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個人的な映画・本・音楽についての鑑賞記録・感想文です。

「ブルーアワーにぶっ飛ばす」 2019

ブルーアワーにぶっ飛ばす

★★★★☆

 

あらすじ

 東京で荒んだ生活を送っていた女は、祖母の快気祝いのために実家の茨城に帰省する。

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感想

 帰省を予定していた女が、車を買ったばかりの友人に唆され、勢いで一緒に実家に帰ってしまう物語だ。序盤は主人公の東京での荒んだ生活が描かれる。既婚だが不倫中で、昼は仕事でピエロのように振る舞い、夜は潰れるまで飲み騒ぐ。何をやってるのだと自分でも思いながら、ズルズルとそんな生活を続けている。

 

 そんな彼女が友人と共に実家に帰る。母親に指摘されていたが、実家に戻った途端に主人公の声が小さくなり、言葉少なになるのが印象的だ。彼女をそんな風にさせてしまうふるさとのいなたさや実家のしみったれ具合がよく演出されている。

 

 

 故郷に複雑な感情を持つ者にとって帰省とは厄介なものだ。こんなところは嫌だと飛び出してきた場所であり、辞めた会社や別れた人などと同様に、本来はもう戻ることのない過去のものだ。しかし家族の縁を切るほどではなかった場合にはそういうわけにもいかず、渋々戻らざるを得ない時がある。

 

 そこで故郷の嫌いだったところを再確認し、さらには、まだそんな事やっているのかとか、今はこんなことになっているのかとか、今はもうどうでもいい知りたくもなかったことを目の当たりにすることになる。暗然とした気持ちになる。

 

 とはいえ故郷は故郷だ。自身のルーツであることには違いない。それに故郷のすべてが嫌いだったわけでもない。今の自分を形作っている原体験や故郷に置き去りしてきたものを思い出し、感情が揺さぶられてしまう。

 

 主演の夏帆をはじめ、”友人”役のシム・ウンギョン、主人公の家族役たちと、皆がいい演技で見ごたえのあるドラマとなっている。特に主人公の父親役のでんでんが、久々に帰省した娘に最初にかけた言葉のトーンは、肉親ならではのいかにもなもので非常にリアルだった。人には家族にしか見せない顔がある。

 

 タイトル通りぶっ飛ばし気味で、登場人物たちの露悪的な言動に嫌悪感を抱いてしまうところがないわけではなかったが、それだけ現代日本の人々の心が荒んでいるということなのだろう

 

 あんなに嫌だった田舎を飛び出した結果がこれかよと、今の荒んだ生活に自己嫌悪に陥りつつ、それでも新たな気持ちが芽生えて笑顔となり、東京へと車を走らせるラストシーンが心に残る。とかく故郷は面倒だ。完全に嫌いにはなれないのが辛い。

 

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本 箱田優子

 

出演 夏帆/シム・ウンギョン/渡辺大知/黒田大輔/でんでん/南果歩/ユースケ・サンタマリア/嶋田久作/伊藤沙莉

 

音楽 松崎ナオ

 

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「それから」 1985

それから

★★★★☆

 

あらすじ

 実家からの援助に頼って生きる男は、大阪から戻ってきた友人と密かに思いを寄せるその妻と再会する。 

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 キネマ旬報ベスト・ワン作品。

 

感想

 主人公は高学歴だが働かず、実家に頼って暮らす男だ。当時は「高等遊民」と言ったが、今ならニートだろうか。ただ彼が言っていたように、働く理由もないのに働く必要はない、というのは確かにその通りではある。

 

 そんな主人公を演じるのは松田優作だ。周囲の冷ややかな視線を淡々と受け流し、叶わぬ恋に思い詰める男を好演している。ただ、今も活躍する役者陣に混じると、早逝した彼が年齢的にどの位置にいるのか、最初はいまいち感覚がつかめず混乱してしまった。

 

 

 彼より上の世代かと思った小林薫は同世代の友人役で、もっと上で親世代かと思っていた草笛光子はちょっと上の義理の姉役だった。49年生まれの松田優作は、生きていたら今は75歳くらいなのかと遠い目をしてしまった。

 

 それからヒロインで友人の妻役の藤谷美和子は、とても明治の女ぽい顔立ちをしている。タイトルバックで浮かび上がる彼女の顔は、本当に明治期の写真のようでしっくり来た。

 

 主人公と友人の妻の関係がしっとりと描かれていく。お互いがお互いの気持ちを分かっていながら何も言わず、二人は互いの家を足繁く行き来する。だが言葉にしなくても、二人の強い想いは言外から濃厚ににじみ出てしまっている。何も語らないだけに逆に淫靡だ。友人は当然気付いているのだろう。久々の再会のときからすでに、主人公と相対するのを避けていたのが印象的だ。

 

 一途な恋を貫く主人公だが、これは彼がニートであることも影響しているだろう。もし彼が社会に出ていたら、次第にその気持ちは薄れていき、やがて新たな恋に出会っていたはずだ。しかし彼は彼女への想いを大事に抱えたまま、世間から離れ閉じこもってしまった。

 

 忙しく働いている他の人から見れば、まだ続いていたの?と呆れてしまう類のものだ。世間からのん気な身分だと思われてしまうのも仕方がない。

 

 それでも恋は恋だ。自分に正直に、打算なしで突き進んだ主人公の誠実な姿には心を打たれた。じっくりと丹念に描かれているので冗長に感じてしまうところはあったが、時おり挿入される奇妙なシーンがいいアクセントになっていた。

恋

  • PONY CANYON
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スタッフ/キャスト

監督

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脚本 筒井ともみ

 

原作 それから (角川文庫)

 

出演 松田優作/藤谷美和子/小林薫/美保純/森尾由美/イッセー尾形/羽賀健二/川上麻衣子/草笛光子/風間杜夫*/中村嘉葎雄

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*友情出演

 

音楽    梅林茂

 

それから

それから

  • 松田優作
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それから - Wikipedia

 

 

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「g@me.」 2003

g@me.

★★★☆☆

 

あらすじ

 任されていた大きなプロジェクトを中止にされてしまった男は、それを決めたクライアント企業の重役に恨みを抱き、その娘に狂言誘拐を持ちかける。

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感想

 主人公が大企業の重役の娘と手を組み、その親から大金をせしめる物語だ。その発端となったのは、任されていた大きなプロジェクトがその重役の鶴の一声で中止にされたことだった。しかしいくら大きなプロジェクトだったとはいえ、中止を決めた依頼主にそこまでの恨みを持つだろうか。

 

 クライアントは改めて別の企画を立ち上げようとしていたようなので、キャンセル料を踏み倒されたりなどの酷い仕打ちを特にされたわけではない。それなのに怒ってしまう主人公には、それこそ客を何だと思っているのだと言いたくなる。

 

 

 その後に主人公が、中止を決めた重役の家の周りを意味もなくうろうろするのも不気味だった。そして、そこでたまたま知り合った重役の娘と共謀し、狂言誘拐を行なうことになる。重役との交渉や身代金の受け取りの様子はスリリングで面白かったが、主人公はただの会社員のはずなのに、なんでそんなに手口が鮮やかなの?という疑問は心のどこかに常にあった。

 

 それが分かるような描写はほぼ無かったが、天才的でプライドが高い男という設定なのだろう。だが、軽いノリで犯罪に手を出すところも解せず、どちらかというと病的な人間に見える。

 

 計画は見事に成功するが、それには裏の事情があったことが明るみになり、主人公は驚かされる。思わぬ展開で面白かったのだが、ここでも、だとしたら重役は機転が利きすぎだし、なんでそんなに手口が鮮やかなの?となってしまった。これに犯行中に主人公と女の間に芽生えた愛が絡み、その後はもつれた展開となっていく。

 

 細かい機微の描写はないが、二人が恋に落ちるのはなんとなく分かる。しかし、それなら両者とももっと素直に真相を打ち明けるべきだった。そうしていれば二転三転する展開に翻弄されずに済んだはずだが、変なプライドが邪魔をして、互いにゲームを降りることが出来なかったということか。煮え切らない二人にイライラしてしまう。

 

 それでもきれいに話が収束し、いい感じにエンディングを迎えるのかと思ったら、いかにも昭和でウェットな展開が待っていた。20年以上前の昔の映画に言うのもあれだが、今だにそんな風に、自分には幸せになる資格がない、我慢しなければいけないとか言ってるから、誰も幸せでない社会になっちゃうんだよと腹が立ってきた。

 

 大まかなプロットとしては面白かったので、これをたたき台にして細部を詰めていけばいい映画になりそうだ。だからこれが最終の完成形と言われると、色々と残念に感じてしまう。

 

スタッフ/キャスト

監督 井坂聡

 

脚本 尾崎将也/小岩井宏悦

 

原作 ゲームの名は誘拐 (光文社文庫)


出演 藤木直人/仲間由紀恵/石橋凌/宇崎竜童/IZAM/入江雅人/ガッツ石松/椎名桔平/小日向文世/生瀬勝久/東野圭吾大倉孝二/伊藤さおり/虻川美穂子/福井謙二/藤村さおり

 

g@me.

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  • 藤木直人
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ゲームの名は誘拐 - Wikipedia

 

 

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「ライアーゲーム 再生」 2012

LIAR GAME REBORN -再生-

★★★☆☆

 

あらすじ

 戸惑う元教え子と共にライアーゲームに再び参加した主人公は、20億円を賭けた椅子取りゲームに挑む。

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 サブタイトル「再生」の読みは「リボーン」。人気テレビドラマシリーズの劇場版第2弾。131分。

 

感想

 主人公ら参加者が、イス取りゲームで賞金を競う物語だ。主人公は早い段階で、このゲームがいわゆる椅子の奪い合いではなく、陣取り合戦であることを看破する。だが、いきなりネタばらしをするのではなく、観客にそれを気付かせる演出で楽しませて欲しかった。

 

 ゲームの本質が明らかになった後は、もはや椅子に座る様子すら見せることはなくなり、3つに分かれた陣営による言葉中心の駆け引きや買収合戦が描かれるようになる。この様子はそれなりに面白いのだが、皆が勝負に出るのがあまりにも早すぎるような気がした。

 

 

 3つの陣営のうち2つが同盟を結んだのなら、まず残りの1つを確実に退場させる方がいいように思えるが、なぜかその途中で内輪もめを始めてしまった。ほぼ勝ちは決まったので味方を減らして取り分を増やそうとしたのか、あるいは3つ巴の構図を残した方が戦略的に有利だったのか、それとも他に理由があったのか。その説明が欲しかった。

 

 皆ペラペラとしゃべっているわりには、肝心の戦略については誰も何も教えてくれない。物語的にはこの方が面白いのは分かるが、納得できる理由が必要だろう。

 

 一進一退の白熱の攻防戦が続き、主人公も優勢に立ったり劣勢になったりする。そんな中で、自分たちのターンでは雄弁で強気の主人公が、相手のターンになった途端に黙りこくってしまうのがちょっと面白かった。まるで、普段は威勢のいいことを言っているのに都合が悪くなるとダンマリを決め込むSNSアカウントみたいだった。

 

 不満はありながらも勝負の行方を楽しめていたのだが、ほとんど密室の会話劇が延々と続く展開に、終盤は段々と息苦しくなってきた。もっと外の景色を映すとか、動きのあるシーンを入れるとか、息抜きとなる時間をつくる工夫が欲しかった。それに言葉による取引や駆け引きだけでなく、別の陣営のイスを探し出して盗もうとする毛並みの違うキャラがいても良かった。

 

 映画らしい演出も特になく、途中にCMでも入ればちょうど良さそうな内容に、これなら普通に連続テレビドラマでよくない?と思ってしまった。

 

 それから、そういえばそんなことがあったなと忘れていた伏線を、ラストで回収するシーンも無茶だった。3つの椅子と色の組み合わせを列挙するだけで本の大部分を占めてしまうだろうとツッコみたくなった。

 

 

スタッフ/キャスト

監督    松山博昭

 

原作 LIAR GAME 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

 

出演 松田翔太/多部未華子/濱田マリ/要潤/小池栄子/船越英一郎/斎藤陽子/新井浩文/高橋ジョージ/野波麻帆/前田健/大野拓朗/竜星涼/芦田愛菜/渡辺いっけい/鈴木浩介/鈴木一真/江角マキコ

 

音楽 中田ヤスタカ

 

LIAR GAME (テレビドラマ) - Wikipedia

 

 

関連する作品

前作 劇場版 第1作目

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「元禄忠臣蔵 後編」 1942

元禄忠臣蔵・後篇

★★☆☆☆

 

あらすじ

 ついに機は熟し、吉良邸への討ち入りを決意する大石内蔵助。

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感想

 前編で前振りが終わり、後編はいよいよクライマックスがやって来ると期待していたのだが、肝心の討ち入りは手紙で事後報告されるだけだった。拍子抜けしてしまったが、原作でも討ち入りそのものはじっくりと描いていないようだ。

 

 有名な話なので敢えて描かないパターンを選択したのだろう。何度も戦国時代の話をループしているNHKの大河ドラマでもたまに見られる手法だ。だが忠臣蔵を知らない現代の人や外国の人には何がなんだか分からなくなってしまうデメリットはある。

(36)「勝負」

(36)「勝負」

  • 出演者|堺雅人
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 ちなみにDVDの特別映像にこの映画で建築監督をしていた新藤兼人のインタビューがあり、討ち入りのシーンをやらなかった理由は、監督がやるなら本当に人を斬る映像が欲しいと言っていたけど無理だから、と言っていて笑ってしまった。ダチョウ倶楽部にいられなくなった南部虎弾のエピソードを思い出すが、監督はいい意味で狂ってる。

電撃ネットワーク・南部虎弾さん急逝…ダチョウ倶楽部時代のぶっ飛んだ発想に驚愕!(SmartFLASH) - Yahoo!ニュース

 

  前編序盤の刃傷沙汰以降は、会話中心の地味な展開が続く。一応は長回しなどで映像的なダイナミックさはあるのだが、ヤマ場だと思っていた討ち入りもないままに長い後日談が始まるので、単なる消化試合を見ているような気の乗らなさがあった。関係のあったある志士の本心を確かめに男装してやって来た女の話も、最初は胸に迫るものがあったが、言い分がわけが分からなくなっていき、話も長いしで段々と冷めてしまった。

 

 ただこの映画で討ち入りから切腹までにかなりの間隔があったことと、切腹が一人ずつ行われたことを知れたのは収穫だった。ついに宿願を果たした高揚感のまま切腹したのかと思っていたが、こうも期間が空けば冷静になって怖気づいてしまいそうだ。

 

 

 また皆で一斉にではなく、ひとりずつ行われる切腹も、順番を待っている間が辛そうだし、その十何人分の切腹を次々と見届け続けなければならない検分役も辛かったに違いない。中には楽しめる人もいるのかもしれないが。

オウム7人の死刑執行、顔写真に「執行」のシール貼る テレビの演出が物議醸す | ハフポスト NEWS

 

 ちゃんと前提となる知識があり、色んなパターンの物語を見た後に見るにはいいかもしれないが、あまり知らないままに見るには不向きなタイプの忠臣蔵だ。

 

スタッフ/キャスト

監督 溝口健二

 

脚本 原健一郎/依田義賢

 

原作 元禄忠臣蔵 上 (岩波文庫 緑 101-1)

 

出演 四代目河原崎長十郎/三代目中村翫右衛門/五代目河原崎国太郎/市川右太衛門/海江田譲二/中村鶴蔵/川浪良太郎//高峰三枝子

 

元禄忠臣蔵・前篇

元禄忠臣蔵・前篇

  • 河原崎長十郎
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元禄忠臣蔵 - Wikipedia

 

 

関連する作品

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「元禄忠臣蔵 前編」 1941

元禄忠臣蔵・前篇

★★★☆☆

 

あらすじ

 主君の刃傷沙汰により藩の断絶が決まり、浪人となった家来たちは、せめて主君の無念を晴らそうと沸き立つ。

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感想

 音声の状態が悪くて台詞があまり聞き取れず、序盤は特に苦労した。わずかに聞き取れた内容と自分の中にあるほんの少しの忠臣蔵の知識を総動員して、何とか物語についていく感じだった。多少言葉の分かる外国映画を字幕なしで見ている感覚に近い。

 

 忠臣蔵には様々なエピソードがあるが、この映画ではメインから少し外れたものを採用している印象だ。最近はそうでもないが、当時は誰もが知っているメジャーな物語だったのだろうから、定番だけをやっては芸がなく、少しひねる必要があったのだろう。とはいえ元は新歌舞伎の舞台なので、それに倣っているだけなのかもしれないが。

 

 

 ただ、天皇の意向を気にするくだりに関しては、唐突でわざとらしさがあった。戦時中だった公開当時の世相に配慮したのだろうが、今見るとかなり鼻白んでしまう。だが昔話というものは、こうやって時代時代の影響を受け、変化しながら語り継がれていくのだろう。

 

 大まかな流れは知っているし、まだ後編もあるので何とも言えないところはあるが、金がかかっていそうな見事なセットや映像的に印象に残るシーンなど、見どころはいくつもある。特に遊郭での、画面前後で向かい合って話す人たちのずっと奥にもう一人を配置して、奥行きを感じさせる構図のシーンにはグッと来た。縦方向の構図を意識した映像が多かったように感じる。

 

スタッフ/キャスト

監督 溝口健二

 

脚本 原健一郎/依田義賢

 

原作 元禄忠臣蔵 上 (岩波文庫 緑 101-1)

 

出演 四代目河原崎長十郎/三代目中村翫右衛門/五代目嵐芳三郎/三桝萬豐/小杉勇/三浦光子/羅門光三郎

 

音楽    深井史郎

 

元禄忠臣蔵・前篇

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関連する作品

後編

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「罪の声」 2020

罪の声

★★★☆☆

 

あらすじ

 菓子会社への脅迫などで昭和を騒がした未解決の劇場型犯罪を改めて取材することになった新聞記者は、脅迫で使われた子供の声の主と出会う。

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 グリコ・森永事件をモチーフにした物語。142分。

 

感想

 未解決の昭和の大事件、製菓会社に対する一連の脅迫事件の真相を探る物語だ。その意義をあまり理解していない新聞記者の主人公が外側から、幼少時に自分の声が脅迫に使われたことを知った仕立て屋の男が内側から調査を進めていく。どっちがどの取材をしたのか若干混乱するところはあったが、別々に調査を始めた二人がお互いの存在にたどり着き、一つにつながる過程は見ごたえがある。

 

 モチーフになったグリコ・森永事件の史実に沿った内容となっているようだが、事件に利用された子供たちに焦点を当てているのが面白い。本人は物心がつく前で覚えていなかっただろうから、大人になってそれを知ったら大いに戸惑うはずだ。知らないうちに大事件に関与していたなんて気分がいいものではないだろう。しかも、もう時効を迎えているので警察に届けても仕方がなく、どうしようもない。

 

 

 仕立て屋の男がその事実を知ってどうしていいか分からず、落ち込んでしまった気持ちはよく分かる。気持ちを整理するために真相を知ろうとするのは当然だろう。ただ誠実な性格のせいなのか、出会ったばかりでまだよく知らない人たちに「実は自分があの声の主なんです」と正直に打ち明け過ぎなのは気になった。変な噂が広まりそうで心配してしまう。

 

 主人公と仕立て屋の男、ついに出会った二人が協力し、真実はとんとん拍子に明らかになっていく。雑な計画でも割と大丈夫だった昭和の事件だし、仕立て屋の男からは内部情報があったので、このあたりは納得感がある。

 

 しかしいざ真実が明らかになってしまうと、案外とたいしたことないな、というのが素直な感想だ。そこらの無法者たちが集まっただけの、ありふれた反社集団による犯罪だ。だが真実なんて、明らかになってみるとそんなものかもしれない。ただ、身代金ではなく株価操作で大金を手にしようとしていたという説は興味深かった。

 

 ミステリーとしては楽しめたのだが、浪花節的ウェットなエピソードがたっぷりで、だいぶそれがしんどかった。これは実際の事件をモチーフにしているので、ドキュメンタリー的になるのはある程度仕方がないのかもしれない。実際、あの事件の関係者たちが今どうしているのかは関心がある。

 

 だが日本のミステリーは、こんなどんよりしたものばかりになりがちなので、たまにはカラッとしたのも見せてくれよと思ってしまっった。

 

スタッフ/キャスト

監督 土井裕泰

 

脚本 野木亜紀子

 

原作 罪の声 (講談社文庫)

 

出演 小栗旬/星野源/松重豊/宇野祥平/古舘寛治/市川実日子/火野正平/宇崎竜童/梶芽衣子/阿部亮平/木場勝己/橋本じゅん/佐藤蛾次郎/宮下順子/塩見三省/正司照枝/岡本麗/須藤理彩

 

罪の声

罪の声

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罪の声 - Wikipedia

 

 

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「おかしな奴」 1963

おかしな奴

★★★★☆

 

あらすじ

 兵隊に憧れるも徴兵検査で不合格にされた男は、家を出て落語家を目指す。終戦直後に人気を博した落語家・三遊亭歌笑(三代目)の伝記映画。

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感想

 落語家の三遊亭歌笑の人生を描く物語だ。まったく存在すら知らなかった人だが、当時は「昭和の爆笑王」と呼ばれて大人気だったらしい。そんな一世を風靡した人気者なのに、50年も経てばほぼ誰も知らない存在になってしまうわけだから、歴史に名を残すのがいかに難しいことなのかがよく分かる。

 

 主人公を演じるのは渥美清だ。本人に寄せてはいるのだろうが、落語のシーンなどは彼の語りの素晴らしさが活かされていて、普通に聞き入ってしまう。声は聞き取りやすく、調子も良く、スッと頭に入ってくる。これぞ話芸というものだろう。

 

 師匠や兄弟弟子、演芸場の連中など、様々な人たちに囲まれて、主人公が成長していく姿が面白おかしく描かれていく。そんな中で印象的だったのは、主人公が想いを寄せる若い女性を演じた三田佳子だ。

 

 

 自分の中では中年の頃のイメージが強い彼女だが、若い頃は普通にヒロインぽさのある美女だったのだなと感心してしまった。当たり前と言えば当たり前なのだろうが。特に戦争で変わってしまい、ケバケバしい格好をするようになってからはそれがますます際立っていた。今の若い女優と比べても遜色がない。しかも細い。

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 主人公は、変わらざるを得なかった彼女や、徴兵を苦にして心を病んだ兄弟子を見て、戦争やそれを始めた国家に対して反感を示している。非常時になれば真っ先に不要とされてしまう彼のような商売だと、敏感にならざるを得ないところもあるのだろう。そしてそんな時代の空気を感じ取る力や、それを笑いに変えられる力がなければ売れることはない。

 

 同業者の嫌がらせにも屈することなく、己の道を見つけ、それを貫いて売れていく主人公の姿には胸が熱くなる。そして散々苦労させた妻にもようやく楽をさせられるようになったとホッとした矢先、散々フラグを立てた後にやって来るあまりにも悲しい出来事には言葉を失ってしまった。これもまた戦争がなければ起きなかった悲劇だ。彼の人生に思いを馳せてしまう。

 

 

スタッフ/キャスト

監督 沢島忠

 

出演

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加藤嘉/清川虹子/南田洋子/坂本武/三田佳子/石山健二郎/佐藤慶/春風亭柳朝(5代目)/田中邦衛/十朱久雄/渡辺篤

 

おかしな奴[公式] - YouTube

 

 

登場する人物

三遊亭歌笑(三代目)

 

 

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「恋は光」 2022

恋は光

★★★★☆

 

あらすじ

 恋する女性が光って見える能力を持つも恋愛には無縁だった青年は、大学の一風変わった女性に興味を持ち、幼馴染の女性を介して交換日記を申し込む。

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感想

 恋愛に無縁だった男子学生が主人公だ。恋する女性が光って見える能力を持つだけでなく、何かと分析をしたがる面倒くさい性格をしている。そんな男がある女性に関心を持ち、交換日記を始めたことから物語が始まる。

 

 彼女が置き忘れたノートに気付いたことをきっかけに二人は出会うのだが、主人公がそのノートを開いた途端に校閲を始めたのには引いてしまった。何が書いてあるのかなとちょっと読んでみたら気になってしまい、我慢できずについ、なら分かるが、いきなりだった。他人のノートに躊躇なく書き込みするとはさすがに怖い。

 

 それに対して怒りもせず、しかも交換日記なんかを一緒に始めてしまう彼女もまた変わり者で、恋について二人で議論し合う関係となる。両者とも独自の世界を持っており、恋に不器用で生真面目なだけなのだが、外からだと相当なひねくれ者の二人に見える。普通ならあまり親近感を持てないが、彼らには謙虚さがあるので温かく見守れる。きっとこれくらい特殊な設定でないと、印象に残るような恋愛映画は作れないのかもしれない。

 

 この二人に加えて、主人公をずっと想い続ける幼馴染の女性と、他人の男をすぐに略奪したくなる女性も登場し、あわせて四人による恋愛模様が描かれていく。主人公は恋愛に関心を持った途端にモテすぎだろ、と思わなくもないが、キャラの立った三人の女性たちそれぞれとのやりとりが面白い。

 

 なかでも第三の女で、ヒールであるはずの馬場ふみか演じる女性がいいキャラクターだ。恋愛経験がほぼゼロで、フワフワして地に足が付いていない他の三人に、恋愛のリアルを突き付ける。彼らにとっては怖い存在なのに、「宿木嬢」とか呼ばれちゃう感じもなんだか良くて、憎めない。それに一人の男を取り合う状況にもかかわらず、三人の女性たちに友情らしきものが芽生えているのも微笑ましかった。

 

 

 恋愛映画特有の気恥ずかしさのあるシーンではそれを回避するような展開を作り、ツッコみたくなるシーンにはちゃんとフォローを入れて、やりっぱなしにしない演出には好感が持てる。序盤の引いてしまったシーンにも、後で言い訳が用意されていた。終盤の美術館のシーンでは、館内での主人公の大声が気になったが、きっと回収してくれるはず、という信頼感があった。

 

 恋愛にはいろんな形があり、どれを重視するかは人それぞれだ。

 

 ラブストーリーは、ベタなことを全力でやるのが醍醐味、と考える人には物足りないかもしれないが、そうでない人にとってはちょうど良い力の抜き加減で、無理せず楽しめる恋愛映画となっている。

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本 小林啓一

 

原作 恋は光 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)


出演 神尾楓珠/西野七瀬/平祐奈/馬場ふみか/伊東蒼/宮下咲

 

撮影 野村昌平

 

恋は光

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「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」 1984

うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー

★★★★☆

 

あらすじ

 文化祭を目前に控え、慌ただしい日々を送っていた主人公たちだったが、日常空間に異変が生じていることに少しずつ気付いていく。

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 人気テレビアニメの劇場版シリーズ第2作目。

 

感想

 意味深なオープニング、そしてタイトルバックの後、主人公らが忙しなく文化祭の準備をする高校の様子が映し出され、物語が始まる。人がわちゃわちゃいて、ガチャガチャと好き勝手に動いているカオス感がいかにも80年代らしかった。ドタバタのコメディぽい空気に満ちている。

 

 だが物語は不思議な方向に進んでいく。騒々しさの中に静かで奇妙なシーンを挿入することで、非日常的な世界へと導いていく演出が上手い。自然とSFな世界へと引き込まれていた。

 

 

 いくつかの不思議な体験を経た後、主人公らは廃墟のような世界で生きることになる。だが生活に必要なものはなぜか揃っており、好きなだけ食べて、水辺で遊んだり映画を見たりして遊ぶ毎日だ。永遠の夏休み感がある。まるで天国のようで悲壮感はないのだが、どこか気だるく虚無感が漂っているのが印象的だ。満ち足りた日々に飽いている。

 

 そして主人公らが、この不思議な世界にいることを大して気にしていないのが、アニメならではで良い。適度にコミカルさを漂わせつつ、ある意味で哲学を感じさせるような、深みのある物語が展開される。「インセプション」など、これまで話題になった様々なSF映画を想起してしまうような内容になっていて感心してしまった。

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 また、ここで描かれている終わりなき日常は、登場人物らが何年経っても歳を取らず、同じ設定のままで永遠に続く漫画の中の世界をネタにしているようにも見える。確かにそんな設定で生きている彼らからしたら、同じ一日が繰り返されようが、同じような日々が続こうが、今さら気にすることではないのかもしれない。

 

 しかしそもそもはラブコメなのに、こんな変化球の内容を劇場版でやってしまうこと自体がすごい。「サザエさん」が、劇場版では超絶SFになっていたみたいなものだろう。当然観客が期待していたものとは違ったはずで、賛否両論あったそうだが、それでも割とすぐに評価されたというのもまたすごい。このタイプの作品は、最初は非難轟々だったが次第に評価されるようになった、となりそうなものだが、観客もレベルが高かったということだろうか。

 

 今ならすぐにネットで賛否どちらか一方に傾いた空気が作られてしまい、時おり逆張りする人や明後日の方向を向いた意見を言う人が出てくる感じだが、ネットのない当時は、皆がそれぞれに意見を持って周囲の仲間たちと熱心に語り合っていたのかもしれないなと勝手に想像してしまった。

 

 名作とされるのも納得の映画だ。

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本 押井守

 

原作 うる星やつら〔新装版〕(1) (少年サンデーコミックス)

 

出演(声) 古川登志夫/平野文/鷲尾真知子/藤岡琢也/神谷明/永井一郎

 

音楽    星勝

 

うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー - Wikipedia

 

 

関連する作品

劇場版 前作

 

劇場版 次作

 

 

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「柘榴坂の仇討」 2014

柘榴坂の仇討

★★★☆☆

 

あらすじ

 桜田門外の変で主君・井伊直弼を守ることが出来ず、切腹も許されなかった男は、明治維新後も仇討の相手を探し歩いていた。

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感想

 明治になっても主君の仇討相手を探す男が主人公だ。途中で過去の回想が差し込まれながら進行していく。

 

 そんな中で、主人公のターニングポイントとなる桜田門外の変のシーンは見ごたえがあった。しんしんと雪が降る積もる中、大名行列の前に一人の男が立ちはだかる。周囲に緊張が走るが、いくつかのやり取りを交わすことによって平静さを取り戻していく。だが、皆の心が落ち着いて場の空気が一瞬緩んだ隙をつき、突如修羅場が始まる。

 

 

 主人公は奪われた主君の家宝を取り戻すために現場を離れてしまい、みすみす暗殺を許してしまう。主君を守るために最後まで死に物狂いで戦ったのならまだ納得できるが、気付いた時にはすべてが終わっており、もはやどうすることも出来なかったのは辛い。

 

 藩の体面を守るための仇討が優先され、切腹することを許されなかった主人公は、ここから苦しい日々を過ごすことになる。世間の冷たい視線に耐えながら、どこにいるともわからない下手人を追う毎日だ。それと同時に、何も言わずに付き従う妻やそっと手を差し伸べる友人、そして自分の行いに真摯に向き合いながら生きている仇討相手の様子も描かれていく。

 

 明治になっても主人公の仇討相手探しの日々は続く。もはや藩もなく、武士もいなくなってしまった状況ではほぼ意味がないが、途中でやめてしまっては気持ちの整理がつかないのだろう。どんどんと変わっていく時代に取り残されていく主人公の姿が印象的だ。

 

 だがそんな主人公が、新たな時代に浮かれる人たちに侍の矜持を見せるシーンは胸が熱くなった。今は刀を捨て、様々な職業に就いている元侍たちがそれに次々と呼応する。いくら時代が変わっても、変わらない事、変えてはいけない事がある。

 

 しかし明治の新政府が、藩をやめ、武士をなくしと次々と新たな施策に取り組んでいったのは、改めて冷静に考えるとすごいことだ。ある意味では自分たちの既得権益をどんどんと捨てていたわけで、彼らには彼らの、新たな世界を作り上げるという矜持があったのだろう。日本の未来そっちのけで、自分の既得権益を守ることしか頭になさそうな今の与党の政治家たちとは大違いだ。

 

 仇討相手の居場所を突き止め、対峙するのがクライマックスとなる。積年の念願がついに果たされる盛り上がるはずのシーンだが、そうでもなかった。それまでに描かれてきたエピソードが、雰囲気はあっても心に響くものではなく、その積み重ねに感情が揺さぶられなかったからだろう。形だけがあって、心の機微は見られなかった。

 

 かなりゆったりとしたテンポで描かれるが、悪い意味で重厚さはなく、冗長さだけを感じる映画だ。ラストで妻役の広末涼子が号泣するシーンは、「鉄道員」を彷彿とさせたが、あれよりはマシだった。このタイプの映画は大げさな音楽で泣かせようとしがちだが、それが控えめだったのには好感が持てた。

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スタッフ/キャスト

監督 若松節朗

 

原作 「柘榴坂の仇討」 「新装版 五郎治殿御始末 (中公文庫)」所収


出演

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阿部寛/広末涼子/髙嶋政宏/真飛聖/吉田栄作/堂珍嘉邦/近江陽一郎/木﨑ゆりあ/藤竜也/中村吉右衛門

 

音楽 久石譲

 

柘榴坂の仇討

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「サバイバルファミリー」 2017

サバイバルファミリー

★★★☆☆

 

あらすじ

 ある日を境に突然電気が止まり、社会インフラが機能しなくなってしまった東京で、生活に困った一家は、母方の実家である鹿児島へ自転車で向かうことにする。

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感想

 突然電気が止まったのに、皆が戸惑いながらも会社や学校に向かい、日常を続けようとする姿はリアルだ。この描写は、東日本大震災時の経験から来ているのだろう。だが、なぜ電気が止まったのかを誰も気にしていないのは嘘くさい。

 

 「今何待ち?」とイライラしてしまうことがあるように、人は何かと理由や原因を知りたがるものだ。分からなければ落ち着かず、色々と勝手に想像して誰かと語り合う。それが噂となったり、時にデマとなったりするのだが、それが全然描かれない。

 

 

 そもそもこんな事態なのに、誰も積極的に情報交換しようとしないのが不自然だ。飛行機が飛んでいるかどうかの情報くらいは、本来ならどこかから自然と伝わってくるはずだ。わざわざ空港へ行くまでもないだろう。戦争中だって皆もっと色々知っていたはずだ。

 

 みんなシャイか!と思ってしまうが、目の前の人に訊ねるよりもスマホで調べてしまう時代だから、案外と正しい描写なのかもしれないが。

 

 やがて一家は自転車で鹿児島に向かう。だがここからも色々とおかしい。まずこの距離なのにいきなり初日に道に迷うとかありえない。しばらくはざっくりと西に向かう幹線道路を走ればいいだけだ。なぜ生活道路を行くのか。

 

 さらには、江戸時代ではないのだから、橋がなくて川の中を渡らなければいけない状況なんてまずない、とか自転車は貴重品なのに案外管理は杜撰だよね、とか線路上にいて機関車がやって来たら喜ぶよりまず逃げるだろう、とかツッコみたくなるところが山ほどある。

 

 そんな道中で家族は絆を深めていく。そんなに笑えるシーンはないが、原始的な生活は生きる上での基本であることも教えてくれる。

 

 始めから終わりまでほぼ悪い奴が登場せず、殺伐とした感じがなかったことに違和感があったが、コメディだから敢えて描かなかったのかもしれない。やっぱり日本は治安が良いと海外の人に感心してもらえそうだ。だが殺伐としたリアルな雰囲気の中でくり広げられるブラックなコメディが見たかった気持ちもある。泥棒には止むに止まれぬ事情があった、では甘い。

 

 この他にも、昔のカメラが使えるなら昔の車も使えるだろうとか、まだまだいくらでも気になる点が出てきてしまう。色んな意味で設定がぬるい映画だ。

 

 ただ、作り手が描きたかっただろうことに関してはしっかりと前振りもして描けている。そして何事もなかったかのように元の生活に戻っているラストの空気感は、コロナ禍後の現在を彷彿とさせて味わい深かった。

 

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本 矢口史靖

 

出演 小日向文世/深津絵里/泉澤祐希/葵わかな/時任三郎/藤原紀香/大野拓朗/志尊淳/渡辺えり/宅麻伸/大地康雄/菅原大吉/徳井優/桂雀々/森下能幸/田中要次/左時枝/ミッキー・カーチス

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編集    宮島竜治

 

サバイバルファミリー - Wikipedia

 

 

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「蜜蜂と遠雷」 2019

蜜蜂と遠雷

★★★★☆

 

あらすじ

 母親の死をきっかけに音楽界から消えていた元天才少女のピアニストは、数年ぶりに復帰し、世間から注目を集めるコンクールに参加する。

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感想

 消えていた元天才少女がコンクールに参加し、他の個性豊かなピアニストたちとしのぎを削る群像劇だ。予選を通じてメインの4人のピアニストたちが、焦ることなくじっくりと、タイミングよく紹介されていく。主人公が元天才少女で、他に秀才、天才、アウトサイダーと、分かりやすくキャラが配置されている。

 

 期間中、ピアニストたちが足を引っ張り合うのではなく、励まし合い助け合う関係になっているのがとても印象的だ。直接戦うわけではないのでいがみ合う必要はないし、結局、孤独な音楽家の気持ちを分かり合えるのは同じ立場にいる人間しかいないからなのだろう。

 

 

 それにこのレベルにもなれば、相手のミスで勝ったところで意味はないと知っている。これまでフィギュアスケートやⅩスポーツなど、コンテスト形式のプレーヤーたちが妙に仲が良さそうなのを不思議に思っていたが、その理由が分かったような気がした。

 

 主人公は様々なバックボーンのある彼らとの交流を通して、かつての感触を取り戻していく。そして彼女もまた彼らに力を与えている。コンクールではあるが誰も勝ち負けを意識しておらず、ただ最高の演奏をすることだけに集中していることが伝わって来て清々しさがある。彼らを演じる役者陣が素晴らしく、皆魅力的なキャラとなっている。

 

 また彼らだけでなく、審査員やスタッフなど、コンクールに関わる人たちのドラマも描かれる。さらなる至高を求め続ける者、自分が天才でないことに薄々気付いている者、そんな音楽家たちの人生を見守り続けた者などが、音楽への複雑な感情を垣間見せながら、新しい才能たちを見つめている。

 

 野生の馬のような崇高さを湛えた若き芸術家たちの競演だ。爽やかな余韻に浸れる。コンクールの結果なんてどうでもいいとすら思ってしまうが、それでもラストでテロップによって発表された結果は、うまく考えられた絶妙の順位だった。

 

 ピアノの演奏シーンも良くて純粋に音楽だけでも楽しめるし、こだわりの感じられる構図のカットもあって、見ごたえのある映画となっている。

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本/編集 石川慶

 

原作 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)

 

出演 松岡茉優/松坂桃李/森崎ウィン/鈴鹿央士/臼田あさ美/ブルゾンちえみ/福島リラ/眞島秀和/片桐はいり/光石研/平田満/アンジェイ・ヒラ/斉藤由貴/鹿賀丈史

 

音楽 篠田大介

 

撮影 ピオトル・ニエミイスキ

 

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

  • 松岡茉優
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「空に住む」 2020

空に住む

★★★☆☆

 

あらすじ

 両親を交通事故で亡くしたばかりの女は、叔父夫婦が所有する高層マンションの部屋で暮らし始める。

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感想

 タワマンで暮らし始めた女が主人公だ。突然両親を失ったばかりというのに淡々とした様子なのが印象的だが、素直に現実を受け止め切れていないのだろう。引っ越してきた地上から遠く離れた高層マンションの一室は、そんな彼女の雲のようなフワフワとした心情を表わしているかのようだ。

 

 平然としているように見える彼女は、引っ越しの後さっそく風邪をひく。心のどこかでは誰かの助けを求めているのかもしれない。そんな彼女が、周囲の人たちとの関わりを通し変わっていく様子が描かれていく。

 

 主人公のまわりの人たちの中では、専業主婦の叔母が印象に残った。一見すると富裕層で心に余裕のある善い人、といった雰囲気ではある。だが主人公への絡み方がねっちりとしていて気色悪かった。嫌な感じだなとずっと気になっていたのだが、彼女の心の闇や、ついに一線を越えてくるところがちゃんと描かれていて安心した。

 

 

 でも現実世界では、決定的なヤバさをさらけ出すことなく、その一歩手前の状態をキープし続ける人もいるから厄介だ。めんどくさい人だなと思いながらも付き合い続けるしかない。

 

 それから、同じマンションに住み、主人公と関係を持つ人気芸能人の役は、もうちょっと分かりやすい男前にやらせればいいのにと思ってしまった。物語の鍵となる巨大看板もチープだ。人気スターのキラキラとした感じがなくて説得力がなかったが、どうやら大人の事情の配役のようなので仕方がない。

 

 どこかフワフワしていた主人公だったが、次第に現実にピントが合うようになっていく。彼女に力を与えてくれた人たちに、彼女も力を与えていることに心が動かされる。それぞれが少しずつ頑張って、互いに励まし合うことで勇気づけられ、成長していく。

 

 タワマンの一室でフワフワしていた主人公が、ラストでは地に足を着け、しなやかに体を伸ばして世界を見られる力を手に入れている。

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本 青山真治

 

脚本 池田千尋

 

原作 空に住む (講談社文庫)

 

出演 多部未華子/岸井ゆきの/美村里江/岩田剛典/鶴見辰吾/岩下尚史/髙橋洋/大森南朋/永瀬正敏

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音楽 長嶌寛幸

 

空に住む

空に住む

  • 多部未華子
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「さかなのこ」 2022

さかなのこ

★★★★☆

 

あらすじ

 小さなころから魚が好きだった少年は、将来、魚の博士になることを夢見て成長していく。

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 さかなクンの半生を描いた作品。

 

感想

 魚好きの少年であった主人公が「さかなクン」になるまでの半生が描かれる。特異なキャラである「さかなクン」だが、幼少期の母親の影響が大きいことがよく分かる。魚に興味を示す主人公が望むことを、母親はすべて叶えてあげようとしている。

 

 親なら誰だって子の望みを叶えてあげたいものなのだろうが、近所の怪しげな魚好きのおじさんの家に一人で行かせたり、好きなことだけやって勉強が出来なくても構わないと注意しなかったりと、彼女の場合は度を越している。子供を甘やかし続けたらどうなるかの実験でもしているのかと疑ってしまうほどだ。狂気すら感じるが、その根底にあるものは見えない。

 

 

 そんな環境で伸び伸びと育った主人公はもちろん自由だ。当然学校に行けば目立ってしまう。さっそく同級生たちの、いじめに発展しそうなからかいの対象となる。だが主人公がこの試練を軽々と切り抜けてしまったのは可笑しかった。そうやって対処すればいいのかと感心してしまった。

 

 ここからは主人公の孤高ぶりが際立つ。独自の道を突っ走る彼に、誰もが調子を狂わされ、彼のペースに巻き込まれていく。これくらい突き抜けていたらもはや彼をどうこうしようとする気はなくなって、無条件で認めるしかなくなるのだろう。彼自身はそれほど友だちを求めているようには見えなかったが、自然と周りに人が集まってくる。水と油に見えたヤンキーたちとの交流は微笑ましかった。

 

 だがそんな主人公も、学校を出てからは苦労する。自分の好きなことをやり続けたくても、その前に生活をしなければならない。魚関係の仕事をしつつ、どこか満たされない悶々とした日々を過ごすことになる。やりたいことがはっきりしていてもそれが世にある職業でない場合、社会と折り合いをつけるのは難しい。

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 壁にぶつかっていた主人公が、彼のキャラを愛する昔の仲間たちの協力によって世に出ていくことになる流れは感動的だった。与えられた仕事だからとそこで頑張り続けるのではなく、向いてないなと思ったらちゃんと辞め、やりたいことを求め続けたことも大きいだろう。もしかしたらクビにされた方が多かったのかもしれないが。

 

 初のテレビ出演時、収録中のスタッフたちが皆一様にニコニコしていたのが印象的だったが、主人公にはそうやって温かく見守りたくなる何かがある。そんな主人公を演じるのんが素晴らしかった。彼女が演じることでさかなクンの中性的なキャラも際立ち、おそらく男性が演じるよりも2割増しくらいで魅力的になっていた。つまり、さかなクンはのんくらい可愛いキャラということになるのか?

 

 好きなことを突き詰めていけばこんな未来が待っているかもよ、という物語だが、実際はそんな簡単な話ではないだろう。主人公だってさかなクンが演じていた近所のヤバい魚好きのおじさんのようになっていた可能性だってある。

 

 しかも冷静に考えれば、つぶしの利く「魚」を好きになったのも幸運だった。例えば「妖怪」とか別のものが大好きになっていたら、それで生きていくのはもっと難しかったはずだ。妖怪関係の仕事なんてアルバイトでも簡単に見つからない。

 

 のびのびと育ち、「普通」には目もくれずにオリジナルな道を突き進んだように見える主人公だが、家族がいつの間にかいなくなっていたり、転がり込んできた女友達に人並みな幸せを思い描いてみたりと、必ずしも何の悩みも苦労もない、順風満帆な恵まれた人生を歩んできたわけでないことが垣間見える描写もあり、深みがある。

 

 さかなクンのキャラクター通りのコミカルで面白い映画だ。そして、楽しい中にも色々と考えさせられてしまう映画でもある。

 

スタッフ/キャスト

監督/脚本 沖田修一

 

脚本 前田司郎

 

原作 さかなクンの一魚一会 ~まいにち夢中な人生!~

 

出演 のん/柳楽優弥/夏帆/磯村勇斗/岡山天音/さかなクン/三宅弘城/井川遥/宇野祥平/鈴木拓/島崎遥香/賀屋壮也/長谷川忍/豊原功補/

 

さかなのこ - Wikipedia

 

 

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