折り合いよくやっている主人公の姿には感心する。だがそれが出来なければ、シングルマザーは生きていけないということなのだろう。当然それで平気なわけはなく、様々な感情を溜め込んでいる。感情が一気に溢れ出そうになるのを必死に抑えながら、主人公がなんとか冷静に同僚と話そうするシーンには胸を打たれた。彼女が普段どれだけ必死に感情を抑え込んでいたのかがよく分かる。演じる尾野真千子が迫真の演技だ。

 

 ひとりで奮闘する母親を気にかけつつ、頼もしく成長する思春期の息子の姿も良かった。母親の同僚の女性に恋をして苦い経験をしたり、いじめと対峙したりしながらたくましくなっていく。ところでこの息子に対するいじめは、嫌がらせをしてくる相手を突っぱねている形であまりいじめぽくなかったが、最近のいじめはこんな感じなのだろうか。いじめというよりは面白がってストーキングしているようで、彼らがとにかく暇を持て余しているのだけはよく分かる。暇の過ごし方を知らない人間はろくなことをしない。

ヒマの過ごし方

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 積み重なった我慢が限界を超え、クライマックスでついに主人公の怒りが爆発する。とんでもない悲劇に発展してもおかしくないところを、息子がいい働きで阻止した。主人公の仕事仲間にまで怒りをぶつけられた相手は不運としか言いようがないが、彼女たちだって不運で理不尽な仕打ちを受けてきたわけなのでおあいこだろう。

 

 そして冷たい人間だと思っていた永瀬正敏演じる風俗店店長が、このあたりからぐんぐんと株を上げていく。虫けらを容赦なく殺すような男だが、仲間を助け、預かった金は横取りせずにちゃんと渡す善なる部分も持っている。きっとこれは誰にだって当てはまることで、冷淡で世知辛い世の中でもそこに希望を見いだすことが出来るのかもしれない。

 

 シングルマザーの辛い状況が淡々と映し出されて、見ていて苦しくなるような映画だ。それでも彼女が生きていくのは死んだ夫とその息子への愛があるからだと分かるのだが、シングルマザーがこうも簡単に困難な状況に陥ってしまう社会でいいのか?と思ってしまった。きっと現実社会でも、主人公らのように人々の目の届きにくいところに追いやられ、それでも懸命に生きている女性たちがたくさんいるのだろうなと想像してしまう。

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本/編集 石井裕也

 

出演 尾野真千子/和田庵/片山友希/オダギリジョー/永瀬正敏/芹澤興人/前田勝/コージ・トクダ/前田亜季/鶴見辰吾/嶋田久作

 

茜色に焼かれる

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茜色に焼かれる - Wikipedia

 

 

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