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個人的な映画・本・音楽についての鑑賞記録・感想文です。

「天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々」 2013

天才たちの日課

★★★★☆

 

内容

 作家や音楽家、芸術家、映画監督などの「天才」たちが、日々どのような日課で暮らしていたのか、それぞれ調査したものが挙げられていく。

 

感想

 作家や音楽家など、主に芸術分野で功績を残した人たちのルーティンがまとめられている。彼らの華やかな一面や面白いエピソードが語られることはあるが、人生の大半を占めていたであろう何でもない普通で地味な一日をどう過ごしていたのかを知ることはほぼなかったので興味深かった。ちなみに日本人では村上春樹のルーティンが紹介されている。

 

 たくさんの人物の日課が挙げられているので、それらを比較できるのも面白い。クリエィティブな仕事をしている人たちだから、さぞやオリジナルで独創的な日常を過ごしているのかと思いきや、意外にも共通点が多くて皆同じようなことをしている。だいたい早起きで日中に仕事をし、合間に散歩や昼寝をする。

 

 

 もっと夜型の人間が多いのかと思っていたが、日中に活動することが基本となっている世の中では、結局それに合わせた方が都合がよいのだろう。特に家族がいたらそうせざるを得ない部分もあるはずだ。歳を重ねるにつれて、自然とそんな生活に落ち着いていくのかもしれない。

 

 中には変わった習慣を持つ人たちもいて、彼らが何歳まで生きたのかも気になってくるのが面白い。心理学者のカール・ユングが、敢えて文明に頼らない原始的な生活を送っていたというのは意外だった。

 

 それから皆、本当によく散歩をする。特に昔は、家で出来ることが限られていたから、ずっと籠っていると飽き飽きとしてしまったのだろう。犬が散歩にテンションが上げているのをどこか滑稽な気持ちで見ていたが、人間もさして変わらないのだなと気づいた。逆に考えると、犬も家の中で五感を刺激する面白いものに囲まれて飽きない生活が出来るようになれば、散歩をダルく感じるようになるのかもしれない。

 

インスピレーションは信じなかった。そんなものがくるのを待っていたら、年にせいぜい三曲しか作れないといって、毎日こつこつ仕事をするのを好んだ。

p202 「ジョージ・ガーシュウィン」

 

 本書に登場する著名人は、普通の人々とさして変わらない日常を送っていると言ってもいい。だが普通の人と決定的に違うのは、仕事に取組む姿勢だろう。妥協なくとても勤勉に取り組んでいて、仕事に熱中していることがうかがえる。読んでいるうちに影響されて、なんだか分からないが自分も頑張ろう、とやる気になってくる。

 

 天才になれる日課などないが、自分に合った仕事に熱中できる生活リズムを見つけることは大事なのだろう。本書で紹介された天才たちの日課を色々試し、自分に合っていれば取り入れていくのも良さそうだ。

 

スタッフ/キャスト

メイソン・カリー

 

天才たちの日課

天才たちの日課

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関連する作品

 

 

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「気狂いピエロ」 1962

気狂いピエロ (新潮文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 なかなか仕事が見つからず、妻や子供に対して肩身が狭い思いをしていた失業中の男は、ある日ベビーシッターの若い女と関係を持つが事件に巻き込まれてしまう。原題は「Obsession」。

 

感想

 一夜の浮気ですべての人生が狂ってしまった男の物語だ。だが運が悪かったとか、魔が差したとかではなく、自らその道を選んだように見えた。定職が見つからず、妻には拒絶され、子供たちには相手にされない中年男にとって、この延長線上にある人生にはもはや何の魅力もなかったのだろう。

 

 人生に絶望を感じていた主人公の前に現れたのが、なにを考えているのか分からない気ままで美しい若い女だ。吸い込まれるように彼女と関係を持ってしまったことから、主人公は事件に巻き込まれていく。最初はまだ、その場で警察を呼んでいればただの事件関係者の一人でしかなかったのに、彼は彼女と一緒に逃げることで事件の当事者となることを選んだ。この時点でもはや彼女に人生を捧げると決めたようなものだ。

 

 

 その後は華麗なる逃亡生活を送ったり、裏の世界の実力者に見つかって半殺しの目に遭ったり、大金を狙う犯罪計画に加わったりと、まさに犯罪小説らしさ溢れる物語が繰り広げられる。しがない中年男かと思っていた主人公が意外とやり手で機転が利き、賢く立ち振る舞うのが面白い。彼はもともと売れない脚本家だったので、その手の知識をそれなりに持っており、創造力もある男だったのだろう。

 

 これらの間、主人公は何度も女に裏切られるのだが、それでも彼女を追い続ける。彼女が彼を愛していないことを知っており、彼自身もまた彼女を愛していないことが分かっているにも関わらずだ。彼女の魅力にはどうしても抗えない。まさにファム・ファタール、運命の女だ。

ファム・ファタール - Wikipedia

 

 それなりの年齢に達した男が、若い女に振り回されて人生をめちゃくちゃにされたい、という願望を持つのはなんなのだろう。どんなに燃えてもやがては落ち着いてしまう恋愛ではなく、限界を超えて燃え上がり、そのまま燃え尽きてしまいたいと思うのかもしれない。馬鹿らしいと思いながらも、心のどこかでは分からなくもないと感じている自分がいる。こういった感覚は女性にもあるのだろうか?

 

 ヌーヴェルヴァーグの代表作として知られるジャン=リュック・ゴダールの映画「気狂いピエロ」の原作小説だ。ずっとタイトルの読みは「きぐるいピエロ」だと思っていたのだが、「きちがいピエロ」と読むことを初めて知った。まだ映画は見ていないのでぜひ見たい。

 

著者

ライオネル・ホワイト

 

 

 

登場する作品

*翻訳では「マイ・フェア・レディ」

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カサブランカ (字幕版)

 

 

関連する作品

映画化作品

気狂いピエロ

気狂いピエロ

  • アンナ・カリーナ
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「黒牢城」 2021

黒牢城 (角川書店単行本)

★★★★☆

 

あらすじ

 1578年、織田信長に謀反を起こし伊丹有岡城に立てこもった荒木村重は、城内で起こった事件の謎を、地下牢に押し込めていた信長の使者で軍師である黒田官兵衛に解かせようとする。直木賞受賞作。

www.youtube.com

 

感想

 戦国時代、織田信長に謀反を起こした荒木村重が、籠城中に起きた数々の事件を地下牢に閉じ込めていた黒田官兵衛が解決していくミステリーだ。まずその設定が面白い。ただ、二人で仲良く助け合って謎を解くのかと思っていたら、両者バチバチとやり合いながら解決していくスタイルだった。だが、官兵衛からしたら生かさず殺さず囚人にされているわけだから、それを命じた村重と仲良く出来ないのは当然だろう。

 

 そして事件が籠城中の暇つぶしではなく、ちゃんと信長との戦いに備えるために解決しなければならないミステリーとなっているのは説得力がある。城内で起きた不可解な事件を放っておくと流言飛語が飛び交って兵の士気が下がり、やがては城主への忠誠心が薄れて寝返りが起きる。戦う前に内部から崩壊してしまいかねない。ちゃんとこれも戦の一環として必然性のあるものとなっている。

 

 基本的には村重がだいたいの推理を行なっていく。だが捜査が行き詰まり、最後の手段として地下牢に赴いて官兵衛に助言を求めるスタイルだ。毎回、村重の話を聞いただけで一発で謎を解いてしまう官兵衛が凄すぎやしないかと思わないでもないが、それでも純粋に謎解きを楽しめた。官兵衛からヒントをもらって地上に戻った村重が行う事件の裁きも面白い。

 

 一向宗や南蛮宗など宗教的な話題が多く、全体を貫いていたミステリーの種明かしにはいまいちピンと来ないところがあった。だが毎回の村重と官兵衛の緊張感あふれやり取りは読みごたえがあり、官兵衛が単なる好奇心や親切心で謎解きをしていたわけではないことが分かるクライマックスは心躍るものがあった。

 

 

 この荒木村重の謀反は、一族郎党は皆殺しにされたのに本人だけはなぜか生き残る不思議な結末を迎えるわけだが、それに官兵衛がこの物語のように関与していたなら、なんだか分かるような気がするなと納得してしまいそうになる。いろんな夢想をしてしまう物語だった。

有岡城の戦い - Wikipedia

 

 

著者

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登場する作品

黒田官兵衛/荒木村重

 

 

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「ゴドーを待ちながら」 1952

ゴドーを待ちながら (ベスト・オブ・ベケット)

★★★☆☆

 

あらすじ

 「ゴドー」と呼ばれる人物を待ち続ける二人の男。戯曲。

 

感想

 いつまで経ってもやって来ないゴドーを待ち続ける二人の男の物語だ。彼を待ちながら時間つぶしに二人で雑談し、通りすがった男らと交流する様子などが描かれる。一応、悲喜劇とあるので笑えるようなシーンもあるのだろうが、戯曲だけではそれはあまり伝わってこなかった。実際に演劇で見たら面白いのかもしれない。

 

 この戯曲は、最後までゴドーが現れないことがミソだ。それでこのゴドーとは誰なのだ?という話なのだが、巻末の解題によると、ゴドーとは「God(神)」のことだとする説もあると紹介されている。二人の男たちは、神の出現を待ち続ける人々のメタファーだとすると、不条理に思えた物語にも腑に落ちる部分が出てくる。途中でゴドーの使いを名乗る者がやって来るが、本物かどうかはわからない。これもまた時々現れるどこか怪しい自称・神の使者たちの比喩なのかもしれない。

 

 それを足掛かりに考えていくと、この戯曲は人生そのものを描いているのかもしれないと思い至った。人々は毎日やって来ては何か食べ、誰かと話し、そして頃合いを見て帰っていく。人生とはそんな日々の繰り返しだ。次第にルーティン過ぎて昨日と一昨日の区別さえつかなくなっていく。いつもと違うことがあったとしても、もはやそれがいつのことだったか、正確には思い出せない。

 

 

 そしてそれは死が訪れるまで続く。永遠にも思えるような日々の連続だが、気付かないくらいの速度で人々は少しずつ確実に老いている。ゴドーとは「死」のことなのかもしれない。彼がやって来たら人生は終わる。

 

 なにか大層なことをやっているような気になっている人間だが、俯瞰で見てみれば他の動物たちと大して変わらないのかもしれない。人間とは、暇つぶしをしながら死が訪れるのを待っているだけの存在、と見ることもできなくはないだろう。

 

 こんな風に、読んでいたら色んな解釈が次々と浮かんでくるのがこの戯曲の魅力なのかもしれない。登場人物の言動ひとつひとつに注目しながら読み込んでいけば、より深い考察が出来そうだ。

 

著者

サミュエル・ベケット

 

ゴドーを待ちながら - Wikipedia

 

 

この作品が登場する作品

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「山椒魚」 1948

山椒魚(新潮文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 体が大きくなりすぎて、自分の住処から出られなくなった山椒魚の悲哀を描いた表題作他、全12編を収録した短編集。

 

感想

 どの短編もちゃんとしたオチがある終わり方でなく、深く余韻を残すものとなっている。だがしっかりと考え抜かれたうえで構成し、組み立てられていることが窺える内容だ。適当にアドリブで書き散らしているわけではない。

 

 また、全編を通して登場人物たちが喋る方言がバラエティに富んでいるのが印象的だった。巻末の解説にもあったが、著者にこだわりがあるのか、忠実に方言を文字にしているので、逆に何と言っているのかよく分からないシーンもあるくらいだった。日本各地のいろんな場所を舞台にしている、ということでもある。

 

 

 代表作と言われている表題作の「山椒魚」は、最初はするっと読んでしまい、いまいちピンと来なかったが、再読して見たらユーモアだけでなく、風刺やペーソスが込められた比喩的な物語であることに気付いた。

 

 一時期もてはやされた「ゆでガエル理論」とよく似ているかもしれない。案外、日本が再浮上するために過去にしがみつくのを止めようとする時に、この短編が注目されることがあるのかも、と思ったりした。日本をこの山椒魚になぞらえて。

 

 いくつか気に入った短編があったが、中でも単なる鷲のバードウォッチングをするだけの話から、一つの偶然の出会いをきっかけに主人公の空想の翼が大きく広がり、ダイナミックな展開を見せる「大空の鷲」が面白かった。

 

著者

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山椒魚 (小説) - Wikipedia

 

 

この作品が登場する作品

「山椒魚」

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「掛持ち」

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「わたしを離さないで」 2005

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 「介護人」として「提供者」の世話を続ける女は、成人するまで暮らしていた全寮制の学校での思い出を振り返る。

 

感想

 介護人である主人公が、成人するまでを過ごした全寮制の学校時代の暮らしや友人たちとの思い出を回想する物語だ。主人公のどこか違和感のある思い出話を聞いているうちに、彼女たちの秘密が明らかになっていく。ただ、その秘密が簡単に推測できてしまうものだったので、その種明かし自体にはあまり面白みがなかった。

 

 それにその秘密自体も今となってはそんなに真新しいものではない。この本が書かれた当時なら新鮮だったのかもしれないが、個人的にはかなり今さら感があった。訳者あとがきで、著者がネタバレを気にしていなかったことが明かされているので、そもそも著者はミステリー的なものを書きたかったわけではないのだろう。

 

 

 著者が描きたかったのは、おそらく主人公たちの日常生活だ。友人と喧嘩したり、自己主張したり、恋をしたり、悩んだりする様子が丹念に描かれている。自分たちとは違うと思っている者たちが、自分たちと同じように考え、同じような経験をしていることがよく分かる。

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 それと同時に、彼らが驚くほどすんなりと自分たちの運命を受け入れているのも印象的だ。自分たちがどんな存在なのかを知ったら、ショックで落ち込んでしまいそうなものだが、特に取り乱す様子もなく淡々と過ごしている。

 

 だが考えてみれば、わずか80年ほど前の日本人男性だって、戦場で死ぬことが当然と考えて生きていたわけだから、人間とはいとも簡単に状況に適応してしまうものなのだろう。もしかしたら今の我々だって後世の人から見たら信じられないような何かを普通に受け入れて、暮らしているのかもしれない。

 

 彼らの人生や思いがしっかりと丁寧に描かれている物語だとは思うが、ですます調の文体だったり、子供の話だったり、うわさ話だったりと、自分の苦手な要素が多くてあまりピンと来なかった。そこまで気分が乗れない作品だった。

 

著者

カズオ・イシグロ

 

わたしを離さないで - Wikipedia

 

 

登場する作品

マイ・フェア・レディ (字幕版)

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ダニエル・デロンダ(上) (ジョージ・エリオット全集)

戦争と平和1 (光文社古典新訳文庫)

オデュッセイア(上)

千夜一夜物語 巻1の1

 

 

 

関連する作品

映画化作品

 

 

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「性的人間」 1968

性的人間 (新潮文庫)

★★★★☆

 

あらすじ

 裕福な家庭で育ち、仲間と怠惰な日々を過ごしていた男が、やがて痴漢を行なうようになる表題作のほか、「セヴンティーン」「共同生活」の3つの中編小説を収録。

 

感想

 表題作は、退廃した生活を送っていた主人公が仲間から離れ、痴漢をするようになる後半がすごい。痴漢の矜持のようなものを熱っぽく語る文章には迫力があった。道徳心を満足させるために小説を読んでいる人にはあれかもしれないが、面白かった。

 

 しかし考えてみれば、バレたら自分が今まで積み上げてきたものがすべて一気に崩れ去ってしまう行為なのに、その危険を冒してまで痴漢を行なう人が世のなかにたくさんいるのはすごいことだ。しかもそれで得られるのは束の間の欲望の満足だけで、普通の人間にはまったく割が合うとは思えない。それだけ性欲とは抑え難いものだということなのかもしれないが、それらをすべてわかった上でそれでもやる意識の高い痴漢は世にどれだけいるのだろうか。

 

 

 「セヴンティーン」は、左翼的な考えを持っていた少年が右翼となる話だ。この本に収められている小説はどれも他者の目を強く意識する描写が多いが、この小説の主人公は、右翼となることで他者の目をはねつけようとする。

 

おれはいま自分が堅固な鎧のなかに弱くて卑小な自分をつつみこみ永久に他人どもの眼から遮断したのを感じた。《右》の鎧だ!

p199

 

 弱くて情けない本当の自分を見透かされる恐怖をそれで防御しようとするのだが、確かに「右翼」はその格好の隠れ蓑となってくれるのかもしれない。古くから言われてきたことをただ同じように叫ぶだけでいいし、新しい考えを求められることもない。本当の自分をさらけ出す必要がなく、安心だ。

 

 自意識への対処の仕方は色々あると思うが、結局は折り合いよくやっていくのが最善で、強引に何かで覆い隠そうなどとしないほうが良いのだろう。そうするとやはり無理が生じてしまう。世の中には自意識に気付かぬまま楽しく過ごしている人も多いので、これに苦悩してしまうのは気付いてしまった者の苦しみと言えるかもしれない。こじらせるとさらにとんでもないことになってしまうので厄介だ。

 

 

著者

大江健三郎

 

性的人間 - Wikipedia

セヴンティーン - Wikipedia

 

 

登場する作品

「旅へのいざない」 ボードレール

明治天皇と日露大戦争 [DVD]

古事記 (岩波文庫)

明治天皇御製集

「(マイン・カンプ)わが闘争(上) (角川文庫)

天皇絶対論とその影響 谷口雅春 光明思想普及会/生長の家 天皇絶対論 天皇絶対 生命の実相

 

 

関連する作品

「セヴンティーン」

「政治少年死す」(「セヴンティーン 」第二部)収録

 

 

この作品が登場する作品

「セヴンティーン」

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「モテるために必要なことはすべてダーウィンが教えてくれた 進化心理学が教える最強の恋愛戦略」 2022

モテるために必要なことはすべてダーウィンが教えてくれた 進化心理学が教える最強の恋愛戦略

★★★★☆

 

内容

 進化論の観点から見たモテる方法を解説する。原題は「Mate: Become the Man Women Want」。

 

感想

 世にはびこる間違った通説やマインドコントロール的な手法ではなく、進化論的にみたモテる方法が紹介されていく。ちなみにこの本で紹介されているのは男性のモテる方法のみだ。だが女性もこれを読むことで、いい男性の選び方を学べ、また自身の男性観の致命的なバグに気付くことができるかもしれない。

 

 序盤にまず、男性と女性の違いについての説明がある。これが分かっているようで実はわかっていなかった、ということが案外多くて興味深かった。そんな中で、女性を理解するためには、もし自分がゲイで、筋骨隆々のゲイのアメフト選手やバスケ選手が集うバーに行ったらどんな態度・行動を取るか想像してみるとよい、という話は分かりやすかった。

 

 

 興味がある人がいてもグイグイとはいかず、まずはヤバい人でないか、力ずくで来る人でないか、慎重に見極めようとするだろう。これは理解の助けになりそうな有用な思考実験だと思うが、それをすること自体に拒否反応を示す“男らしい人”は多いかもしれない。だが、そういう状態で常に女性は過ごしているわけだ。

 

 それを学んだ後は、女性にモテるために必要なことが色々と挙げられていく。当然様々な要素があるのだが、そのどれか一つに特化するのではなく、まんべんなく身に付けることが重視される。女性はヤバい男にひっかかると失うものが大きいので、できるだけその兆候がある男は避けようとするからだ。何かが欠けている男は、その可能性が高いとみなされてしまう。

 

 つまりモテる男になるためには、すべてを兼ね備えた男にならなければいけない。結局、パーフェクトな男になる必要があるのかよと、当たり前過ぎる結論にがっかりしてしまったのは否めない。だが何が必要かを知っているだけでも、かなり変わって来るはずだ。少なくともそれに取り組む機会があれば、ポジティブな気持ちで望めそうだ。確かこれもモテる要素の一つだったから、とりあえずやっておこう、みたいな。

 

 たくさん紹介される男女の違いや接し方などを読んでいると、もしかしたらジェンダー教育もここからスタートすればうまく行くのではないか?という気がしてきた。男女平等から入ると、平等なはずなのに男はズルい、いや、女はズルいとなって対立し、果てにはミサンドリーやらミソジニーやらをこじらせる人間が出てきてしまう。だがほとんどの男女は異性のパートナーが欲しいと思っているのだから、まずはモテたいよね、から入れば無駄な対立は防げるかもしれない。

 

 しかし逆説的ではあるが、女性は「好意的な性差別者」(守ってくれる男)を、職場ではなく恋愛的なつながりにおいては、魅力的だと判断する。さらに、「好意的な性差別」に価値があるとする女性は自分の人生への満足度が高い。

 つまり、難しいのだ。(後略)

p212

 

 互いの理解を深めた後に、でも男女の関係は恋愛だけじゃないよね、職場や学校などそれ以外の場でどうするべきか考えてみよう、と進めばスムーズだ。そうすれば、恋愛局面じゃない場面でその要素を持ち出すのは駄目だよね、なんて意見も自然と出てくるかもしれない。それぞれが深く考えるようになる。不都合に思えるような真実を知ったとしても、鬼の首を取ったように嘲り、憎悪を募らせることはないだろう。

 

 それから、自分が今、女性にどんな関係を求めているのかをまず自分で理解していないといけない、と述べているが、それが結婚であれ一夜の関係であれ構わない、としているのは好感が持てる。自分がどうしたいのかをまず理解した上で、同じものを求めている女性と関係を持てば誰も傷つかずに済む。彼を知り己を知れば百戦殆(あやう)からずだ。

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 読めばすぐにモテるようになるとは思わないが、そのスタート地点には立てたと思える本だ。とりあえず女性の視点について十分に知っておくだけでもライバルにかなりの差をつけられるはずだ。あとは必要な能力を徐々に身に付けていけばいい。もっと若いうちに読んでおきたかった。

 

著者

ジェフリー・ミラー/タッカー・マックス

 

監訳 橘玲

 

モテるために必要なことはすべてダーウィンが教えてくれた - Wikipedia

 

 

登場する作品

ザ・シークレット (角川書店単行本)

ロッキー (字幕版)

パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち (字幕版)

フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ〔上〕

フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ (字幕版)

羊たちの沈黙

ターミネーター [Blu-ray]

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愛のエチュード [DVD]

タイタニック (字幕版)

 

 

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「さようなら、私の本よ!」 2005

さようなら、私の本よ!

★★★★☆

 

あらすじ

 別荘で怪我の静養をする老作家は、絶縁状態から再び交流を持つようになり、隣に住み始めた幼なじみが企てる活動に巻き込まれていく。「おかしな二人組」三部作の三作目。

 

感想

 三部作の三作目とは知らずに読み始めてしまい、最初は登場人物らの関係がなかなか把握できずに戸惑ってしまった。だが一度把握してしまえば、その後は支障なく読み進められる。

 

 けがで入院し、退院後、静養のために軽井沢の別荘で暮らし始めた老作家が主人公だ。親交が復活し隣家で暮らすようになった幼なじみの友人が、出入りする若者らと不審な動きを見せており、主人公はそれに巻き込まれていく。ただし、騙されたとか利用されたとかではなく、面白がってそれに乗ろうとしている。それと共に、失われていた主人公の創作意欲は、回復の兆しを見せ始める。

 

 

 しかしほとんどの友人・知人を亡くし、自身も先が長くないことを自覚している主人公は、生きているうちに自身の仕事によって理想や希望が実現するのを見ることはないだろうと悟るようになっている。もはや本という形式にこだわって世界を変えようとは考えてはおらず、どんな形であれ、一歩でもそれに近づくことができればそれでいいと考えているように思えた。

 

 そのために、主人公は自身の考えを、また自分が受け取って来た友人たちの言葉を誰かに伝えようとしている。友人に従う若者たちと語り合うのもそうだし、終盤で彼が行っていた「徴候」を書き留め続ける作業もその一環だろう。これまでのように本ではなく、今現在の主人公の最新の言葉で語ろうとしている。もはや悠長に本にまとめている時間などない、と考えているかのようだ。

 

 もう数年もすれば自分はこの世からいなくなるだろうと考えながら生きるなんて、物悲しいような気がしてしまうが、そんな歳になれば普通にそれを受け入れられるものなのだろうか。

 

 それに自分がいなくなった後の世界なんてどうでもいい、となりそうなものだが、それでも世界のために出来ることはやっておこうと黙々と書き続ける主人公は強い。なんでも仕方がないと言い訳し、冷笑することで何とか自分を保とうとしている人間なんかより全然若い。

 

 

著者

大江健三郎

 

さようなら、私の本よ! - Wikipedia

 

 

登場する作品

ロリータ (新潮文庫)

「The Gift(賜物〈上〉 (福武文庫))」

岩波文庫 ハックルベリィ フィンの冒険 上下2冊

「ニルス・ホーゲルソンの不思議な旅(ニルスのふしぎな旅〈1〉[全訳版] (偕成社文庫))」

「ゲロンチョン」 T・S・エリオット

エリオット (1954年) (鑑賞世界名詩選)

ロード・ジム

四つの四重奏曲

「Dandelion」*

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「耳で聞く想像力(オーデイトリ・イマジネーシヨン)」「Art of T. S. Eliot」所収

「バーント・ノートン」 T・S・エリオット

エリオット詩集 (海外詩シリーズ)

「アルフレッド・ブルーフロックの恋歌」 T・S・エリオット

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「ノミの幽霊(蚤の幽霊)」 「新しい人よ眼ざめよ (講談社文芸文庫)」所収

豊饒の海  全4揃

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個人的な体験(新潮文庫)(A Personal Matter)」

「The Funeral」*

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夜の果てへの旅(上)-新装版 (中公文庫 セ 1-3)Voyage Au Bout de Nuit (Folio Plus Classique))」

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罪と罰 1 (光文社古典新訳文庫)

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「Seventeen(セヴンティーン)」

*所収

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「ある指導者の幼年時代(一指導者の幼年時代)」 「水いらず (新潮文庫)」所収

未成年1 (光文社古典新訳文庫)

Les Bêtes" et "Le Temps des mortsけものたち・死者の時 (岩波文庫))」

ソラリス (ハヤカワ文庫SF)

Romans 1 (Leatherbound edition)

Cahiers Celine 12: Lettres a Pierre Monnier 1948-1952

セリーヌの作品〈第1巻〉夜の果てへの旅

セリーヌの作品〈第7巻〉城から城

「イースト・コウカー(イースト・コーカー)」 T・S・エリオット

「死と王の先導者(Death and the King's Horseman)」

「リトル・ギディング」 T・S・エリオット

神曲 地獄篇 (河出文庫)

荒涼館(1) (ちくま文庫)

静かな生活<Blu-ray>(A Quiet Life)」

西遊記 1 (岩波文庫)

白痴1 (光文社古典新訳文庫)

 

 

関連する作品

前作 「おかしな二人組」三部作 第二作

 

 

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「異常【アノマリー】」 2020

異常【アノマリー】

★★★★☆

 

あらすじ

 フランスからアメリカに向かった飛行機は着陸寸前にかつてない乱気流への突入を余儀なくされるが、その後、乗客たちの身に不思議なことが起きる。ゴンクール賞受賞作。

 

感想

 序盤は多様な人物のそれぞれの日常が一人ずつ順番に描かれていく。共通点のないバラエティに富んだエピソードが次々と展開されるので、最初はその関連性がよく分からない。だが読み進めるうち次第に、彼らが以前、同じ飛行機に乗り合わせていたことが分かってくる。そして、一通り登場人物の各物語が語られた後に、そのフライトで起きた不思議な出来事の正体が明らかにされる。

 

 この出来事によって三か月後、登場人物たちは飛行機に乗っていた時の自分の分身に遭遇することになる。最初は登場人物たちの人生が交錯することで織りなす人生模様が描かれるのだろうと予想していたので、この突飛な展開には驚いてしまった。この後も乗客同士の人生が交わることはない。

糸

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 その代わりに描かれるのは、各登場人物が三カ月前のもう一人の自分と対峙する物語だ。その間に恋人ができた人もいれば、別れた人もいる。また妊娠した人も、病気で余命わずかだと診断された人もいる。さらには自殺した人だっている。わずか三カ月でも色々なことが人生では起こり得るのだなとしみじみとしてしまう。三カ月前の自分に会ったらアドバイスを送りたい人もいれば、疎ましく感じる人だっているだろう。

 

 

 それに自分は二人存在するが、財産や所有物、仕事などの身分は一つしかない。それらをどう分け与えるかは問題になってくる。そして最も難問なのが家族などの人間関係だ。二人で家族を共有するのは難しいし、相手だって二人を相手にするのは戸惑うはずだ。三ヶ月の変化を踏まえ、登場人物たちがもう一人の自分とそれらをどう処置するのか取り決めていく過程には、様々なドラマがあった。

 

クズどもはつねに愛国心に逃げ場を見いだす。

p70

 

 そんな中で、SF物で徹夜をするのはいつも科学者だから、たまには哲学者にも徹夜させるべきだと主張したり、名指しはしていないがトランプ元大統領を皮肉ったりと、ニヤリとさせる風刺やジョークが随所にたくさん散りばめられているのも面白かった。中でも、科学者が適当に用意したマニュアルがSF映画からの丸パクリだとバレてしまう場面は笑えた。

 

 各人物のそれぞれジャンルの違う物語を一度に味わえる構成は見事で、幕の内弁当的な楽しさがある。そしてその一つ一つに、人生について考えさせられる深みもある。読みごたえがあって堪能できた。

 

著者

エルヴェ・ル・テリエ

 

 

 

登場する作品

レッド・ドラゴン (字幕版)

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風と共に去りぬ(第1巻~第5巻) 合本版

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博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか

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デューン 砂の惑星〔新訳版〕 上 デューン・シリーズ (ハヤカワ文庫SF)

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マトリックス (字幕版)

方法序説 (岩波文庫)

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フォレスト・ガンプ/一期一会 (字幕版)

「ダイスマン」 ルーク・ラインハート

ボディ・スナッチャー/恐怖の街 [DVD]

ロミオとジュリエット

楡の木陰の欲望 (岩波文庫 赤 325-1)

凸面鏡の自画像

戦争と平和1 (光文社古典新訳文庫)

 

 

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「高瀬川」 2003

高瀬川 (講談社文庫)

★★★★☆

 

内容

 作家の男が女性記者とホテルで一夜を過ごす様子を描いた表題作のほか、全4編の短編集。

 

感想

 各ページに文字がまばらに並ぶ作品や、二段組と一段組が混じった構成の作品など、実験的な作品が並ぶ。内容も難解なものから読みやすいものまで多様だ。

 

 そんな中で印象に残ったのは表題作の「高瀬川」だ。若い男女がラブホテルで一夜を過ごす様子が詳細に描写される。ほぼ官能小説みたいなものだが、時おりお互いの思惑が食い違ったり思わぬアクシデントで、アンガールズのジャンガジャンガのような瞬間が訪れるのが面白い。お互いに顔を見合わせて「え?」と見つめ合ってしまうような瞬間だ。

 

 その場の雰囲気に相応しくないことが起きて、ふと我に返ってしまうことはよくある。ちなみにこの短編を読んでいる時も、ふと我に返り、自分は真面目な顔をして何を読んでいるのだ?と苦笑してしまう時があった。

 

 

 人生にはシリアスやコミカルなど、様々なテイストの調子が常に同時に流れている。普段はそのどれかを意識的にピックしているが、無意識に別の調子を拾ってしまうこともある。また、そのどれかだけを意識的にピックしていくことによって、人生を悲劇にも喜劇にもすることができる。人生なんて捉え方次第だ。

 

 そしてことが終わった後に一転して文学的になるのも良かった。そしてそれは滑稽でもあり、哀しみを感じさせるものでもあった。いい余韻に浸れる読後感だった。

 

著者

平野啓一郎

 

 

 

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「故郷/阿Q正伝」 2009

故郷/阿Q正伝 (光文社古典新訳文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 20年ぶりに故郷に戻り、少年時代のヒーローだった幼馴染と再会する「故郷」など、魯迅の代表的な作品を収めた作品集。

 

感想

 魯迅の主要な作品が並ぶ作品集だ。だがいまいちピンと来ない作品もいくつかあった。ただ、激動の時代の中国で、著者は人々が普段は見せない一面を何度となく見てきたのだろうと想像してしまうような内容のものが多かった。

 

 そんな中で心に残ったのは、著者の代表作でもある「阿Q正伝」だ。皆に馬鹿にされながらも、誰かを見下したり、自分は相手に勝っていると思い込むことで、自尊心を保つ男・阿Qが主人公だ。彼はそうやって生きているのだが、実際は下に見ている相手からも軽視されているし、精神的に勝っているつもりの相手に普通に虐げられている。それでも強がって、ありえない一発逆転の機会が訪れるのを待っているのが物悲しい。

 

 

 阿Qの姿は、ネットで見かける一部の人たちのことを思い起こさせる。匿名で弱者を叩き、誰かに歩調を合わせて有名人を誹謗することで自分が偉くなったかのようような気分を味わっている。そして、自分は不幸でないのだと必死に思い込もうとしている。

 

 いつの時代もこういう人たちはいるし、誰の心の中にもこういう一面はあるのだろう。だが虐げられ、報われない世の中であればあるほど、こういった人たちは増えるような気がする。どんなに抵抗しても無駄ならば、あきらめて現実から目を背け、都合よく言い訳しながら、無気力にやり過ごそうとするのは仕方がないことなのかもしれない。いわゆる「学習性無力感」という現象だ。

 

 阿Qは悲しい末路を辿るが、強がっていたけど振り返れば恵まれない人生だったなと最後に気付くのと、最後まで俺は全然不幸じゃない、これは仕方がないことだと自分に言い聞かせながら死ぬのとでは、どちらが良いのだろうかと考えてしまった。どちらにしても悲しいのには違いがないが。

 

 現代版「阿Q正伝」も読んでみたい気がしたが、きっと自分が知らないだけで既に誰かが書いているのだろう。それにいくらでもあるような気もする。

 

 

著者

魯迅

 

阿Q正伝 - Wikipedia

 

 

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「この人の閾」 1995

この人の閾 (新潮文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 仕事で小田原を訪れるも空き時間を持て余すことになった男は、かつての大学の先輩でこの地に暮らす女性に会いに行く。芥川賞受賞作の表題作を含む4つの短編集。

 

感想

 なにか劇的な出来事が起こるのではなく、主人公が内面で思考を巡らし、心が動く様子を丁寧に描いた物語が並ぶ短編集だ。それは時に散歩だったり、時に誰かとの会話だったりと何気ない日常のワンシーンの中で行われる。

 

 表題作では、主人公が久しぶりに会った大学の先輩の家の庭で、一緒に草むしりをしながら会話する中で、それが行われている。単純にそのシチュエーションが可笑しいのだが、会話の内容自体は雑談のような、一見他愛のないものとなっている。

 

 

 その中で主人公は、十年ぶりに会う先輩の女性の変わった部分、変わっていない部分、また新たに気付いた部分などを見つけていく。そしてそれは何も現在の彼女についてだけでなく、昔の学生時代の彼女についての新しい発見もあったりするのが面白い。そうやって人は、過去や現在をグルグルと変えている。

 

 これは主人公らが話題にしていたように、人は光が当たっている場所しか見ない性質があるからなのだろう。その光の当て方は、時間や場所、状況などにより、刻一刻と変わる。だから見えなかったものが突然見えるようになったり、見えていたものに気付かなくなったりするのだろう。郵便ポストが見つからずに苦労すると、しばらくは街中の郵便ポストが次々と目に入ってきたりする。

 

 そんな人々の行いを、彼らがしている草むしりとリンクさせて示している。最初はどれが雑草か分からないのだが、教えてもらうと容易に判別できるようになる。教えてもらったもの以外は分からず残ってしまうのだが、新たに教えてもらうとまた途端に見分けられるようになる。だが慣れてきても、一つの種類ばかりを集中して抜いてしまって、他の雑草にまったく目が行かないこともある。

 

 そうやって光の当て方を変えることによって、物事の見方を変えることはできる。だがそれでも光の当てられる範囲は、人によってそれぞれ限度がある。それがその人の考え方やものの見方を決めていて、その人らしさを形成していると言えるのかもしれない。そして、光の当て方が違う者同士だからこそ会話が弾み、そこから新たな思索が生まれたりするのだろう。

 

 各短編を読み終わった後に毎回、しばらくじっと考え込んでしまうような余韻があった。物語の中の主人公がした散歩や、誰かとの会話と同じ効果を持っているのだろう。主人公のように思索にふけりたくなる。

 

著者

保坂和志

 

 

 

登場する作品

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旅路 [DVD]

死霊の盆踊り HDリマスター版[DVD]

ムージル著作集 第1巻 特性のない男 1

ローマ帝国衰亡史 全10巻セット (ちくま学芸文庫)

失われた時を求めて 文庫版 全13巻完結セット (集英社文庫ヘリテージ)

 

 

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「私の文学史 なぜ俺はこんな人間になったのか」 2022

私の文学史: なぜ俺はこんな人間になったのか? (NHK出版新書 681)

★★★★☆

 

内容

 作家・町田康が、自身の文学のルーツや創作の裏側、書くことに対する思いなどを語り尽くす。

 

感想

 自分語りなどしなさそうな著者が自身のことを語る。単純にそれだけで面白い。青年期には北杜夫や筒井康隆を読んでいたことも分かり、なんだか意外な気がしたりもした。それから当たり前の話ではあるが、彼も子供の頃には両親からお小遣いを貰って本を買ったりしていたのだなとほっこりした。あまりイメージが沸かないが、彼もありふれた普通の少年時代を過ごしてきたわけだ。

 

 そして著者は、文学に対する様々な考えを赤裸々に語っている。ただ、講演の内容をまとめたものだからというのもあるかもしれないが、正直なところ、分かったような分からないようないまいちピンとこない部分も多かった。

 

 

 だがそれは著者の説明が下手とかそういうことではなくて、普通の人では簡単に理解できないところまで思考を重ねているからなのだろう。何かについて軽く考えて結論を出して終わり、ではなく、その結論をもとにさらに深く考えている。この本で語られているのは、それを何度も繰り返した上でたどり着いた考えのように感じた。だからそれは、何も考えていなかった人間がすぐに理解できるレベルのもののはずがない。

 

 そうやってたどり着いた考えを、著者がちゃんとそのまま伝えようとしているところは好感が持てる。どうせお前らなんかにはわからないだろうとお茶を濁そうとはせず、何とか伝われと努力している。聴衆(読者)に対する信頼を感じる。とても誠実な態度だ。

 

「なめんな、このクソwordが。何、勝手に変換するんや。俺は文学者やぞ」と。

p234

 

 そんな中で時折出てくる、著者らしさを感じる言葉には思わず笑ってしまう。

 

 文学を音楽に例えてみたり、いくつか分類して分析して見せたりする話は分かりやすく、そして面白かった。また創作に関する話も興味深い。特に、誰かに影響を受けることを恐れない、オリジナルを生み出そうなどと傲慢なことは考えない、という話はそうなのかもなと感心した。音楽もそうだが、過去の様々なものがミックスされて新しいものが生み出されている。完全にオリジナルなものなどまずない。

 

 著者がいかに物事に対して深く考えているかがよく分かる内容だった。今や入門書の1ページ目に書いてあるようなことを知っただけで、すべてをわかったような気になってしまう人で溢れる世の中だ。そして深く考えることなく反射的に、専門家にすらマウントを取ろとしている。そんな世の中では、著者のようにすぐに動じず、深く考えられる能力が重要になってくるような気がした。

 

 物事にオートマチックに反応し、何かに熱狂して自分を見失った人生なんて、生きている意味がない。文学の話だが、どのように生きるべきかを考えさせられる本でもあった。

 

著者

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登場する作品

「物語日本史 2 遣唐船物語 羅城門と怪盗」 中沢圣夫

「物語日本史」 学習研究社

羅生門 デジタル完全版

万葉集 全訳注原文付(一) (講談社文庫)

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船乗りクプクプの冒険 (集英社文庫)

遙かな国 遠い国(新潮文庫)

にぎやかな未来 (角川文庫)

笑うな(新潮文庫)

幻想の未来 (角川文庫)

「経理課長の放送」 「農協月へ行く (角川文庫)」所収

夜を走る トラブル短篇集 (角川文庫)

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「セヴンティーン」 

*所収

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「政治少年死す」 「大江健三郎全小説 第3巻 (大江健三郎 全小説)」所収

中原中也全詩集 (角川ソフィア文庫)

浄土 (講談社文庫)

古事記 (岩波文庫)

「掛持ち」 

*所収

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男の愛 たびだちの詩

大菩薩峠(全巻) 改版

パンク侍、斬られて候 (角川文庫)

半七捕物帳〈1〉 (光文社時代小説文庫)

「宇治拾遺物語」 「日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集08)」所収

猫とねずみのともぐらし (おはなしのたからばこ)

蘭学事始 (岩波文庫)

古事記 (岩波文庫)

こぶとりじいさん

赤ずきんちゃん

おらおらでひとりいぐも (河出文庫)

土の記(上)

 

 

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「魯迅評論集」 1953

魯迅評論集 (岩波文庫)

★★★☆☆

 

内容

 中国の小説家・思想家、魯迅が残した評論や随筆、講演録などを収録。

 

感想

 皮肉や風刺、警句などが詰め込まれた随筆や評論が並んでいる。欧米の人が書いたものよりもスッと頭に入ってくるような気がするのは、やはり日本と同じアジアで、似た文化を持っているからなのだろう。序盤は特に切れ味鋭い文章が続く。ふむふむと頷いてしまうことばかりだった。

 

 そんな中で、よく海外から「○○がやって来る」と危惧の声が上がることがあるが、あれは○○が怖いのではなく、「やって来る」の部分が怖いのだ、と言っていたのは面白かった。今の日本だと○○の部分に「移民」だったり「同性婚」だったり、かつてだったら(今も?)「共産主義」などが入るのだろうが、危惧の声を上げる人は別にそれが何だろうと何かが外からやって来ること自体を恐れているのだと結論付けている。確かに、とにかく新しいものなら何でも拒絶する人はいる。

 

 

 これを様々な勢力が乱立し、右に左に揺れた激動の時代の中国を生きた魯迅が言っているから説得力がある。何が来ようととりあえず恐れ、とにかく否定する人たちを何度も目の当たりにしたのだろう。

 

民族のなかには、苦痛を訴えても役に立たぬので、苦痛さえ訴えなくなる民族もあります。そうなると沈黙の民族となって、ますます衰えてゆきます。

p155 「革命時代の文学」

 

 また時代が変わる時の、世間の空気について述べていた個所も興味深かった。これら実体験から得ただろう考察は端々に見られる。

 

 中盤くらいまでは面白く読めたのだが、講演録を収めた後半部分は取り上げるテーマが自分にはマニアックすぎてしんどかった。ここで語られている歴史や人物については、おそらく中国人やその時の観衆には一般常識なのだろう。だがそんな知識がない自分は、まずそれを把握しようとするだけで疲れてしまった。

 

 ある本で引用されていたのが気になってこの本を手に取ってみたのだが、魯迅という人はこんな人だったのかと驚きがあった。この痛烈ぶりでは、敵が多かったというのも納得だ。昔教科書で読んだような記憶はあるが、彼の小説もちゃんと読んでみたくなった。

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著者

魯迅

 

編訳 竹内好

 

 

 

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