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個人的な映画・本・音楽についての鑑賞記録・感想文です。

「都会と犬ども」 1963

都会と犬ども

★★★★☆

 

あらすじ

 ペルーの首都リマの士官学校で寄宿舎生活を送る人種・出身・階層の違う様々な少年たち。別邦題は「街と犬たち」。

 

感想

 最初は物語の構造がよく分からなかったが、何人かの生徒の現在と過去が交互に描かれていく群像劇であることが分かってくる。過去は一人称、現在は三人称だったりするので、それを把握するまでにずいぶんと苦労してしまった。それぞれに共通して登場する人物たちも、誰が語るかによって本名だったり、あだ名だったりと呼び方が違う。

 

 そんな中である生徒のあだ名が「奴隷」なのはびっくりする。ペルーでは割と普通につけられがちなあだ名なのだろうか。本人も普通に受け入れてしまっているようだったが、これだけでも弱肉強食的な力が支配する世界の匂いを感じる。

 

 

 士官学校に集まった生徒たちは人種も出身も階層も様々だ。学校の中が色んな人が集まる一つの都市のようなものだと言える。だが外の世界と違うのはその力関係だ。外では我が物顔で振る舞っている裕福な白人と隅に追いやられているそれ以外の貧しい人たちとの立場が逆転している。軍隊にやって来るメインの層は貧しい者たちだ。その彼らが主導権を握るのは当然のことかもしれない。

 

 これに思春期ならではの少年たちの持て余したエネルギーが加わって、上官たちの目の届きにくい寄宿舎の中は、まるで野生の世界の様相を呈している。いじめに盗みに賭け事に、やり場のない性欲がいろんな形で現れてと、やりたい放題になって暴走気味だ。そんなカオスな世界で生き残るために、それぞれがそれぞれの方法で必死に適応しようとしている。

 

 学校と外の世界、現在と過去で彼らの姿がまるで違ったりするのはそのためだろう。学校の中では学校に適した仮面をつけて、そこでの正しい振る舞いをしようとしている。それが出来なかったのが「奴隷」とあだ名された少年だろう。学校に相応しい仮面を作ることが出来ず、ありのままの自分でいたことで悲劇に見舞われてしまった。そしてこれら一連の事件によって、彼らは大人たちの汚れた世界を知ることにもなった。こうやって少年たちは大人になっていく。

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 外の世界では決して交わることのなかった少年たちが集ったことで起きる物語だ。環境が変われば人間も変わる。誰なのか分からなかった心優しいおとなしい子供が、実は今はクラスを力で牛耳る男だったのには驚かされた。

 

 それから外では交わらなかった彼らだが、それぞれのエピソードに共通する一人の女性が登場しており、ある意味では彼女を通してニアミスをしているのも面白い。ストーリーテリングの上手さを感じる。

 

 ペルーの首都リマの街や通りの名前がたくさん登場する小説だ。そこがどんな場所でどんな人種や階層の人たちと関わりが深い場所なのかがちゃんとイメージできたら、もっと深く理解できたのだろう。

 

 色んなバックグラウンドを持った少年たちが、都市のあちらこちらで様々な思いを抱えながら彷徨っている姿が浮かんでくる物語だ。まさに「都会と犬ども」というタイトルに相応しい。

 

著者

マリオ・バルガス・リョサ

 

 

 

関連する作品

映画化作品

「La ciudad y los perros(The City and the Dogs)」 フランシスコ・J・ロンバルディ監督

 

 

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「同志少女よ、敵を撃て」 2021

同志少女よ、敵を撃て

★★★★☆

 

あらすじ

 独ソ戦争でドイツに村を焼かれ、親を殺された少女は復讐を誓い、女だけの狙撃専門小隊の一員となって戦地に向かう。

 

 本屋大賞受賞作、直木賞候補作。

 

感想

 女だけのスナイパー集団という設定は、日本のアニメにいかにもありそうで、美少女キャラたちが面白おかしく戦争ごっこをするようなストーリーを想像してしまうが、この小説はリアルな戦争ものだ。1941年に始まった独ソ戦を舞台に、実際に存在した女性狙撃兵たちを題材としている。

 

 戦争で居場所を失った主人公が、同じような境遇の女たちと共に訓練し、やがて戦場に出ていく。戦地に立ってしまえば、女だろうと関係なく、当然悲惨で過酷な現実と向き合うことになる。そんな状況の中で戸惑い、時に悩み、時に憤りを覚えながらも兵士として成長していく主人公の姿がリアルに描かれる。敵との攻防もスリリングだ。

 

 そんな中で印象的だったのはソ連人の主人公が、ソ連軍の歩兵たちと対立したり、ドイツ兵と関係を持つソ連人女性を軽蔑したり、ドイツの女性を暴行するソ連の男たちに嫌悪感を示したりと、同じソ連人に対して反発を示すシーンが多かったことだ。逆に敵国のドイツ人の狙撃兵に連帯を感じている場面もある。

 

 

 だがこれは考えてみれば当たり前で、人間には様々な属性があってその時々の状況に応じた属性で行動している。ある属性が同じだったとしても、他の属性が違うことで対立してしまうことはある。だから同じソ連人だからと何でも擁護できるわけではないし、敵のドイツ人だから全部ダメとはならない。そもそも皆それぞれたくさんの属性を持っているのに、その中のたった一つ、国籍だけで敵と味方に分れて殺し合いをしようとしていること自体が間違っているのだろう。

 

 何か一つの基準で敵か味方かを判断するのはシンプルで分かりやすく、今でもそういう単純な考え方をする人は多い。だが、シンプルで分かりやすいことが必ずしも良いことだとは限らない。この考え方のせいで、少しの努力で分かり合えるはずの相手とも永遠に断絶したままになってしまうことだってあるはずだ。

 

 互いに助け合う女同士の友情や反目しているはずの相手との間に築かれる絆など、シスターフッド的な熱い展開もあり、予期せぬ流れで復讐が果たされるクライマックスは意外性があって面白かった。色々な要素が詰め込まれた戦争小説だ。堪能した。

 

著者

逢坂冬馬

 

同志少女よ、敵を撃て - Wikipedia

 

 

登場する作品

独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 (岩波新書)

ミリタリー・スナイパー―見えざる敵の恐怖

静かなドン〈第1-2〉 (1956年) (新潮文庫)

ドイツ国防軍兵士たちの100通の手紙

ベルリン陥落 1945(新装版)

 

 

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「ガープの世界」 1978

ガープの世界〈上〉 (新潮文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 風変わりな母親から風変わりな経緯で生まれた主人公、ガープの人生が語られる。

 

感想

 主人公ガープの数奇な人生が語られていく。だがまずは彼の母親が色々とすごい。結婚はしたくないが子供は欲しいと計画的に妊娠して主人公を産み、戦時中のどさくさを利用して、まだ世間の目が厳しかった未婚の母であることを巧妙に誤魔化し、母子で生きていけるだけの環境をしたたかに確保してしまう。そして息子が何を学ぶべきか判断するためにまず自分が学び、息子が卒業して海外に行くとなったら当然のように一緒に付いていく。その後の人生も独特だ。言動がユニークで面白いが、そんな母親だからこそ主人公もまた個性的な人物となったのだろう。

 

 主人公の人生にはいくつもの奇妙な出来事が起きる。その中でも強烈なのは主人公一家を巻き込む交通事故だ。悲劇としか言いようのない大惨事なのだが、その詳細を見ていくとどこか可笑しみを感じてしまう部分がある。可笑しいというか、よくもそんなタイミングで事故が起きてしまったなと感心してしまう感じだろうか。悲劇の中に喜劇が紛れ込んできてしまうのが世の常だ。

 

 

 この小説は1970年代に書かれたもので、女性解放運動をする人々やそれに反発する人々などが登場し、主人公のエピソードも女性にまつわるものがほとんだ。物騒な出来事も多いが、これらは当時の世相を反映しているのだろう。時代を感じる。

 

その本との出逢いから、毎週自分がなぐられたり、子供が痛い目に遭ったりしているのは、もしかしたら、夫が悪いのではなかろうかと考えるようになった。それまでは、それは自分のせいであり、それが”人生の運命”だと考えていたのだった。

単行本(サンリオ)下巻 p296

 

 主人公の母親は、出版した自伝が話題を呼び、フェミニストの代表のような扱いを受けるようになるが、その彼女の元にやって来た女性のこの考え方はDV被害者の典型的なもので興味深い。今でもDVに限らず、虐げられている人たちがすべて自分が悪いのだとじっと我慢してしまうことは多い。

 

 しかも自分が我慢するだけでなく、他人にも同じように我慢を強いる人までいるから厄介だ。悪いのは自分じゃなかったと気づいて声を上げ始めた人たちに、同じ立場の人がこっちは我慢しているのだ、甘えるな、自己責任だ、と押さえつけようとする地獄のような世界が存在する。虐げる側はただそれを半笑いで見ていればいいだけだから天国だが。

 

 それぞれのエピソードはそれなりに面白くはあるが、正直あまり乗れない自分がいた。物語の中で触れられているように、これはフィクションに関するフィクションなのだろう。あまりにフィクションすぎるとスッと冷めてしまうところがある。

 

著者

ジョン・アーヴィング

 

ガープの世界 - Wikipedia

 

 

登場する作品

中世の秋(上) (中公文庫)

魔の山(上)(新潮文庫)

「秘密の参加者(秘密の共有者)」 「シャドウ・ライン/秘密の共有者 (コンラッド作品選集)」所収

島を愛した男 (開文社出版英文選書)

「哀れなバイオリン弾き(ウィーンの辻音楽師 (岩波文庫 赤 423-2))」

「随想録(マルクス・アウレーリウス 自省録 (岩波文庫))」

永遠の良人 (1955年) (新潮文庫)(永遠の夫)」

波〔新訳版〕

ジェイコブの部屋

燈台へ

ダロウェイ夫人 (集英社文庫)

「巨人対策」 ウォレス・スティーヴンズ

 

 

関連する作品

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この作品が登場する作品

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「ピンチランナー調書」 1976

ピンチランナー調書(新潮文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 同じ特殊学級に子供を通わせる元原発の技術者の男に、自分と息子に起きた出来事をゴーストライターとして物語るよう頼まれた作家の男。

 

感想

 知的障害のある子供を持つ父親が主人公だ。ある時、主人公が20歳若返り、子供が20年歳を取る不思議な現象が起き、親子の立場が「転換」してしまう。主人公はその現象が起きた意味を考えながら、市民運動に巻き込まれていく。

 

 人に何かを教えている時、逆に相手から教えられているような気がすることがあるように、親子の関係においても親である自分が子供のように感じてしまう瞬間があるのだろう。それを具現化したような物語だ。宇宙的な意思を預言されているらしい息子に従い、主人公は動く。

 

 

 学生運動や市民運動、原発や天皇に関する議論、さらに右翼のフィクサーが登場する物語だ。主人公が息子の代弁者として荒ぶる学生たちの前で大演説をするシーンがあり、正直なところちょっとしんどく感じてしまったのだが、この当時の人たちはこれをリアリティの感じられるものとして興味深く読んだのだろうか。この頃はまだ戦争経験者がたくさんいたので、世界の核の脅威などがより真実味のあるものとして感じられたのかもしれない。皆真剣に世界について考えている。

 

 そして現在はこの時と大して変わっていないどころか、むしろ核保有国は増えているわけだが、人々は運動を拡大するどころか気にしなくなって何食わぬ顔で生きている。不思議に感じてしまうが、要は単純に慣れてしまったのだろう。「近い将来、ほぼ確実にこの地を大地震が襲います」と言われても、特に何をするわけでもなくただ漫然と日々を過ごしているのと同じだ。人間は爆発するまで爆弾の傍で平気で火遊びが出来てしまう生きものだ。想像力があるようで案外と、ない。

 

 自分の子供にしかできないことがきっとあるはずだ、そのために生まれてきたと思いたい親の気持ちが強く感じられる物語だった。それは一から十まですべてをたった一人で成し遂げるようなものではなく、試合の途中で誰かに代わって突如現れるピンチランナー的な存在としてでもいい。失敗の恐れを抱きながらも気持ちは昂る。そんな気持ちが味わえる人生であってほしい。

 

 ある親子の出来事をゴーストライターとして物語る私、というこの小説の形式自体にもそんな気持ちが表れているような気がした。

 

著者

大江健三郎

 

ピンチランナー調書 - Wikipedia

 

 

登場する作品

往生要集〈上〉 (岩波文庫)

ユング自伝 1―思い出・夢・思想

戦争と平和1 (光文社古典新訳文庫)

オズの魔法使い (角川文庫)

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「身銭を切れ 「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質」 2017

身銭を切れ――「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質

★★★★☆

 

内容

 文筆家、トレーダー、大学教授、研究者の顔をもつ著者による不確実な世界をどう生きるかについての指針が紹介される。

 

感想

 タイトルからはとにかく金を使え、と言われているような気がしてしまうが、もっと広い意味でリスクを取って本当の人生を生きよう、というようなことが主張されている。確かに最近は責任を取らない人が多い。あれこれ口出しして成功すれば自分の手柄、失敗すれば予期せぬことが起きた、仕方がないと逃げる。当事者ではないリスクを取らない連中が跋扈することで世の中が悪化していく。

 

 そしてリスクを取らずに横やりを入れる代表として行動経済学者らが批判されている。そもそも彼らの提唱する理論は間違ったデータの見方に基づいているとの反論には本当かなと思ってしまうが、著者の経歴から考えるとその通りなのだろう。批判した当人たちからのまともな反論もないようだ。

 

 そんな中でリスクの合理性についての考え方の話が面白かった。リスクが1%しかない行動を恐れるのは不合理とされるが、そのリスクが致命的なものであればそれは不合理とは言えない。例えば1回目で死んでしまってもあと99回は大丈夫だから問題ないよね、とは誰も思わないだろう。一見不合理に見えても合理的なことはある。

 

 だからこそ、私は国家に行動を”指図”されるのには反対なのだ。”間違った”行動が本当に間違っているかどうかを知っているのは、進化だけだ。もちろん、自然選択が働くよう、私たちが身銭を切っているという条件つきの話だが。

p376

 

 それらを正しくジャッジできるのは「時間」で、長い時を経た後も生き残っているものは合理的であったこと示している。つまり限定された空間で行われた実験から得られる身銭を切らない理論よりも、身銭を切った実生活の中で生き残ってきたおばあちゃんの知恵の方が合理的で役に立つかもしれない。

 

 身銭を切るという観点からトランプ元大統領がなぜ支持を得ていたかも解説されている。彼は何度か会社を破産させているがそれこそが身銭を切っている証拠で、歯に衣着せぬ物言いはこれまで誰にも忖度する必要のない人生を歩んでいたことを匂わすシグナルだ。これらによってある人たちには彼が「本物」に見えた。なるほどなと腑に落ちる。身銭を切らない偽物はその場に相応しい恰好で本物らしく振る舞おうとするが、本物はそんなことをする必要がないから無頓着だ。日本でもそうすることで「本物」アピールする人はたまに見かける。

 

 

 この他にも、戦争だって安全な場所から命令を出す者よりも、皆の先頭に立って戦うリーダーの方が信頼できるだろう、などと確かにその通りなのだがそれを現実の世界にどう当てはめていけばいいのだろうと悩んでしまうような刺激的な内容で溢れている。「本物」の著者らしく過激な言葉が用いられているので、身銭を切らないいっちょかみの偽物たちに悪用されてしまうのではないかと心配にもなってしまう。

 

 著者のルーツである中東の宗教などの細かい話は難解だったが、それ以外は想像していたよりも読みやすく、興味深い話の連続で知的興奮が味わえる内容だった。

 

著者

ナシム・ニコラス・タレブ

 

 

 

登場する作品

反脆弱性―不確実な世界を生き延びる唯一の考え方 上下巻セット

タルムード「ババ・カマ」 

ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質

学者たちへの論駁〈1〉 (西洋古典叢書)

まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか

義務について (岩波文庫 青 611-1)

「ユスティニアヌス法典」

困ります,ファインマンさん (岩波現代文庫)

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ベンゴ [DVD]

「労働者階級の男たちの威厳(The Dignity of Working Men: Morality and the Boundaries of Race, Class, and Immigration (Russell Sage Foundation Books at Harvard University Press) (English Edition))」

レ・マンダラン (1966年)

21世紀の資本

アリストテレス 弁論術 (岩波文庫)

暴力の人類史 上

戦争と平和1 (光文社古典新訳文庫)

ローマ建国史〈上〉 (岩波文庫)

「アラブのことわざ(Proverbiorum Arabicorum)」 スカリジェ

物の本質について (岩波文庫 青 605-1)

「テュエステス」 「セネカ悲劇集〈2〉 (西洋古典叢書)」所収

カスティリオーネ 宮廷人 (東海大学古典叢書)

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ケインズとケンブリッジに対抗して (ハイエク全集 第II期)

トマス・アクィナス『神学大全』 (講談社学術文庫)

ニコマコス倫理学(上) (光文社古典新訳文庫)

 

 

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「自負と偏見」 1813

自負と偏見(新潮文庫)

★★★★☆

 

あらすじ

 近所に資産家で独身の男がやって来たことに沸き立つ田舎町の上流階級。

 

 別邦題に「高慢と偏見」「自尊と偏見」「誇りと偏見」など。原題は「Pride and Prejudice」。

 

感想

 田舎町の上流階級に属する一家の5人姉妹の次女が主人公だ。彼女ら姉妹の恋愛模様が描かれていく。ただし時代的にそれは単なる個人の色恋の問題にとどまらず、家族の未来に影響を与える問題でもある。彼女らの周囲で思惑を持ってうごめく人たちの様子も同時に描かれる。

 

 様々な人物が登場するが、その誰もがこんな人いるよなと思ってしまうようなキャラクターばかりで笑ってしまった。何かと他人に指示をしたがるプライドの高い女や、気取っているが間抜けにしか見えない男など、200年以上も前の小説だとは思えないくらい登場人物たちにリアリティがある。全く違和感がなく、昔も今と変わらないような人たちばかりだったのだなと妙に感心してしまった。それを活き活きと描写する著者の観察眼に脱帽してしまう。

 

 

 表層的にしか物事を見られず、何事にも大げさに反応してすぐに大騒ぎする主人公の母親の軽薄さもモンスター感があってすごかったが、数いる登場人物たちの中で個人的に好きだったのは、大騒ぎする周囲をよそに常に斜に構えた態度を取っていた父親だ。

 

人間が生きる目的なんぞ、馬鹿をやらかしてご近所を楽しませること、お返しにこっちもご近所を笑ってやること、それぐらいのものじゃないかね?

p572

 

 良く言えば彼は第三者的に物事を見られる冷静な男だが、悪く言えば現実に立ち向かわずに冷笑で逃げてばかりいる男となるのかもしれない。年頃の娘を放ったらかしにする懐の深さを見せながら、いざ駆け落ちしたとなったら青くなってオロオロしてしまうところなどは象徴的だった。だが彼の気の利いた皮肉や主人公を寵愛する様子を見ていると嫌いになれない。人間誰しも状況が変われば違って見える。常に善い人も常に悪い人もいない。それが人間くささというものだろう。

 

 自負と偏見によって最悪な状態から始まった主人公の恋は、もうひと山あるかと思ったが、もう結末は見えているので十分だと判断したのかもしれない。最後はハッピーエンドで落ち着き、ほっこりとする後日譚で締められて、読後感が良い物語だ。名作とされる小説なので構えて読み始めたが、そんなことを忘れてしまうくらいに面白く、純粋に楽しめる作品だった。

 

著者

ジェイン・オースティン

 

高慢と偏見 - Wikipedia

 

 

登場する作品

「若い女性のための説教集(Sermons to young women (English Edition))」

 

 

関連する作品

映画化作品(1940)

高慢と偏見(字幕版)

高慢と偏見(字幕版)

  • グリア・ガーソン
Amazon

 

ボリウッド映画化作品(2004)

Bride and Prejudice

Bride and Prejudice

  • Miramax Home Entertainment
Amazon

 

映画化作品(2005)

プライドと偏見 (字幕版)

プライドと偏見 (字幕版)

  • キーラ・ナイトレイ
Amazon

 

パロディ作品

 

 

この作品が登場する作品

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「滴り落ちる時計たちの波紋」 2004

滴り落ちる時計たちの波紋 (文春文庫)

★★★★☆

 

内容

 表題作をはじめ、全9篇の実験的小説からなる短編集。

 

感想

 実験的な小説が収められた短編集だ。前衛的なものからオーソドックスなものまでバラエティに富んでおり、それぞれ異なる読後感がある。

 

 そんな中で強く印象に残るのは「最後の変身」だ。突然引きこもりになった会社員の男が、カフカの「変身」を読み解きながら、自身の心境を綴る手記形式の小説となっている。主人公がカフカの本を読み直す度に考察が深まっていく様子が描かれており、単純に「変身」の読解として興味深い。そして同じ本を何度も読み返してみることの大事さも伝わってくる。

 

 主人公はそれと同時にこれまでの半生を振り返り、何者かであるはずの自分がいつまで経っても何者にもなれない苦悩を語る。彼が吐露する言葉の数々は、共感したくないのに共感してしまうものばかりで、そのいちいちに頷いてしまう。きっと多くの人がシンパシーを感じるはずだ。

 

 こんな風に名作の読解に独自の物語が結びついた小説の形式は面白い。他の名作でもどんどん作ったらいいのにと思ってしまうが、早々にワンパターンに陥ってしまうような気がしないでもない。

 

 

 その他、現代を描きながらも語り口やオチのつけ方が明治時代の近代小説風の「珍事」も、味わい深くて好きだった。

 

著者

平野啓一郎

 

滴り落ちる時計たちの波紋 - Wikipedia

 

 

登場する作品

変身 (角川文庫)

人間失格

美女と野獣 (新潮文庫)

「カエルの王子様(かえるの王さま: グリム童話 (大型絵本))」

「橋」 「カフカ短篇集 (岩波文庫)」所収

断食芸人

「流刑地にて」 「カフカ短篇集 (岩波文庫)」所収

「中年のひとり者ブルームフェルト」 「カフカ短篇集 (岩波文庫)」所収

「田舎医者」 「カフカ短篇集 (岩波文庫)」所収

「掟の門」 「カフカ短篇集 (岩波文庫)」所収

鶴の恩返し 絵本むかし話

城 (角川文庫)

審判 (岩波文庫)

アメリカ (角川文庫)

「バベルの図書館」 「伝奇集 (岩波文庫)」所収

失われた時を求めて 1~第一篇「スワン家のほうへI」~ (光文社古典新訳文庫)

ムージル著作集 第1巻 特性のない男 1

チボー家の人々(全13巻セット) (白水Uブックス)

 

 

この作品が登場する作品

les petites passions

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「マンハッタン・ビーチ」 2017

マンハッタン・ビーチ

★★★★☆

 

あらすじ

 20世紀初頭、ニューヨークのマンハッタン・ビーチ近郊で働く父に付いて回り、そこで成長した少女は、第2次大戦中に成人し、海軍工廠で働き始める。

 

感想

 ニューヨークのマンハッタン・ビーチで育った若い女を中心に、失踪した父親、それに関与しているらしいマフィアの男、三人それぞれの半生が描かれていく。タイトルから勝手にリゾート感溢れる気楽な物語なのかと想像していたが、予想に反して重厚感たっぷりの読み応えのある小説だった。

 

 世界大恐慌後の不景気で生活に苦しむ父親が、新たな仕事を求めて幼い主人公を連れてマフィアの男に会いに行くところから物語は始まる。そこから、主人公の思春期の出来事や父親の港湾労働組合での怪しげな仕事の話、マフィアの男の裏社会の話など、多岐にわたるエピソードが語られていく。話がどこに向かうのか全く予想の出来ない展開で目が離せない。終盤にはまるで海洋小説のような極限状態が描かれる海難事故まである。

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 主人公が潜水士を目指すのも意外だったが、登場人物たちのまわりには常に「海」や「水」の気配がある。主人公が障害を抱えた妹を海に連れていくことにこだわる場面もあり、「水」のイメージはこの物語の重要な要素となっていると言えるだろう。隔絶とつながり、生と死、浄化や未知など、相反するものを含めて「水」は様々なもののメタファーだ。そんなことをしそうもなかったマフィアの男も海に潜り、そこで何かの啓示を受けている。

 

 

 それから、主要人物たちの波乱万丈の物語だけでなく、その他の登場人物たちの人生も垣間見えるようになっている。これが物語に深みを与え、戦時中で今よりも保守的だった時代に、マイノリティである彼らはどのような思いで生きていたのか、そしてその後の時代をどのように過ごしたのだろうかと思いを馳せてしまった。

 

 それぞれに壮絶な体験をした親子が枯れた感じで言葉を交わすラストは、しんみりと深い余韻が残るものだった。

 

著者

ジェニファー イーガン

 

 

 

登場する作品

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民衆の敵(字幕版)

犯罪王リコ(字幕版)

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宝島 (光文社古典新訳文庫)

千夜一夜物語 巻1の1

海底二万里(上)(新潮文庫)

ガラスの鍵(字幕版)

拳銃貸します(字幕版)

断崖(字幕版)

「アイ・ウェイク・アップ・スクリーミング(I WAKE UP SCREAMING)」

海の征服者 [DVD]

「セブン・デイズ・リーヴ(Seven Days' Leave)」

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疑惑の影(字幕版)

カサブランカ(字幕版)

「死の船(The Death Ship (English Edition))」

遥かなるアルゼンチン [DVD]

Zの悲劇 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

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「じんかん」 2020

じんかん

★★★★☆

 

あらすじ

 松永久秀の二度目の謀反の報を受け取った織田信長は、以前彼から聞いた半生を小姓頭に語り始める。

 

感想

 主家殺し、将軍殺し、東大寺大仏殿焼き払いの三悪を為し、信長に二度も謀反を企てた戦国時代の梟雄、松永久秀が主人公だ。これだけの悪事を働きながら、どうやら織田信長が気に入っていたらしいという不思議な人物でもある。

 

 物語は松永久秀の幼少期から始まる。だが最初は主人公としての登場でなかったのが面白い。主人公が率いる子供の野盗団の一員に加わり、そこから成り上がっていく様子が描かれていく。成り上がったというよりは、様々な出会いがあり、その縁に導かれるように立場が変わっていったという方が正しいだろう。彼なりに信念をもって動いた時もあるが、運の要素も多分にあった。人生とはそんなものだ。

 

 

 そして、人生で最も動きのある20代から40代までの時代がごっそりと端折られているのも面白い。その間に何もなかったわけではもちろんなく、色々あったのだが語るほどの大きな成果は得られなかったということなのだろう。それだけ当時の京周辺は複雑怪奇を極めていたと言える。あちらを奪えばこちらを奪われ、一進一退を繰り返すことしかできなかった。そんな中で主人公らが入り乱れていた力関係を少しずつ整理し、ある程度まで勢力図を簡略化したからこそ、後の信長らが治めやすくなったとも言えるかもしれない。

 

 主人公が行った三悪については、独自の解釈で描かれる。それらにはやむを得ない事情があったことになっており、謀反に関しても同様だ。その説明には確かに肯けるものがあり、信長が謀反を許したことにも納得してしまった。考えてみれば本当の悪人だったら多くの人が付き従うことはないはずで、彼らが理解できるだけの理由があったと考える方が自然なのだろう。

 

 主人公はそれまでの人生で背負ってきたものに誠実に対応し、その結果生じてしまった世間の悪名には敢えて抗弁しなかった。同じく誤解されがちだった信長は、そこにシンパシーを感じたのかもしれない。

 

 歴史上の人物の評判なんて、案外こんな感じで誤解に満ちたものが多いのだろう。後世の人々が面白おかしく語ることで出来上がっていった人物像だってある。最近の文書改ざん事件で処分された役人だって、未来の人々からは時の政権に逆らい転覆させようと企んだ大悪人と見なされている可能性もある。実際は時の政権に忖度しただけの小役人で、その功績が認められて後に栄転だってしているが、そんな事実には誰も注目しないかもしれない。

 

 悪人のイメージを覆すような松永久秀像が浮かび上がってくる物語だ。逆にちょっと誠実すぎないかと思ってしまう部分はあったが、読み応えがあり楽しめた。特に苦楽を共にしてきた弟の最期のシーンは泣けた。

 

著者

今村翔吾

 

じんかん

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登場する人物

松永久秀/織田信長/武野紹鴎/柳生宗厳/三好元長

 

 

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「白鯨」 1851

白鯨 (上) (角川文庫)

★★★☆☆

 

あらすじ

 凶暴な白鯨「モービィ・ディック」を倒すことに執念を燃やす男が船長を務める捕鯨船に乗り込んだ男。原題は「Moby-Dick; or, The Whale」。

 

感想

 序盤は、主人公が捕鯨船に乗り込むまでの様子が描かれていく。陸に飽きて海の世界を見てやろうと思い立ち、それらなら客ではなく、金を貰えて最前線で観察できる水夫になってやろうと語る決意や、港にたどり着くまでに起きた出来事などが描かれ、面白く読むことが出来た。そのまま乗船後も同じようなテイストで続くのかと思っていたのに、その後はガラリと雰囲気が変わってしまう。

 

 船が出港すると、主人公が自身の行動に言及することはほぼ無くなり、船内で起きていることを第三者的に伝える単なる報告者となってしまった。ここからは白鯨に対して異常な執念を燃やす船長を中心とした上官らの様子に焦点が移る。船長が船長だけに、どこか不吉で暗い運命を予感させるような陰鬱さがずっと漂っている。

 

 またそれと同時に、クジラについての詳細な解説、捕鯨船で行われる仕事の内容や船内各施設の紹介など、物語とは別の長々とした説明文が頻繁に挿入される。当時は捕鯨船の実態を知る手立てはなかなか無かっただろうから、百科事典的な役割も果たしていたのかもしれないが、今読むとかなりかったるい。それに、その語り口にはインテリを感じさせるものがあって、主人公のキャラと合っているのか?と少し気になった。

 

 

 それから「転桁索」「前檣帆」「上檣帆」など、読むのも難しい船舶用語がたくさん出てくるのもしんどい。そもそも船舶の各部名称を知らないのでどうしようもないのだが、せめて「マスト」とか横文字でも分かりそうなものはそのまま横文字で表記して欲しかった。「前檣頭(フォーマストヘッド)」のように漢字の横に横文字のルビが振ってあったりはするので、文字数を減らすための処置だったのかもしれない。

 

 漢字が読めないし、調べて読めたところで船のどの部分なのだかいまいちわからないしで、用語が頻出する箇所では心が挫けそうになってしまった。船舶用語を知らないと海洋小説で苦労する。昔「老人と海」を読んだ時もつらかったのを思い出した。

 

 上下巻の最終部分でようやく白鯨と出会い、船長と白鯨の壮絶な戦いが繰り広げられる。クジラはそんなに凶悪な生き物なのかと驚かされるが、激しさと恐ろしさの感じられる文章でグイグイと読ませ、引き込まれる。そして呆気に取られてしまうような決着となった。それまでに漂っていた不穏な空気からすれば当然の帰結だったのかもしれないが、長々とやった後でこの結末を持ってくるのはすごい。白鯨の恐ろしさと共に、私怨のために乗組員全員を巻き添えにする船長の異常な狂気が、いつまでも心に残る。

 

 冗長だった説明パートを省略し、よりコンパクトなサイズにしたら読みやすくなるような気がするが、これが狂気や異常さを醸し出す効果を生んでいたような気もする。変更を加えてしまったら特別さを失い、普通に面白いだけの普通の小説になってしまうのかもしれない。

 

著者

ハーマン・メルヴィル

 

 富田彬

 

白鯨 - Wikipedia

 

 

関連する作品

映画化作品

白鯨

白鯨

  • グレゴリー・ペック
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バトルフィールド・アビス (字幕版)

バトルフィールド・アビス (字幕版)

  • バリー・ボストウィック
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この作品のモデルとなった事件を題材にした映画

白鯨との闘い(字幕版)

白鯨との闘い(字幕版)

  • クリス・ヘムズワース
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この作品が登場する作品

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「ア・ロング・ウェイ・ダウン」 2005

ア・ロング・ウェイ・ダウン (集英社文庫)

★★★★☆

 

あらすじ

 大晦日の夜、自殺するためにビルの屋上にそれぞれやって来て出会った老若男女4人は、自殺を思いとどまり、その後定期的に会うようになる。

 

感想

 自殺を決意した4人がたまたま出会い、交流を通して再生していく物語だ。冒頭の自殺の名所のビルの屋上で初めて4人が出会うシーンはまるでコントのようだった。先客と交渉したり、先を越そうとしたり、その争いに巻き込まれたりとドタバタで、死にたい者同士が何をやっているのだと笑ってしまう。

 

 こうなってしまうと、もはや自殺する気など失せてしまうのは理解できる。世の自殺してしまった多くの人だって、現場で何かひとつ間の悪いことが起きていれば、気勢を削がれて思いとどまっていたかもしれない。逆に普通なら自殺に至らない状況なのに、すべてのタイミングが完全に一致してしまい、あっさりと自殺を遂げてしまった人もいるはずだ。人生なんて些細な運に左右されてしまう。この日の自殺を取りやめた4人は、人生のどん底同士の連帯感からその後定期的に会うようになる。

 

 

 この4人は、不祥事を起こしたセレブの中年男、親や恋人との人間関係に問題を抱える十代少女、夢破れた青年、植物状態の息子を二十年近く一人で看護する中年女性と、まったく事情が異なるメンバーで構成されている。そのせいか、いたわりと思いやりに満ちた親密なコミュニティーとはならず、なにかと衝突や対立を繰り返し、まとまりがない。これは主に傍若無人な十代少女のせいなのだが、解散寸前のバンドのような緊張感があり、繰り広げられる丁々発止のやり取りが面白かった。そして、なんだかんだで解散とはならず、関係が続いていくのもほっこりする。

 

 一人で考え込むと良くない方向にどんどんと沈んでしまいがちだが、他人の目を通すと案外あっさりとその回避策が見つかったりするものだ。ひとりで閉じこもってしまうとロクなことにならない。孤独は危険だ。それぞれが、奇妙な交流を通して自身の問題と向き合い、解決策を見つけていく様子は、こちらの心まで軽くなっていくようだった。状況が何も変わらなくても、心持ちを変えるだけで人生は違って見えてくる。

 

「あなたたちはお互いに一緒に寝たくてしかたがないんだけどできないのよ、二人ともどうしようもなくストレートだから」

p391

 

 自殺という重いテーマを扱っているが、ユーモアを交えて軽やかにやってのけているのも素晴らしい。 

 

著者

ニック・ホーンビィ

 

 

 

登場する作品

家族の終わりに

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*「プライドと偏見」

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ムーラン・ルージュ (字幕版)

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二都物語(上) (光文社古典新訳文庫)

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シークレット・ヒストリー〈上〉 (扶桑社ミステリー)

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アラバマ物語

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)

ブランドなんか、いらない

ベル・ジャー (Modern&Classic)

罪と罰 1 (光文社古典新訳文庫)

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「アメリカン・パストラル(American Pastoral: The renowned Pulitzer Prize-Winning novel (English Edition)

「スポーツ・ライター(The Sportswriter: Bascombe Trilogy (1) (English Edition))」

ベル・カント (ハヤカワepi文庫)

ハリー・ポッターと賢者の石: Harry Potter and the Philosopher's Stone ハリー・ポッタ (Harry Potter)

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マーティン・チャズルウィット(上)

「ティリー・トロッター(Tilly Trotter (The Tilly Trotter Trilogy Book 1) (English Edition)

)」シリーズ

「メアリー・アン・ショーネシー(A Grand Man (The Mary Ann Stories Book 1) (English Edition))」シリーズ

 

 

関連する作品

映画化作品

幸せになるための5秒間(字幕版)

幸せになるための5秒間(字幕版)

  • ピアース・ブロスナン
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「ジャクソンひとり」 2022

ジャクソンひとり

★★★☆☆

 

あらすじ

 スポーツトレーナーとして働くブラックミックスの男は、自分らしき人物が映った猥褻な動画が流布していることに気付く。

 

感想

 ブラックミックスの4人の男が、自分と疑われるような見た目の男が映った猥褻動画について、対策を練るために集まる。日本では分かりやすい外見で記号的に処理されてしまいがちな彼らが、それらを逆手にとった行動を開始する。

 

 ただ文章の視点が、主人公から仲間の三人、さらには他の人物まで次々と移っていくので、うっかりしていると誰の話をしているのかが分からなくなって混乱してくる。だがこれは狙ってやっているような気もする。外見で判断するなら間違えないかもしれないが、文章だとあなたもブラックミックスも変わらないだろうという皮肉にも感じた。

 

 

 この混乱に加えて、主人公らの意図も分かりづらいので困惑が増す。彼らの中にはネット配信をしたり、リアリティショーに出演したりする者もいる。だから単純に皆が動画の人物と疑われて迷惑しているわけでなく、逆に自分がその人物であることにして注目を集めたいと考える者もいて、結局彼らは何をどうしたいのだか、話の方向性が見えづらかった。

 

 そして復讐らしきことを実行に移すのだが、もはやただ眺めるような気分で粛々と読み進めるだけだった。結局はふんわりと、世間に対して復讐をしたかっただけのような気がする。ただ終盤は、ブラックミックスに限らず普遍的な、自分とは何かというアイデンティティの話へと発展しているようにも見えた。

 

 メインの物語はイマイチだったが、深刻になりそうな話題を重々しく受け取るのではなく、飄々と、だけどちゃんと芯のある感じで対応していく主人公らの姿は新鮮だった。

 

著者

安堂ホセ

 

ジャクソンひとり

ジャクソンひとり

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「小説の読み方 」 2009

 小説の読み方 (PHP文芸文庫)

★★★★☆

 

内容

 小説の読み方を紹介し、その後、様々なタイプの小説に対して具体的に実践しながら論じていく。

 

感想

 著者による小説の読み方が紹介されていく。序盤に挙げられていた小説を読むときの4つの視点「①メカニズム ②発達 ③機能 ④進化」は有用そうだった。小説を読み終わった後、いざ感想を書こうとしてビックリするくらい何も感想が思い浮かばない時がたまにある。そんな場合の、何かをひねり出すトリガーになってくれそうだ。これは元々高名な動物行動学者が研究時のアプローチ法として唱えたものだそうで、小説に限らず、日常生活の諸問題などあらゆる場面で応用できそうだ。

 

 面白い小説はどんな仕組みになっているのか、ページをめくる手が止まらないような推進力はどのように生まれているのかなど、小説の仕組みについての細やかな解説があって興味深い。さすがプロだと感心してしまう。読むだけでなく、小説を書きたいと思っている人にも役に立ちそうだ。

 

 

 実際の小説を題材にし、紹介した手法を用いて読み解いていく実践編の中で印象に残ったのは、高橋源一郎の「日本文学盛衰史」の回だ。この著者の本はこれまで何冊か読んだことはあるが、掴みどころがなく、いまいち良く分からないというモヤモヤがいつもあった。だがこの解説を読んだら、そういうことかと腑に落ちるものが多々あって、かなり理解が深まった。端的に言えば、自分の読みが浅かったのだなと反省した。もしかしたら自分は、映画を倍速で見るような感じで小説を読んでしまっているのかもしれない。

 

 その他では、ケータイ小説と呼ばれる「恋空」を取り上げているのが意外だった。だが、売れているものには何かしらの理由があるわけだから、偏見を持ったり無視したりせず、その理由を探ってみることも世の中を理解するうえで大切なことかもしれない。4つの視点で言うところの「機能」や「進化」に注目する読み方だ。こういう視点を持つことで新たな読書の楽しみが生まれたりするのだから面白い。

 

 

著者

平野啓一郎

 

 

 

登場する作品

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追儺

さえずり言語起源論 新版 小鳥の歌からヒトの言葉へ (岩波科学ライブラリー)

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「若さなき若さ」 ミルチャ・エリアーデ

日本文学盛衰史 (講談社文庫)

辻 (新潮文庫)

幽霊たち(新潮文庫)

シティ・オブ・グラス (Graphic Fiction)

鍵のかかった部屋 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

「黒つぐみ」 「三人の女・黒つぐみ (岩波文庫)」所収

蹴りたい背中 (河出文庫)

蛇にピアス

新装版 恋空 上

インストール (河出文庫)

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地獄の黙示録 (字幕版)

コッポラの胡蝶の夢 スペシャル・エディション(2枚組) [DVD]

半日

舞姫

うたかたの記

文づかひ

即興詩人

さようなら、ギャングたち (講談社文芸文庫)

ゴーストバスターズ 冒険小説 (講談社文芸文庫)

チャンドス卿の手紙 他十篇 (岩波文庫)

バートルビーと仲間たち

ジョン・レノン対火星人 (講談社文芸文庫)

ヰタ・セクスアリス

食堂

妄想

吾輩は猫である (角川文庫)

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髪(新潮文庫)

アムステルダム (新潮文庫)

愛の続き (新潮文庫) 

贖罪 (新潮文庫)

罪と罰 1 (光文社古典新訳文庫)

白痴1 (光文社古典新訳文庫)

未成年1 (光文社古典新訳文庫)

決壊(上)(新潮文庫)

名場面で味わう日本文学60選

ドストエフスキーの詩学 (ちくま学芸文庫)

イリアス(上)

魔の山(上)(新潮文庫)

アンナ・カレーニナ 1 (光文社古典新訳文庫)

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 こころ (新潮文庫)

かたちだけの愛 (中公文庫)

 

 

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「おもろい以外いらんねん」 2021

おもろい以外いらんねん

★★★☆☆

 

あらすじ

 幼なじみの同級生に一緒に漫才をやろうと誘われるも、彼がネットで知り合った別の男とも漫才をやろうとしていることが判明し、釈然としないものを感じる高校生男子。

 

感想

 お笑い好きの高校生が主人公だ。学校の人気者である幼なじみに漫才を一緒にやろうと誘われる。しかし、お笑い好きとはいえ、高校生が普通にしっかりとした漫才ネタを作ったり、それついての深めの論評が出来たり、日常会話でお笑いの公式のようなものを持ち出してくる世界に若干引いてしまう。いや高校生に限らずそういう人たちが実際にたくさんいることは知っているが、改めて文字として読むと色々と思うところがある。

 

 しかしそんな風に芸人として売れる方法まで考えているような主人公たちだったのに、ググラビリティの低い「あじさい」なんてコンビ名をつけるのは意外だった。だがこれは、このコンビが短命であることを示唆するために敢えてそうしたのかもしれない。

 

 

 主人公とのコンビとは別に、幼なじみは他の同級生ともコンビを組む。物語は主人公がこのコンビを見つめる形で展開されていくが、当然話の中心はお笑いについてだ。ここ最近定番化してきた人を傷つけない笑いや、もはや伝統芸能のようにルーティン化して行われるお笑いのようなもの、また面白さを掲げることで何かから逃げようとしているのではないかといった事まで、多くのトピックに言及している。

 

 世の多くの人たちが芸人を真似るようになり、その真似事をあちこちで見かけるようになった社会でこれらの指摘はどれも興味深い。ただ、核心を突いてしまわないようにその周辺だけを丁寧につついている感じが、読んでいて逆に疲れた。これも主人公らが、人を傷つけないだけでなく、自分も傷つかないように細心の注意を払ってふんわりと人と接する現代の若者たちだから敢えてそうしたのだろう。だがもういっそのことズバリと核心を突いて欲しいと願ってしまうような煮え切らなさがあった。

 

 主人公の終わりの話が展開されるのかと思っていたら実は全然関係なく、かと思っていたら最終的には始まりの話になる物語の構成は面白かった。

 

著者

大前粟生

 

 

 

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「惑う星」 2021

惑う星

★★★☆☆

 

あらすじ

 妻を交通事故で亡くした科学者の男は、心の問題を抱える息子を懸命に育てようとする。

 

感想

 地球以外の星に生命が存在する可能性を研究する科学者と、心の問題を抱える息子の物語だ。生命が存在する条件はとても幅広く、それぞれの惑星の多種多様な環境下でも生命が存在し得ることが語られている。主人公は、生きるのに苦労する息子を間違えた星にやって来てしまった異星人とも、内宇宙で生きていける環境を整えようともがく惑星とも例えながら、必死に彼の人生をサポートしようとしている。

 

 それでも主人公は、息子の言動に右往左往して困り果てている。そんな彼を助けたのは、同僚の科学者が研究するコード解読神経フィードバック訓練法(デクネフ)だ。データ化された精神修養に長けた人の心の動きを真似ることで、乱れがちな心を心をコントロールできるようになる。

 

 

 この訓練が功を奏し、彼の息子は落ち着いた態度を身に付けていく。だが主人公はそれはそれで本当の息子ではなくなってしまったのではないかと不安を覚える。子どものどんな変化にも不安になってしまうのが親心なのだろうが、これはさすがに取り越し苦労だろう。人は皆誰かの影響を受けて変化していくもので、今回はそれが誰かではなく、誰かのデータだっただけだ。数年ぶりに会った知り合いが昔とは全然変わっていたというのはよくある話だ。

 

 だが諸事情により同僚の研究は中止となり、息子の精神状態は元に戻っていってしまう。本文中でも言及されているが、これはまるで「アルジャーノンに花束を」みたいだった。

 

 父親の職業と環境保護活動をしていた母親の影響を受けた息子は、関心を持っていた環境問題に対する世間の態度に心を痛め、調子を崩していく。

 

大統領選挙が近づいている。今は互角の戦いだ。混沌を引き起こすのが大好きな政権の手下どもがニュースに取り上げられることを当て込んで”人間の尊厳”なるものに訴えかけ、環境保護運動を叩き、科学を馬鹿にし、税金の無駄遣いを削り、卑劣な連中に餌を撒き、商品文化に対する新たな脅威を押し潰そうとしている。

p323

 

 三日前にあった事件でさえとっくに忘れ去られてしまっているような、即物的な反応しかできなくなってしまった現在の社会では、この息子のようにひとつの問題にいつまでも心を痛めているような人間は生きにくいはずだ。そして、飛び込んでくるニュースに一喜一憂しては思いつきの浅いコメントを残し、また次のニュースに飛びついていく世の人々に対する憤りも高まっていく。それに、長期的なサポートを必要とする息子や科学者である主人公らはそんな社会から実害を被ってもいる。

 

 それでも必死に奮闘する少年の健気な姿には切なさを感じ、彼が怒っているだろう大人の一人として申し訳ない気持ちになってしまった。それを必死に支えようとしていた主人公にも、突然の事故で妻を失った悲しみをまだ乗り越えられていないことが随所で窺えて、しんみりとしてしまう。胸が痛くなるラストが待ち受けていた。

 

 科学的な記述が多くて、やや読み進めるのに苦労する小説だった。

 

著者

リチャード・パワーズ

 

 

 

登場する作品

物の本質について (岩波文庫 青 605-1)

オズの魔法使い (角川文庫)

ビロードのうさぎ

アルジャーノンに花束を〔新版〕

クレージー・マギーの伝説

タンタン ソビエトへ (タンタンの冒険)

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「娘のための祈り」 ウィリアム・バトラー・イェイツ

スターメイカー (ちくま文庫)

 

 

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